第2話 明かされる境遇
「曽根崎先輩……ですよね?」
放課後の校門で、彩莉先輩を捕まえるのは簡単だった。
理由は単純、帰宅部の絶対数が部活をする生徒よりも少ないからだ。
でも、いざ彩莉先輩を前にすると、やっぱり昔のようには呼べなかった。
「久しぶりだね」
はにかむ様に笑った先輩の顔は昔のままだった。
けれどもどこか儚げにも見えて、掴もうとしても指の隙間からするすると逃げられてしまう、そんな印象だ。
「お久しぶりです……噂、聞きました」
気付けばなんて切り出したらいいかも分からず、用意していた
「そっか……知られちゃったか」
自虐じみた笑顔は空虚で、もしかしたらただの噂なんじゃないかっていう淡い期待をかき消した。
「それを知って奏くんは何しに来たのかな?」
橋の欄干に背を預けた先輩は、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「何をしに来たかって俺は―――――」
止めに来た、そう言おうとした唇にそっと指を押し当てられた。
「私とシたいってことなのかな?」
不思議と先輩は笑顔を浮かべていた。
それも誘惑するように蠱惑的な――――。
「どうしてそうなるんですか!?」
思わず叫んだその言葉に、先輩は俯いた。
「どうしてなんだろうね……気付かないうちに壊れちゃったみたい……」
「俺は……先輩にそんなことして欲しくないんですよっ!!」
何事かとギョッとした視線を向けてくる外野のことなんかは心底どうでもいい。
「……無理なんだ…………」
顔を上げると先輩は、目に涙を溜めていた。
「正直、冷静でいられる気がしません。俺から聞いといてアレですけど、どっか人のいない場所に行きましょう」
「そうだね……私もあんまり聞かれたくない話だから……」
そう言うと先輩は、俺の手を引いて歩きだしたのだった。
◆❖◇◇❖◆
「やっぱり安さで選ぶならカラオケが妥当かな」
ラブホという選択肢は高いからというのと俺が断ったのとで却下となり満喫のカップルシートもまた同様だった。
「会計は俺が払うんで」
「そんな、悪いよ。後輩に奢らせたのがバレたらまた悪評が立っちゃう」
「俺の意思で先輩の時間を貰ってるんですから、払うのは俺ですよ」
「なんかごめんね……」
なぜウリをやっているのか、その理由は何となく察していた。
先輩が浮かべる力ない笑みも言葉も、不本意なことだからというのは想像に
ということから考えてもやはり金銭的な問題なのだろう。
「いいんですよ。で、話は戻りますけど俺は先輩にウリなんか辞めて欲しくて会いに来たんです」
「私が引っ越した理由、言ってなかったね……」
取り付けられた画面に流れる映像を、焦点の合わない目で見つめながら先輩は語り出した。
「お父さんの事業が失敗しちゃったんだ……今はもういないんだけどね。残されたのは借金は何とか返済したんだけど、お母さんのパートだけじゃ妹と私を養うのは厳しいんだ。それに妹には私と違って笑ったままでいて欲しいしね」
先輩の口から語られたのは衝撃の事実だった。
「だから高校に上がった時私もバイトを始めることにしたんだよ。でもさ高校生の出来るバイトなんてたかが知れててさ、大した稼ぎにもならないんだよね」
「それで、先輩は……」
ウリをしているという行為を不純だと詰るのは簡単で、俺もどちらかと言えば不純だと思っている。
でも当の本人がどういう気持ちで、或いは状況でその行為に及んでいるのかを考えたことは無かった。
そして今、その事例を前にして俺は不純だとは言えなくなってしまっていた。
「そうだよ……誰とも知らない赤の他人に身体を許したの。お金のためにね?……幻滅したでしょ?」
悲しげに言った彼女を否定する言葉を俺は持てなかった。
さりとてそんな先輩を心の中では認めたくないのか肯定することもできないでいた。
「そんなことは……」
言い淀んだ俺を先輩は見つめて
「いいんだよ、それで……本当は認めちゃ行けないことなんだから」
「でもッ!!」
勝手に不必要かもしれないお節介を焼きたがる俺の心は、やり場のない気持ちに支配されていた。
どうしろってんだよ……明確な答えのない問いに、溜まる鬱憤。
「心配してくれて私は嬉しいんだ。でも私と一緒にいても多分、いいことなんか無い。だからもう私に構わない方がいいよ」
俺の顔へと伸ばしていた先輩の手は、そのまま下へと落ちていく。
勝手に憧れさえ抱いていた一個上のしっかり者のお姉さんが今ではウリをやっている一個上の先輩。
「俺は……俺は…………ッ」
そんな事実を受け入れられない俺は、やっぱりガキのままなんだろうか。
でも、それでも……そんな悲しい笑顔じゃなくて、空虚な笑顔でもなくて、やっぱり先輩にはあの頃の笑顔のままでいて欲しい。
エゴを押し付ける自己満野郎だと言われてしまえばそれまで、でも先輩だって望んでそんなことをやっているんじゃないんだ。
なら、それなら―――――
「俺が、先輩を買います」
なんの足しにもならない馬鹿げた答え、そうだと分かっていても俺なりに終着点を求めた結果がそれだった。
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