後編2 悲しくはない死

白い雪は私たちの言葉を包み込むように降っていた。雪に反射した太陽の光は眩しすぎるくらいで、でも時々光っていて、とても綺麗だった。

こんな状況でも冷静になるほど綺麗で、大切な人と共有したくなる、そんな景色だった。




 「お母さん、この人たちには嘘は通じないよ。」



衝撃的な言葉をさらりと姉は言った。

そこ言葉に一切の感情が見えなくて、恐怖すら覚えた。



 「お母さん本当のこと言おうよ。この人たち、本気だよ。」



姉は何の感情もこもっていない声で、母親をただひたすら見つめながら言った。



酷く動揺する母親と、表情のない冷酷な目で母親を見る姉。



私は今から起こること全部、二人の表情や態度や少しの仕草をも、頭の中に記録しておこうと必死だった。



 「嘘はいずれバレるんだよ」と、傀儡のような哀しげな表情で姉は言う。




母親は一言も発さず、姉の一語一句聞き漏らさず注意して聞いているようだった。


一方で、姉が何を言い出すのか、姉の発言の意図は何なのかを必死で考えているようにも見えた。




そしてついに姉は冷静なトーンでこう言った。



 「お二人には、真実を知る義務があると思うんです。」


 「天馬を殺したのは、この人なんです。」



そう言いながら、母親を指差した。



ーーーーーーーーーーー



何と言う言葉を発したらいいのか誰もわからず、当たり前に沈黙が流れ続けた。


母親はしゃがんで俯いているので、顔は見えず、しかし、自分自身を抱きしめているようだった。


 「この人って、ここにいる、あなたの母親?」



この沈黙に不気味さを感じて、背筋がゾクゾクするのを誤魔化すように私は口を開いた。


その間一瞬見えた母親の顔は、真っ青だった。



 「そうなの。黙っていてごめんなさい。」


 「私のお母さんだから、守りたくて、言えなくて。」


 「でも私にとって天馬は大事な弟だし、お母さんから虐待されていた。それは事実だから、これ以上隠しておけない。」



姉はポツリポツリと言葉を発して、その内容は衝撃的で、でも納得感はあって、、。聞いている私たちの感情もぐちゃぐちゃだった。


母親の方を見る暇などなく、姉を見つめ、唖然としていた。


さらに姉は周りを見渡して焦ったように言った。

 

 「でも、っわざとじゃないの。天馬は苦しまずに死んだ!お母さんはきっとわざと殺そうとしたんじゃないの。だから許してあげてほしい。」



 「お母さんが殺したんですか?」



母親に聞きたいことはたくさんあった。

でも感情もバラバラで、ぐちゃぐちゃで、絞り出したのは事実確認のような言葉だった。



 「殺…す、だなんて、私が、天馬を…?」


真っ青になりながら、ずっと狂ったように小さな声でぶつぶつ何かを言っている。


 「お母さん…?」


姉が心配そうに母親の名前を呼ぶ。

その声や言い方はまるで、お母さんに縋る子供のようで。

その声に母親の本能が働いたのか、意識が戻ったような動作をして、ぶつぶつ言うのをやめた。




 「そ、う。そうよ、私は天馬に虐待をしたし、天馬を殺した。」



やつれた顔はどこかに消え、どこか決心したような顔で言った。



ーーーーーーーー



田原は警察に電話をし事情を話してこの場所に来てもらえるよう頼んでくれた。

狭い地域だから警察は天馬の事件のことを知っていたし、こうなることはなんとなく予感していたのだろうか、起きた話をすんなり飲み込んで来てくれた。


警察は来て唖然と立つ私たちを見て、悲しそうな目をした。

事情は根掘り葉掘り聞かず、母親が自供したことを了承して、母親に手錠をかけた。

その光景は一生忘れないだろう光景だった。

姉は母親を闇を含んだ悲しそうな目で見ていた。


天馬のお墓に来てから今まで、あまりにも早く時間は過ぎて。



手錠をかけられる母親を見ても、胸の違和感は消えてくれなかった。


やっと終わったのに。この一瞬を待ち望んで、天馬に見せたかった一瞬なのに。


それでも、違う。何かが違う。


このまま終わりなの?

本当にこれが真実なの?


