第3話 体育倉庫の死体①

 東京山手線のS駅から私鉄に乗り換えて十五分、自修院大学前で降りる。

 南口は賑やかなファッションビルに直結し、駅前には片側二車線の大通りが自修院大学まで伸びていた。

 この大学通りに沿って、グルメサイトで有名な飲食店や小洒落た店舗が多く並び、駅前は昼夜問わず人通りが絶えない。

 自修院大学の広大な敷地には、幼稚園から初等科までの建物と、自修院女子中等科、高等科の建物が併設されていた。


 対して北口を出ると閑静な住宅街が続く。

 ゆるい坂道を登った先に、高いコンクリート塀が建っていた。

 所々、黒く変色した塀の高さは五メートル。上部には有刺鉄線が張られている。

 この塀の向こうに立つのが、都内有数の男子校、自修院中等科・高等科の建物だった。




 多聞忍たもんしのぶは校舎の二階から正門まで続く並木道を眺めていた。

 この並木の木は桜だが、今は八月。緑の葉が生い茂るのみ。

 多聞が自修院高等科に入学したのは今年の四月だが、その時もすでに葉桜で、見頃の時期は過ぎていた。


(来年に期待だな)


 入学当初、敷地を囲む高い壁を見た多聞は、荒くれ者を閉じ込める施設に放り込まれたかと身構えた。

 だが、これは生徒の脱走防止ではなく、外からの侵入を防ぐためのものだった。

 事実、多聞が通っていた公立学校と比べると、ここの生徒たちはかなり洗練されている。

 女子か! とツッコミたくなるような男がゴロゴロいた。

 環境が人を育てるというが、自分も以前より丸くなった気がする。

 高い授業料を払っている親も満足していることだろう。


 黒い日傘を差した女が、門に向かって走っていく。

 ここは男子校。校内で女性を見るのは珍しかった。

 多聞は窓から身を乗り出した。

 よく見ようと目を凝らしていたら、肩に腕が回ってきた。


「何、見てんだ?」


 ハルだった。

 ハルとは入学早々隣の席になり、それ以来ずっとつるんでいる。


「女がいた」


 多聞が言うとハルは笑い出した。


「おまえ、幻みんの早過ぎ。ここ入ったの今年だろ。俺は中等からいるけど、まだ正気だぞ」


 中等どころか、この高辻春琉彦たかつじはるひこは自修院に幼稚園からいるエリートだ。多聞より頭半分背が高い百八十五センチ。中等科ではテニス部のエースだったらしい。


「行こうぜ」


 ハルに促されて窓から離れた時には、もう女の姿はなかった。




「今朝の電車、めっちゃ混んでなかったか? 昨日の車両故障の影響かな?」とハルはスキップをするように軽快に階段を下りる。


 夏休み中の校舎は静まり返り、ハルの足音だけが響いた。


「急に錆びたらしいもんな。怖くね?」


 昨夜のニュースは、スマホに入ってきた速報で多聞も知っていた。

 電車の運行停止で、大勢の足に影響が出るのは毎度のことだが、急停止したその車両は、なぜかボロボロに錆びついていたという。

 前の駅を発車した時には何もなかったのにと、怪奇現象のように扱われていた。


 踊り場に立ったハルが振り返った。「子供だ」と声を顰める。

 なんだ? と、多聞は残りの階段を下りて踊り場に立った。


 バイオリンケースを抱えた子供——ハルに言わせると——が下から上って来ていた。

 確かに小柄だ。百五十五センチあるかないか。可愛いが小学生にしか見えない童顔でもある。

 だが自分たちと同じ制服だった。

 ハルがガン見するせいか、その子は階段の途中で立ち止まり、俯いてしまった。


「おい(態度悪いぞ)」と多聞はハルの足を軽く蹴った。「行くぞ」と、階段を下りる。

 すれ違う時、多聞はその子から声をかけられた。


「……あの」


 声が震えている。

 可哀想にと、多聞は笑顔を作った。


「(俺たちは、怖くないよ)なに?」


「……職員室はどこでしょうか」


「ここは高等科だぞ」と腕組みしたハルが踊り場から言う。「中等科は運動場の向こうだ」


 ハルに言われて、その子はまた下を向いた。顔が青ざめている。


「……僕、高校生です……」


「(ごめんね)職員室は、この上だよ」と多聞は、また笑顔。「転校してきたの? 俺たち一年だけど、君も?」


 その子はコクリとうなずく。


「俺、多聞。あいつはハル。シカトしていいからね」


乾未央いぬいみおです」


 と未央は笑った。ペコリと頭を下げると階段を上がって行く。踊り場でハルとすれ違う時、未央は怖々と避けるようにしたが、あとは一気に駆け上がっていった。


「おい! 来いよ!(なんで行った後も、睨んでるんだよ!)」


 多聞に呼ばれてハルはやっと踊り場から下りてきた。


「あいつの顔、見たことある」とハル。

「前、ここにいたのか?」

「あいつ、篤人あつとの婚約者だ」

「はあ⁈」

「よくあるアレだな」

「なに?」

「女の子が、男の格好して男子校に転校してくるってやつだよ」


 ふざけているのかと思ったら、ハルは真顔だった。


「バカか! そんなのマンガだけだ!」


 ハルとダブルスのパートナーを組む秀一も天然だが、こいつも大概だなと、多聞は呆れ返った。

 







 


 

 

  

 

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