第8話 妹ちゃんとの再会

 「お姉ちゃんおかえり……男の人は誰?」


 錆びた階段を上がって鍵を開けると、出迎えてくれたのは先輩の妹の心晴こはるちゃんだった。


 「覚えてないかな?」


 数える程しか遊んだことは無かったけど、俺はその子のことを覚えていた。

 心晴ちゃんの背丈に合わせて身体をかがめると、じぃ〜っと見つめられること数十秒、


 「奏お兄ちゃん……?」


 かれこれ五年ぶりではあったが思い出してくれたらしかった。


 「カッコよくなってて全然分かんなかったー」

 「おだてたって何にも出ないぞ?そう言う心晴ちゃんもまた可愛くなったんだね」


 昔みたいに頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。


 「天然タラシな奏くんは、うちの妹まで誑かすつもりなのかな?」

 「までってどういうことですか?」

 

 脇から不服そうに先輩が口を挟んできたので、そう返すと


 「それは……その私も……」


 と歯切れが悪く、何を言ってるのかはよく分からなかった。


 「お姉ちゃんと奏お兄ちゃんが仲良しなのってあの頃に戻ったみたいで嬉しい!!」

 「仲良しって……まぁ確かに仲はいかもしれないけど……なんか照れるよ……」


 あの頃に戻ったみたい……か。

 二人のやり取りなんかそっちのけで、その言葉が耳から離れなかった。

 たとえそれが何も考えずに心晴ちゃんが選んだ言葉だったとしても、その言葉の裏にどれだけの苦労があるのか……。

 束の間、二人が今の暮らしを忘れられるように出来たらいいなと、思わないではいられなかった。

 

 ◆❖◇◇❖◆


 「お姉ちゃんと奏くんはこれから大事な話があるから、心晴はいいって言うまで入って来ちゃダメだからね?」


 そんな大事な話ってあったっけ……?

 と、思わないでもないがここは先輩に任せることにした。


 「もっと話したかったなぁ……」

 

 残念そうに言う心晴ちゃんに先輩は俺の方を見て


 「心晴に会いにまた来てくれるよね?」

 「空いてる放課後ならいつでも」

 

 バイト以外に放課後の予定は無いから断る理由もなく快諾すると、

 

 「本当だ」

 「なら楽しみにしてるね」


 心晴ちゃんに見送られながら、先輩の部屋に入ると勉強机とベッドがあるだけだった。


 「先輩、これ渡しときますね」

 

 無地の封筒に入ったそれは、金額にして五万円だった。


 「もうこれ以上は、奏くんの厚意を断るつもりは無いけど本当に後悔しないんだね?」

 「さっきの俺の話、聞いてました?」

 「うん……それは聞いてた」


 そう言うと先輩は封筒を机の上に置いてどういうわけか、ブラウスのボタンに指をかけた。

 そして俺の方を見つめると反対の手で俺をベッドへと押し倒した。

 何をするつもりなのかと唖然としていると先輩は躊躇いもなくボタンを外していく。

 露になった白い肌と黒く艶やかなテンセル生地にようやく理解が追いついた。


 「何をしてるんですか……!!」


 腕を掴んで脱ごうとする手を強引に止めた。


 「だって私に返せるものってこれくらいしかないから……」


 青い瞳は儚げに揺れて、不安なのか手は不安なのか僅かに震えていた。


 「いつ見返りを求めるなんて言いました?俺は先輩に笑っていて欲しいって言ったんですよ?自分を安売りするような先輩は嫌いです。今日はもう帰りますね」


 ふつふつと沸き上がる怒りは、決して先輩に対してのものでは無い。

 多分、お金の見返りに先輩の身体を求めた見知らぬ大人たち、倫理に蓋をして見て見ぬふりをする連中、そして先輩を追い込んでしまったかもしれない自分に対してだった。


 「ごめん……」

 

 先輩の声を背中に俺は家を出た。


 「もうちょっと上手く出来たらいいのにな……」


 どうすればいいのか、ガキが肉体関係の無い、されど援交紛いのことなんてするべきじゃないのだろうか。

 零れるのはため息ばかりだった。

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