いろんな光景が頭の中に浮かぶ。

天馬、田原、天馬の母、姉の仕草や表情が一気に蘇り、頭がぐちゃぐちゃになる。


警察官のぎゅっという雪を踏む足音でハッと我に帰った私は咄嗟に口を開いた。




待って!と、母親と歩き出そうとしている警察に言う。


二人はゆっくり振り返り、その母親の絶望した顔に確信する。





 「虐待していたのは、、、天馬を殺したのはお姉さんの方じゃないの?」





みんなが動きを止め、私を見ている。その視線を肌で感じた。


誰も声を発することはできない。その沈黙を生み出しているのは私。


思いつきで言ったから、それ以上話せることはない、しかしその思いつきに自分の心は魅了されている気がする。



 「な、なにを、バカなことを」



お姉さんの震えた声に、初めてお姉さんの”本性”を見た気がした。

お姉さんは憎しみを詰め合わせたような目で、こちらを睨む。



しかし、語りかけるべきは姉じゃない。母親だ。

母親が全てを握っている。そんな気がした。


ぎゅむぎゅむと母親の元へ近づく。


 「お姉さんの言う通りにしてきただけじゃないの?」

 「ちょっと、」


 「娘を守るために色々なものを犠牲にしてきたの?」

 「黙れ」


 「天馬の母親はあなたなの。あなたの守るべきものに天馬は入ってないの?」



 「黙れって言ってんだよ!!」



姉が烈火の如く怒りだした姉が、一歩ずつ私に近づいてきて恐怖を感じる。

その行為を目の前に、足がすくみ動けなくなる。


その様子を見ていた田原が、その姉と私の間に立ち、かばうように前に出た。


前に立つ田原を見て、姉は我を取り戻したかのように立ち止まる。しかし、その目線はずっと私を見ていた。


その視線に込められている憎しみは、私の背筋を凍らせるくらい、深いものだった。



その攻防を絶望顔で見ていた母親。


母親は徐に崩れ落ち、その目から涙を流した。


母親の涙からは、葛藤や苦しさが見えて、わたしの胸も苦しくなった。




 「…天馬の使ってた消しゴムに、死にたくないって、書いてあった。天馬は姉からの虐待にいずれ殺されるんじゃないかって、命の危険も感じてたはず。それでも、姉の行為に目を背け続ける母親も、自分に虐待をしてくる姉も、天馬は…多分愛してた。だから、誰にも相談せず、自分一人で抱えてた。本当に、バカ。」



 「最後くらい、正しいことしてよ、天馬の母親なんだから。」



ねぇ、天馬。こんな人でもあなたの母親なんでしょ。

あなたはこの人を家族として愛していたんでしょ。


天馬は最期、お姉さんの顔を見て死んだの?




母親は嗚咽が混じった声で、姉を見ないように話し始めた。



 「…小さい頃から…天馬は太陽のような子だったの、いるだけで周りを明るくするような、で、、でも、この子は、、…すこし、怒りっぽくて」



 「癇癪だと、思っていたの、だから、私が守らなきゃって…」



 「でも…癇癪にしては、度が、過ぎているような気はしてたの、でも、娘だから、」


 「飼っていた、い、犬が死んだり、、お父さんが、、自殺したり、、みんな私の前から消えて、、、もうどうして、いいか、…」




 「娘は、、娘だけは、、なんとしても、守らなきゃって、、」





震えている手、吃る言葉、嗚咽、

小さくなっていく母親という存在。



娘であるということと、姉の度が過ぎた行為に葛藤していた、そういうことを苦しそうに言っていた。





 「お姉さんは、罪悪感というものを感じることができない、社会病質者(ソシオパス)なのだと、思います。」



 「守るべきものを、間違えないで欲しかった。」


素直な気持ちが口から勝手に出てしまった。


天馬の命は母親の選択次第だったということに、やるせなさを感じた。




 「っお母さんは、自供した!私は天馬を殺したなんて言ってない!そもそも、天馬が死んだ時、私は家にいた!」



姉はまだ諦めていないという風に、大きな声を上げた。



 「お姉さんは、さっき、『天馬は苦しまずに死んだ』って、そう言ってたはずです。私たち全員が聞いてる。」


 「っ!」


 「その場にいないあなたが、なんで天馬の最期を知っていたんですか。」


 「そ、れは…」


 「お母さんの自供を事実として主張するなら、私たちもさっきの発言を事実として提出します。」



お母さんは、まだ抗っている姉を見て諦めたかのようにため息をつきながら、「もう、諦めましょう」と言い聞かせるように言った。


 「私が悪かったの。この子の異常さに見て見ぬふりをして、道を間違えたのよ。」





ーーーーーーーーーーーーーーー





姉と母親は警察に任せて、これからの事の顛末は知らなくていいと田原に伝えた。


なにより、もう何も聞きたくなかった。


天馬は学校の近くにある山の高所から姉に突き落とされたらしい。


その山は天馬のお気に入りの場所で、夕陽や朝日が綺麗なのだと、何度か連れてきてくれたことがあった場所だ。


太陽で明るく照らされた天馬の顔が今でも鮮明に頭に浮かぶ。


天馬がこの山から空を飛んだ日、もし、私がそばにいてあげたら。




お墓でのことがあってから一週間、私は天馬が最期に見た景色を見に来ていた。

この景色を見て、天馬のことやあの夏のことを忘れて、新しい人生を歩もうと、そう思っていた。


光るオレンジや黄色をぼんやりと眺める。


学校終わりに二人で走って見た夕陽。


家からこっそり抜けだして、朝早くに集まって見た朝日。


その景色を見ていて気付いてしまった。


私は天馬のことが好きだったんだと。


天馬の死に執着していたのは、胸がずっとモヤモヤしてたのは、

ただ、天馬が好きだったからだと。



とっくに、大好きだったよ、天馬。




私は久しぶりに涙を流しながら、天馬が最後に見た空に、飛び込んだ。





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嘘をひとつずつ剥がしていく恋の話 夜に書くアルファベット @yokiyomi81

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