第3話 秘密の地下室

「な、何?」


 パシャの迫力に押されたのか、ミオが一歩後ずさる。


「そうですよ。『そんなこともあろうかと』。そういう備えはあるはず」

「え、ええと……」

「俺もそうだと思います」


 まったく要領を得ないパシャの言葉に、ミオはさらに後退した。

 するとパシャはカウンターから立ち上がると、そのまま回り込んで厨房に足を踏み入れた。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

「あ、ここで……タレを作ろうとしてたんですね」


 厨房の奥には下ごしらえ用のスペースがあった。カウンターに隣接していた厨房はポッドチキンの焼き物を仕上げたりするための、簡易的なものだったらしい。


「……そうよ。お父さんがどうやってタレを作っていたのか思い出そうとして……でも、タレを作って保存していた壺が盗まれちゃって……」


 ミオの父親が秘伝のタレを作っていた。しかしその父親が先日亡くなってしまった。精霊族である母親はもっと昔に亡くなっている。

 そういった事情は説明済みのはずだが、パシャは果たしてそれを理解しているのか。


「ということは、普段はタレを奥の厨房で作ってたんですよね。ということは――」

「何やってるの? そこは何にもない……」


 突然、パシャが壁を叩き始めた。慌ててミオがそれを止めようとする。しかしそんなミオの目の前で壁がスライドした。

 


「え?」


 驚くミオ。


「ああ、やっぱりです。俺はそういうことになっていると思っていました」


 一人、パシャが何もかもわかっているような素振りで、突然出現した壁の穴に踏み出した。穴と言うよりは、入り口が現れたと言った方がいいのだろう。


 当たり前に入り口の向こうは暗がりで、パシャの頭がだんだん低くなってゆく様子から見ると階段――つまりは地下室になっているようだ。


 あまりのことにミオがパシャの背中を黙って見送り、そのまま地下室の様子を窺うように覗き込むと、いきなり地下室が明るくなった。


 ランタンやランプに火を灯したわけではない。

 そもそも、そんな生半可な明るさではなかった。


 まるで、地下室だけが昼間になったような――そんな風に見える。


 あまりのことに言葉を失うミオ。そんなミオには構わずに、パシャは不思議な光沢を放つ箱に手を伸ばしていた。


 そしてしばらくガチャガチャと箱についていた仕掛けをいじってゆくと――


「あ、これですね。開けますよ」


 その声と同時に、ミオの鼻孔には香しい匂いが感じられた。

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