第4話 ならない予感

「これがタレですよね。やっぱりこういう備えはあると思ってました」

「ほ、本当にお父さんのタレだ……」


 バタバタと階段を降りてきたミオが、改めて香りを確認。

 そしてすぐに引き返してスプーンを取ってくると、手の甲に一滴垂らして、味を確認した。


 するとミオの目に涙が浮かぶ。


「味も間違いないわ……鶏に仕込んでいた分しか残ってなかったから、本当に……」

「それで苦労なさったんですね」


 パシャも嬉しそうに、うんうんと頷いていた。

 そしてそのまま、不思議な光沢の箱を改めて調べ始める。


「……ああこれは、こういう仕組みなのか。取り外しが出来ると――」

「取り外し? ああ、この箱の中にタレが入っている壺があるのか。ずいぶん大きいのね。一抱えほどあるわ」


 つまりタレがたっぷりあるということになる。

 何しろ、それだけ大きな壺になみなみとタレが入っているのだから。


「ね、これ本当にお父さんが……?」


 さすがにと言うべきか、当たり前にと言うべきか。

 ミオがこの状況に不審感を覚えたようだ。


 だがパシャは不思議そうに首を傾げた。


「でも大事なタレなんでしょう?」

「そ、それそうかもしれないけど……」

「じゃあ、これぐらいの備えはあるんじゃないでしょうか」


 タレに関しては、それで納得できたとしてもだ。

 この地下室に、よくわからない箱。


 改めて考えると、ミオにしてみれば不思議なことだらけだ。

 そんなミオに構わずに、パシャは相変わらず箱に取り付いている。それを確認しようとしているのは、ミオと思いが同じあるかのようにも思えたが。


「なるほど。ここで時間が……ああ、やっぱり。ずいぶん冷えている。色んな意味で保存できるわけだ」


 ミオには理解出来ないことも、パシャには理解出来るようだ。

 とにかくこれ以上、パシャに聞いても仕方がないことはミオにも理解出来る。


 だがそれでも、とにかく秘伝のタレはあるのだ。


「と、とにかくこれで再現に本格的に取りかかれるわ。いえ、店を開けることもできるかも……」

「俺も手伝います。親切にして貰ったんです。当然です」


 パシャが三白眼を見開いて、ミオの投げやりになったような決意を後押しした。

 それもまたおかしなことになった、とミオも感じてはいたが、やはり強力に反対しようとも思えない。


 まるでパシャ自身が「こうんなこともあろうかと」ミオの前に姿を現したような……


 ミオはその違和感を頭を振って追い払うと、


「これで、ダスティたちと戦えるわ!」


 と無理矢理、意気軒昂になってみせた。


「ダスティたち、と言うのが持ち逃げした元従業員の名前なんですね……でも、そんな事になりますかね……?」


 そんなミオの決意にパシャは首を捻りながら、地下室のさらに奥に目をやった。

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