番外編1.room NO.138
サントワープ島の風車小屋のカフェテラスで、一人の男が黄昏ていた。男はこちらに気づくと大きく手を振り、僕の方に近づいてきた。
「よう、早いじゃねえか。…まあでも、来てくれてありがとな。嬉しいよ」
声の主は、僕が十人組手で敗北を喫した青年、アストだ。
「僕の方こそありがとう。この間教えてくれた戦い方、結構役に立ったよ」
明日斗はメガネを指でクイっと直し、少しはにかんだが、すぐに真顔になり真剣に話し出した。
「金的キメたんだって?慣れないことすんなよ、負け筋に繋がんぞ?」
僕は、頬をポリポリ掻いた。「でも勝ったんだからいいじゃん…」
「…全く、お前はセレーナみたいなこと言いやがって、いつか痛い目みるぞ?」
風車のキシキシ軋む音が静かに響く。
「できそうなことならなんでもやってみたくなるんだ、これはもう、僕にもどうしようもないよ。…それより、なんでこうやって君に声をかけたかというと、なんか、セレーナとの間に距離を感じて…」
「…へぇ?まあ、なんでそう思ったのかちっと教えてくれや」
僕は、この間の、暴漢と戦った時の一連の出来事を話した。
僕の話を聞いたアストは「…あ〜、うん、そうだな…」と言葉を詰まらせた。
「…まあそうだな、お前らのような存在は貴重だからな、やっぱりこういうのは国をあげて保護しなければいけないと思うんでね、俺からは何も言わないわ」
…?どういうことだろう。
「…どういうこっちゃ」
「まあ別にわからんでいいよ。というかわからんでくれ」
「…本当にどういうこと?教えてよ」
「いいからいいから。……そうだ!俺の道場の空手についてもうちょい教えてやるよ。なんだったら手取り足取り教えるぞ」
あまりにもあからさまに話を逸らされた。…だけど、空手の方も気になる。
「空手って、僕と戦った時に使ったやつかな?ぜひ教えてほしいな」
彼は嬉しそうに微笑み、クイっと手招きするような仕草をした。
「ついてきな、この近くにも俺の練習場がある」
僕は彼に連れてこられるままに、田舎の集会所のような、バキバキの日本家屋へと足を踏み入れた。
「おいおい、靴は脱いでくれよ」
慌てて靴を脱ぐ。この世界の建物で靴を脱ぐ必要に迫られることなんてほとんどないので、ついそのまま上がってしまった。
僕は、建物の中を見渡した。と言っても、建物は16畳ぐらいの畳敷きの部屋が一部屋あるだけで、本当に田舎の公会堂みたいだ。
「まあ、今日はお前さんに少し稽古をつけてやるよ。俺との立ち合いってのは、お前にとっても悪い経験じゃないだろう?」
「…凄い自信だね」
アストはハハッと笑い、僕の顔に人差し指を向けた。
「それは他ならぬお前がくれたものなんだぜ」
「…それはどうも」
僕は、ひょっとしたらとんでもない奴を覚醒させちゃったのかもしれない。
「まあ、俺が色々教えてやるよ。俺からは攻撃しないから、好きに打ってきな」
アストはパチンと指を鳴らした。その瞬間、彼の身体を光が包み、いつのまにか彼の服は道着へと姿を変え、…あの、独特の構えを見せた。
「…それじゃ、遠慮なく」
僕は、助走をつけて勢いよくジャンプし、彼の金玉を蹴りあげた。
…何のダメージも見られない。
またサンドパワーでも使っているのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしい。
「驚いただろう。こうやってね、タマを身体の中に隠しちまうこともできるんだ。琉球空手に伝わる『コッカケ』という技だよ」
…にわかに信じ難いが、現実に"それ"が起こっている。信じざるをえないだろう。
僕は一瞬、思考停止したが、すぐさま右手の二本の指で目潰しをしようとした。
だが、それは彼の左手によっていとも簡単に払いのけられた。
「急所を攻撃するのもいいが、あくまでそれはさまざまな攻撃の中の"一部"であるべきだ。そればっかやるのは俺は違うと思うぜ。…さあ、続きだ。とことんやろうぜ」
「いいよ…、今度は君からも攻撃してきなよ」
「言うね〜。やろうぜ」
それから少しばかり、僕らは拳で語り合った。普段、武器を使って戦うことの多い僕にとっては、殴り合いのバトルは新鮮だった。
なかなか言葉にし難い、満足感を得ることができた。
「たまにはいいね、素の殴り合いも」
「そうだろうそうだろう。俺はいつでも大歓迎だからな」
「ありがとう。…そういえば」
僕は、少し気になっていたことを軽く聞いてみた。
「前ちょっと言ってた『人体破壊』については教えてくんないの?」
僕がそう聞くと、アストはあからさまに嫌そうな顔をしてため息をついた。
「…それもね、日頃の鍛錬があってのものなんだよ。強い空手家の手とか足の指っていうのはね、滅茶苦茶に鍛えられてるからね、それだけで武器として成立するんだ。空手家が瓦を割るのを見たことがあるだろう?あれはそういうことなんだよ。…それにな、『人体破壊』っていうのは、スポーツとしての『表』の空手とは違う、『裏』の空手なんだ。…俺は、そういう所から空手に入ってほしくないんでね、知りたきゃ俺を空手で倒してからにしな」
「そうだね、わかった」
僕が少ししょげているように見えたらしく、アストは少しフォローしてくれた。
「…まあ、俺も口滑らせたのはよくなかったからな、気にすんな」
アストは僕の肩をポンポンと叩いた。
「まあでも、今日は勉強になったよ。またいろいろ教えてくれると嬉しい」
アストは満足そうに頷いた。「勿論だ」
僕らは再び風車小屋に戻り、一息ついてダラダラと過ごした。じきに夕暮れになり、潮風が僕らの髪をくすぐる。
「そろそろお開きにすっかな」アストが懐中時計に目をやり、そう言う。
「まあ、また遊ぼっぜ。今度はバトってもいいしな」
「そうだね。次は負けないから」
アストはハハッと軽妙に笑った。「言うじゃねえか。まあ、さっき言ったとおり、いつでも連絡してくれよな。…あとな、」
アストは真剣な顔つきで僕の顔を覗いた。
「まっすぐに、いけよ。大丈夫だから」
僕は、トーナメントの話だと思って、「そうだね、せっかくのトーナメントだし、全力で頑張るよ」と返したのだが、アストは呆れた様子で両手を広げた。
「ったく、お前らは…。まあいいや、陰ながら見守るとするぜ、あばよ」
アストは踵を返してくるくると手を振って去っていった。
強い風が一瞬僕の視界を奪い、次の瞬間にはアストはいなくなっていた。
…まっすぐ、か。
僕は、拳を強く握りしめ、改めて意思を固くした。
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