第2話 プロローグ②
すぐ直属の上司に報告に行く。悪い知らせは早ければ早いほどいい。
宇佐美の上司はこのところ機嫌が良かった。
今も寛いだ様子で、雑誌を眺めている。
宇佐美の先輩、石黒も九我の横に立ち、同じ雑誌を覗き込んでいた。
「九我さん、料理なさるんですか?」
意外にも二人が見ていたのは、主婦向けの料理雑誌だった。
「一人暮らしを始めたんだ」と九我。
「僕、料理は嫌じゃないんですが洗い物が苦手です。手が汚れるのがイヤなので生ゴミも掃除したくないです」
宇佐美が言うと、「俺は両方好きだ」と九我は雑誌に折り目をつけた。今夜のおかずが決まったのだろうか。
「またまたあ、好感度上げちゃって」と石黒が茶化した。「嫁にしたい警察官ランキングに入っちゃいますよ」
そうかと九我が笑ったところで、いまだと宇佐美は口を開いた。
「僕、
「管轄違うだろ」と、九我がイヤな顔をする。「なんで俺を通さないで、直接おまえに話がいくんだ」
「ごもっともです」
そうやって貴方が渋るからですよと、宇佐美はこっそり思った。
「向こうからご指名がかかったんだろ。あの優しそうな刑事さんがいいわあって」と石黒がニヤリとした。「例の詐欺事件で王来寺家の聞き取りは、宇佐美が担当したもんな」
美也子自身は名前を使われただけだと言い張り、上からの圧力もあって不起訴処分となったが、旧家の名に泥を塗ったことに変わりはない。
「脅迫状も、詐欺被害にあった者の仕業かもしれません」
と宇佐美が言うと、石黒も腕組みをして考え込む。
「行方の分からない金が、まだ二十億ありますし、あの家を探れば何か出てくるかもしれませんね」
九我は時計を見た。「帰る」と雑誌を閉じる。
七月には泊まり込みで仕事をしていた九我は、八月には定時帰りに戻っていた。
「何かわかったら、真っ先に報告します」と宇佐美は帰り支度をする上司に頭を下げた。
霞ヶ関を出た
玄関を開けると、パジャマ姿の秀一が立っている。
秀一は「おかえり」と手を伸ばして、正語から買い物袋を受け取った。
玄関にテニスバックが転がっている。
「部活の帰りか?」と秀一の髪に触れた。シャワーを浴びたばかりなのか、まだ湿っている。
「オレ、電車嫌い」
「混んでたろ」
髪に触れたついでに頭を抱くと、秀一は素直に身を預けてきた。
もう耐えられない。
秀一の手から買い物袋を奪うとその場に放置し、華奢な身体を抱えてベッドに向かった。
すぐに冷蔵庫に入れなければならない物もあったが、構ってはいられない。
人に触れられるのは、どうしてこんなに気持ちがいいんだろうと、秀一はうっとりと、目を閉じた。
壊れ物を扱うみたいに、優しく、丁寧に体の隅々に指や唇が触れてくる。
キスも大好きだ。
「口、開けて」
正語に言われた通りにした。
舌が口の中を這ってくる。
歯茎の裏側は変な感じだし、その奥はゾワゾワするが、こうして体をくっつけているのは最高の気分だ。
「嫌か?」
正語が動きを止めた。
嫌じゃないよと、秀一は目を開ける。
見下ろしてくる正語の目と、まっすぐぶつかった。
「……おまえ、ここイジったりしないの?」
変なことを言うなと秀一は首を傾げた。
オシッコするところをなんでイジるんだろ?
「……食事にするか」
「正語、抱っこして」
言ったらすぐに、すっぽりと身体を包まれた。重みが嬉しくてたまらない。
いつまでもこうしていたい。
夕飯なんてどうでもいい。
——オレは今、幸せを食べているんだ。
『滅びの魔女』として恐れられた前世の記憶が戻り、秀一はなぜ自分が人の姿に転生するのかがわかった。
全てはこの魂を独占するためだ。
——正語、もう裏切らないでよ。
今世でも不実を犯されたら、もう終わりだ。
正語を無間地獄よりもっと酷いところに、未来永劫閉じ込めてしまう。
オレにはその力があるんだよ。
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