第11話 Who are you?

 「うん…、まあ……、どうだろうな……、うーん、この成績だとな、…結構負けてるのが気になるんだよな…」

 送りつけられたデータを見て、運営委員の人は腕組みして苦悶の表情を浮かべた。

 まあ、気持ちはわかる。この時の僕の戦績は6勝4敗で、とてもワールドクラスの大会の、トップトーナメントに出られる実力じゃないと我ながら思う。だけど…。

 「わがままを言ってすみませんが、…僕は、この大会に出たいです。…どうか、よろしくお願いします」

 「そうそう、こんなに本人がやる気出してるし、私もエルも推薦してるしさ!頼むよアンヘル、この通り!」

 横からセレーナが援護射撃してきてくれた。

 

 「…しょうがねえな。…参加を許可するよ。その代わり、一回戦で負けたりしたら承知しねえぞ」


 「やったじゃん!頑張れよ!」

 セレーナが手を挙げてハイタッチしたがっているような素振りをしていたので、僕もそうした。

 「…腕がなるね」

 …いざ選ばれると、僕の中にも色々な感情が巡ってきた。セレーナやエルさん、運営の彼の顔に泥を塗るまいという気持ち、少し不安な気持ちや、単純に楽しみな気持ち。

 「よし、じゃあギルメンで集まって祝賀会するよー!来れるやつに召集かけっか!」


 セレーナは、今までにないぐらい有頂天だ。

 だけど、そんなセレーナに、運営の彼が冷や水を浴びせた。

 「いや、大掛かりな集まりはしばらくやめておいた方がいいと思うよ。これを見てみ」

 

 手渡された新聞の一面の見出しには、驚くべき事実が書いてあった。


 『図書館襲撃の犯罪者集団[黒の騎士団]、アグニーニャ収容所から脱走す。憲兵団は500人超の憲兵の動員を検討か』


 …これは。

 しばらく前に図書館で戦った暴漢が、牢屋から逃げ出したようだ。

 「え!あいつら逃げ出したの⁉︎」

 セレーナは驚きを隠せないようで目を丸くした。


 運営の彼も神妙な顔をして、紅茶をすすった。

 「…あいつらを拘留させたの、お前らだろ?逆恨みして攻撃してくるかもしれんぞ。一等のフネを用意しておくから、今日は大聖堂でじっとしときな」


 「えー大丈夫だよアンヘルくん?私を誰だと思ってんのさ??」

 「万が一ってこともあるだろう。それにな、…アグニーニャはそんな簡単に脱走できる代物じゃないんだよ。何かヤバいことが起きてんだから、警戒するのは当然だろ?無理せず安全策を取れって。備えあれば憂いなしってやつだ」


 セレーナは何か言い返すかと思ったが、あまりに強く説得されたからか「…わかったよ、しょうがないな」としぶしぶ受け入れた。


 「ねえセレーナ、逮捕になったらさ、具体的にどうなるのかな?」

 「うーん、私もわかんないけど、…噂だとね、ゲームの中で自由がなくなるだけじゃなくて、IDも使えなくなるみたいだよ」

 「ええ…、怖…。……っていうか、」

 「ん?」

 「舟、全然来ないね」

 事務所のエントランスで渡し舟を5分ぐらい待っているが、来ない。いつもなら連絡してから1〜2分で来るので、相当遅い。

 「あ、でも来たみたいだよ」

 西の空から光り輝く一等客船が姿を現した。

 「僕、一等は初めて乗るよ」

 「私も〜!こんなにでかかったらギルメンみんな乗れちゃうんじゃないの〜⁉︎」

 普通の渡し舟は無料だが、一等と二等は有料だ。おまけに、かなりデカい。特大のフェリーみたいだ。

 「お待たせ致しました。どちらまで行かれますか?」

 「大聖堂まで」

 「かしこまりました、すぐに出発致します」


 静かに舟が上昇する。他の舟と違って、一等の舟はかなり高い所を進むとは聞いていたが…、ここまでいい眺めだとは思わなかった。

 セオニア全土がまるでジオラマのようだ。

 「テーマパークに来たみたいだぜ!テンション上がるなぁ〜〜」

 セレーナも喜んでいるみたいで、一等に乗ってよかったと思った。

 一等だからか、とても動きが静かで、外を見ないと止まっているのか進んでいるのかわからなくなる。

 「ちぇ、にしても祝賀会いつにしよっか…。やっぱりあいつらを全員アグニーニャにぶち込まないとできないよな〜」

 「いいよ祝賀会とか…。…というかさ、」

 「ん?」

 「よその人と戦おうとしないでよ…。争いとか、そういうのは僕は嫌いだよ」

 

 僕がそういうとセレーナは、どうしようもなく寂しそうな顔をして一瞬そっぽを向いた。でも、すぐに僕の方を振り返り笑顔を見せた。でも、その顔にはどうしようもない哀しみが、わずかに宿っていた。


 「…悪いね、ユースケ。これは私の、抗い難いデスティニーなんだ…」

 「……?、ごめん、全然わからん……」

 

