第7話 本音

 「この通りを少し進んだところが私の今の家なんだ」


 先輩に連れられて着いたのは、学校から徒歩15分くらいのところにある繁華街の裏通りだった。

 閑散としていてコンクリの壁にはお世辞にもアートだとは言えないタギング、雰囲気がいいという言葉からは対極にある場所だった。

 先輩の話していた境遇がより真実味を帯びてくる光景に言葉を失っていると、


 「そんな顔、しなくてもいいんだよ?」

 「先輩の置かれてきた境遇を考えると……すみません」


 何も考えずにのうのうと暮らしてきた自分が嫌いになりそうだった。


 「別に私は今の暮らしでそんなに不自由を感じていないから」

 

 売りたくもない身体を売ってもですか……?

 そう思ったが口にはしなかった。

 なぜなら、先輩の不自由か否かに俺の尺度を押し付けるのは違う気がしたからだ。


 「不満そうだね……でも、身の丈にあった幸せっていうのもあると思うんだ。自分が望みすぎるから、他者と比べるから、自分はどんどん幸せから離れていってしまう。この五年間で私の学んだことだよ」


 先輩の言葉は何処が自嘲気味でそして卑屈にも聞こえた。 

 

 「……それ本心ですか?」


 そんな先輩の言葉に何故か、俺は苛立ちを覚えた。

 

 「本心かって……?奏くんの前で今まで嘘なんか言ったこと無かったよ?」


 立ち止まった先輩は、俺へと向き直る。

 

 「ならこれが俺についた初めての嘘ってことですね?」

 「どういうこと、かな……?」


 愛想笑いにも似た薄っぺらい笑顔を貼り付けた先輩は、小首を傾げた。

 

 「昔の先輩はそんな笑顔じゃなかったってことですよ。もっと明るくて眩しかったです」

 「それは……ほら、私ももう歳とっちゃったからだよ」

 「先輩、その言い訳は無理ありますよ。昔の先輩を知らなくたってその笑顔が本心からのものじゃないってわかります」


 俺が憧れたのは先輩の人柄だけじゃなくて、笑顔もだった。


 「……じゃあどうしたらいいって言うの!?私……私だってみんなみたいに普通に女子高生したいよっ!!」


 先輩はまるで堰を切ったように思いの丈を吐露した。

 

 「俺自身の力では先輩の希望を叶えられるとは思いません、でもせめて気を紛らすことぐらいは出来ます」

 

 時間を買うという選択肢に先輩は難色を示していた。

 俺に何の利益もないんじゃないかって。

 でもそれは違う、それは先輩の主観に過ぎなくて俺の中では先輩の時間に価値がある。

 先輩の幸せを俺の尺度で測りそうになったさっきと一緒だ。

 だって昔みたいな眩しい先輩の笑顔をもう一度、いや何度だって見たいし取り戻して欲しい。

 その一助となれるのなら、俺にとっては有益なのだ。


 「だから俺に先輩の時間を買わせてくれませんか?」


 自分の言葉が先輩の希望は叶えられなくても俺の希望は叶えたいという風に聞こえて来て、自分のことを自己中に思えた。

 でもそんなことは杞憂でいつの間にか先輩の涙は変わっていた。


 「そういうところばっかり頑固で……馬鹿なのは昔から……変わらないんだから」


 泣き笑顔の先輩は顔を背けた。


 「投資みたいなもんですよ」

 「私に価値なんてあるのかな……」


 不安そうな眼差しでそう言う先輩は、相変わらず俺にとっての利益を心配していた。


 「大ありですよ。自分に自信が無いのなら、自信をつけてください」


 そんな先輩を見ていると何となく可愛らしく見えてきて茶化して返すのが俺もやっとだった。


 「うん、頑張るよっ!!」


 だって多分、今の先輩には昔の笑顔が垣間見えていて―――――惚れてしまいそうだから。

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