第7話 身代わり婚約者①
結局、一時間だけという条件で、
そして婚約パーティー当日。
篤人はベッドの上から、驚いた顔でそれを見ている。
運動部員の怜司、秀一、ハルは部活のため不参加だった。
「俺、中学ん時、バスケ部だったんだ」多聞はご機嫌だ。「あっちゃん、1on 1やろうよ」
多聞に誘われて篤人は上着を脱ごうとしたが、鮎川に止められた。
「汗かいてどうするの。君、主役だろ」
篤人は上着を着直した。
「出来た。見てよ」
未央の化粧を終えた鮎川は、満足気に出来栄えを二人に披露した。
未央は鮎川の手により可憐な美少女に変身していたが、篤人も多聞も女装男子に関心を寄せる趣味はなかった。
篤人は無言で立ち上がり、多聞はまたシュートを決める。
「一時間で、いいんだよね?」と未央は鮎川を見上げた。
「僕が付き添うから、一緒にこの家を出よう」と鮎川はハイヒールを未央に履かせた。
未央の着ているアイボリーのドレスも靴も鮎川の妹がピアノの発表会に身に付けたものだ。鮎川は未央のサイズに合わせてドレスの手直しもした。
未央を身代わりにすることに反対しておきながら、蓋を開けてみれば、鮎川が一番働いていた。
「その子、名前はなんていうの?」
未央の質問に鮎川は篤人を見た。
篤人は喉を手で押さえながら、ささやくように答える。
「……桐子」
ボールを手にした多聞は篤人を見た。
篤人が喋るのは珍しい。
「僕のお母さんと同じ名前だ」と、未央はふらつきながら立ち上がった。
「よし、始めよう。多聞君は時間になったら、決められた場所にいてよ」と鮎川。
「イエス、マイ、ロード」と多聞は外したシュートのリバウンドを取りに行く。
「あっちゃんは、未央のエスコート頼むよ。あまり人を近づけないようにして」
鮎川の念押しに、篤人はしっかりとうなずいた。
慣れない靴を履く未央のために鮎川と篤人はゆっくりとパーティー会場の母屋に向かった。
「低めのヒールを選んだんだけど、痛い?」と鮎川は未央を支える。
「平気。一時間だけだし」
ごめんなさいと、篤人は未央に頭を下げた。
母屋への通用口には、葉月が立っていた。
その隣には篤人の警護をしている警察官の宇佐美がいる。
「やっとお会いできましたね」と、長身の葉月は、ジロリと未央を見下ろした。
「初めまして、桐子さん。宇佐美と申します」と宇佐美は笑顔で未央に握手を求めた。「お母様とは何度かお目にかかっています」
未央は宇佐美の手を握るとニッコリ微笑んだ。
「急いで下さい。みなさんお待ちかねですよ」
葉月に厳しく言われた未央は、宇佐美の手を放して篤人を見た。「篤人さん、参りましょう」と背筋を伸ばしてしっかり歩き出す。
篤人と鮎川は、驚いて顔を見合わせた。
(成り切ってる!)
意外と頼もしい奴だと、二人は未央に付き添った。
「王来寺美也子の娘にやっと会えました。可愛いお嬢さんでしたよ。篤人君といるとお雛様みたいで、微笑ましかったです——いえ、母親には全く似ていません。接触しようにもガードが厳しいので、この後彼女を尾行させて、居所を突き止めます。
それから体育倉庫で絞殺された男の身元がわかりました。探偵業をやっている筒井という男です。学校側は篤人くんのボデイガードとして校内の出入りを許可していたようですが、王来寺家では頼んだ覚えがないそうです——ええ、そうです。どうやって潜り込めたのか全くわかりません。
九我さん、あの学校のOBでしたよね? 内部の事情を探っていただけませんか? ご存知の通り、あの学校は少年院並みの高い壁と何台もの監視カメラに囲まれています。カメラは全て確認しましたが、怪しい人物は写っていませんでした——そうなんです。犯人は学校関係者だと思われます。教職員か父兄、もしくは生徒ですね——嫌な事件にならないといいんですが……遺体を発見した生徒たちの資料も送ります」
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