 僕の顔を見てセレーナはクスッと笑った。失礼な人だ。

 「いいよいいよ、ユースケはそのままでいてくれ…」

 「はあ…、まあ、いいけど…、」

 

 何となく、少し気まずく思って外を見る。

 ………どうも、様子がおかしいような気がする。

 僕は、船長に尋ねた。

 「すみません、この舟は、本当に大聖堂に向かっているんですか?」

 船長は、顔色ひとつ変えず、答えた。

 「よくぞ聞いてくださいました。この舟が行く先は大聖堂ではありません。地獄ですよ」


 「…誰だお前は」


 船長がパチンと指を鳴らした。いつの間にか8人ほどの屈強な男性ワラワラと現れ、僕たちを取り囲んだ。

 よくもこんなに、僕らにバレずに何人も隠せれたものだと感心した。

 「まずいね、ユースケ。上を見て」

 

 頭上には、飛竜に乗った戦士たちが、こちらに睨みをきかせている。

 

 「久しぶりだな、セレーナ・ユミリウス・ヴィクトリア」


 船尾を振り返ると、そこには今まさに飛竜の背から舟に降りようとする、暴漢のボスの姿があった。

 その顔は、以前僕らが図書館で対峙した、若いヒョロッとした男の顔だった。

 「俺は『黒の騎士団』のリーダー、ステファン・エイト。こないだは随分と世話になったな」


 セレーナは奴が降り立つや否や抜刀し、奴の元に突撃しようとした。

 《【警告!】【警告!】ペナルティに抵触する可能性があります。直ちに剣を納めてください。繰り返します…》


 僕はセレーナの腕をつかんで静止させようとした。

 「セレーナ、一旦落ち着こう。多分向こうはセーフティがかかってる。先制したら僕らまで悪者になりかねないよ」

 セレーナはとても興奮していたが、しかし一瞬にして落ち着きを取り戻し、剣を鞘に収めた。


 「そうそう、俺は何も短期決戦をしようという気はないんでね…。決闘をしようじゃないか、セレーナ。お前が勝ったら五体満足で帰してやる。どうだ?」

 「随分と勝手だな。ちなみに私が負けたらどうする気だ?」

 

 「フッ、そうだな…、その時は、俺の女になってもらおうか」


 「却下!」


 驚くほど大きな声が、僕の口から出ていた。

 「いいよ私は別に。負けないし」

 「いやセレーナがよくても僕は嫌なの!もうちょいちゃんと考えてよ!」

 「えー何で嫌なの?教えてよ」

 セレーナは、顔色一つ変えずにそう言う。

 「…とにかく!嫌なものは嫌なの!何だったら僕があいつと戦うよ!」

 「言ったなお前?言葉には責任持てよ?」

 奴が凄む。

 「私らはお前に負ける気は全くしない。それで構わない」

 セレーナも強気に言い返した。

 「フン、いいだろう…。さっさと準備しろ、始めるぞ」


 もしかしたら、ログアウトするとか、何かしらの手段はいくらでもあっただろう。だけど、僕らは頭に血が登って、冷静になんかなれなかった。


 僕らは間合いを取り、互いに武器を取り構えた。

 「もう少ししたら5カウントする。俺がセーフティを解除して、バトル開始だ。いいか?」

 「別にいいよ」

 セーフティ機能がオンの状態だと、相手に攻撃しても無意味だが、オフの状態だとしっかりとダメージを与えられる。

 その代わり、反撃されても文句はいえない。…結構、このゲームはシビアだ。

 

 「よし、じゃあやるか」

 敵が、バトルの幕開けを宣言した。

 「5、4」


 1までカウントすることなく、奴は剣を抜き襲いかかってきた。

 僕は斬撃を避けきれず、肩に少し掠めてしまった。

 僕はそのままふらついて、手を床に着いた。

 「卑怯者が…!」

 場外で、セレーナが怒りをあらわにして叫び声をあげた。

 「騙される方がぁ、悪りぃんだよっっ!」

 奴が剣を振り上げた。

 

 僕は奴の懐に突撃し、右腕に短剣を斬りつけた。

 「ぐはぁっつっ!!!」

 奴が落とした剣を僕は拾い上げ、あいつに斬りつけようとした。

 しかし、出来なかった。

 

