第5話 心臓を捧げよ
舞台上では、ちょうど、アキヒトが持ってきた、宝石をハルオに見せるところだった。
ハルオはさきほどのなよなよした言い方が嘘みたいに、男らしくしなだれかかる。アキヒトに。
ハルオが言う。
「よぉ。兄弟。
いい出物じゃねぇか」
アキヒトが言う。
「だろう?オペラ座の地下で見つけたんだ」
ここは、オペラ専用の劇場ではない。
紀伊國屋だ。
新宿駅からだいぶ近い。伊勢丹に向かおうと、東口におり、地下、アンダーグラウンドから階段を数段上がる。
まるで、地下から久しぶりに地上へと、あがると、陽の光に吸血鬼が焼け死ぬように、私のような日陰者にとって、地上はまぶしい。
私は、ファントム。幻影。
歴史から消された、役者。
だから。
芝居を見ていると、いろいろなことを思い出す。
かつてはあったが、今はない劇団。
ライバル、先輩として地方の児童演劇を引っ張っていた劇団は、先輩のいた劇団は、解散した。それは、1998年のことだった。
あの劇団は、21世紀をむかえられなかったのだ。
20世紀末に消えた劇団は、いくつもある。
かえりみられることもなく、舞台を去って行った役者たちが、何人もいる。
何十人?
いや、何百人。
もっといる。
今まで。
地球上で。
何千人。
何万人。
何億人。
何兆人。
どれぐらいの役者が、戦争で、飢餓で、内戦で、革命で、原爆で、レイテ沖で、広島で、蒲田で、大船で、横須賀で、玄界灘で、テロで、家庭の事情で、21世紀を迎えられなかったのか。
そう、考えるだけで胸がかき乱れるのだ。
この、感情は、なんだ。
目の前で起きている芝居に集中しろ。
目の前の出来事を、見ろ、自分。
去って行った仲間のことは考えるな。
死んで行った人間にとらわれるな。
死体の頭蓋骨はふみつぶせ。
死んで行った人間に。
つかさんにとらわれるな。
蜷川さんにとらわれるな。
倒れて行った、
夢半ばでこの世界を去って行った、
仲間のことなんて、考えるな。
死んで行った人間。
あの人のことは忘れろ。
自分と同い年に生まれたあの女優のことも。
あの女優の死に、責任があると言われて去って行った俳優のことも。
人は簡単に、それこそ、大衆は、ころりと、手のひら返しをする。
色恋に惑い、自殺するようなタマか、あの女優が。
死人に口なしとはよく言ったもんだ。
芝居の世界にしか生きられない人間を、芸能界から追い出した人間は、誰だ。
これは、きっと、私に対する罰だ。
のぉのぉと生き延びてしまった、人間に対する。
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