 敵の一味が、僕の顔に、鏡で陽の光を反射させたからだ。

 僕は思わず腕で顔を覆った。

 「おらあっつっ!!」

 僕のその隙を見逃さず、奴は手斧を、僕の腕に叩きつけてきた。

 「ああっ……!!」


 僕は咄嗟に奴の攻撃範囲から離れようとしたが、奴の手斧は僕の腕をガッチリ掴んで離さない。

 …だったら。


 僕は、奴の足を思いきり踏みつけた。

 「ぐ……!」

 ついでに、奴の金玉を全力で蹴り上げた。

 「ぐはあっつっ!!!!」


 流石にあいつは悶絶してるみたいで膝から崩れ落ちた。

 僕は、奴の斧をそのまま振り払い、相手から奪った長剣を、叩きつけた。


 「うぎゃああああっつっっつっつっ!!!」

 奴の胸から大量の血が噴き出て、僕含めてその場にいた全員が棒立ちになった。

 ピーピーと耳障りなシステム音がなり、奴のHPがほぼ0になったことがわかった。

 …勝負、ありだ。


 突然、上から何本ものボウガンの矢が降ってきた。

 あまりに突然だったので、全く避けれずに二、三本食らってしまった。


 「うらああああああああっっっっっ!!!!!!」

 矢が降り止むのと同時に、大男が、奇声をあげながら、大剣を振り上げ突進してきた。


 だが、その剣は僕に当たることはなかった。

 セレーナが、間合いに入り込み、剣で攻撃を受け止めてくれたからだ。

 ガキィンという金属音が響いたが、お互いにノーダメージ。セレーナの剣は、大男のそれ以上の攻撃を許さない。


 「カス野郎が。貴様らには騎士道精神ってもんはないのか」

 セレーナが、珍しく怒り心頭で、汚い言葉を奴らに投げつけている。

 大男は、素早くセレーナから離れ、剣を構えつつ距離を取った。

 「フン、立場をわきまえろ。空には飛竜の弩隊、そして今、お前らはセオニア一の荒くれ者と対峙しているのだ。無事に帰れると思うな」


 僕らは、空いた口が塞がらなかった。

 大男の後ろに、あまりにも信じ難い光景が広がっていたからだ。

 しかし、大男もすぐにそれに気づいた。飛竜が一匹と騎手が一人、大男のすぐ後ろに落っこちてきたからだ。

 「え…?」

 大男は、おっかなびっくりで後ろを振り返る。

 そこには、首から上がなくなった暴漢が五人ほどと、剣を抜いたエルさんがいた。

 夕焼けの逆光に隠れて表情はよく見えなかったが、彼らに対して友好的でない顔なのは確かだ。


 「お前、もしかして、『魔神』のエルか…?」

 大男が震えながら尋ねる。


 「頭が高い。立場をわきまえろ」

 エルさんの声は、聞くもの全てに恐怖を抱かせるような恐しいものだった。


 そして、そこにいた誰もが気づいてしまった。あれだけ飛んでいた、飛竜が一匹も見当たらない。

 

 間髪入れず、大男はその場に膝をついた。

 他の暴漢達も、次々とその場にひざまずいた。

 だが、

 「うおおおおおおおおおっっっっっ!!」

 勇敢にも、暴漢の中の一人が、剣を抜いてエルさんに突撃してきた。


 僕が瞬きする間に、彼の首は吹き飛んでいった。


 それは、彼らの心を折るには十分すぎた。

 

 「はい終わり。ユミ、ユースケ、お疲れ様。帰ろっか」

           ★

 憲兵団の本部から、護衛付きで僕らは拠点まで戻ることとなった。護衛なんていらないとセレーナは最初嫌がったが、どうやって暴漢達が収容所から逃げ出したのか、なぜ一等の舟を占拠できたのかなどなど、わからないことが多すぎた。奴らが再び逮捕された今になっても、残党が僕らを狙ってくる可能性もあるので、とりあえず護衛をつけてもらっておいた方がいいという結論になった。

 僕らが乗った一等の舟の周りを、憲兵団の舟が取り囲みながら進んでいる。いかつすぎる絵面だ。


 だけど、それよりも、僕が気になることが一つ。…セレーナの様子が、この舟に乗ったあたりからおかしい。ずっとベンチに突っ伏して、僕らと目を合わせようとしない。

 「おいおい、どうしたんだよユミ?腹減ってんのか?帰ったら肉巻きおにぎり食わせてやるからもうちょい我慢しな」

 「…そんなんじゃないよ、バカ」

 「じゃあ何なんだよ…」

 エルさんもお手上げのようだ。

 「…もう、疲れたんだからしばらく休ませて…。今は何も考えたくないから…」

 エルさんは「へいへい」と少しダルそうにしながら、クイックイッと僕を手招きする仕草をした。

 

 僕とエルさんは舟の端の、セレーナから見えない位置に移動した。

 「なあユースケ、ユミなんか変なこと言われたりしてた?あんな状態のユミあんま見たことないから…」

 僕は首をかしげた。「なんか、『決闘で負けたら俺の女になれ』とか敵のボスは言ってましたけど、それ聞いた時は別に大した反応してなかったですね」


 「へーーーーー…」

 エルさんは眉間にシワを寄せ、唇を「キッ」と結んだが、すぐに無表情になり、「…ま、あとでユミからもいろいろ聞いておくわ」と言った。

 「…そういえば、どうやってエルさんは、占拠された舟まで辿り着けたんですか?」

 「あれはねぇ、召喚獣を使ったんだよ。ウチのとこの召喚獣は優秀なんでね」

 「そんなすごい召喚獣がいるんですか。また今度見せてもらってもいいですか?」

 「ウチの召喚獣は企業秘密なんでね、見たきゃウチに勝つことだね」

 「…無理ゲーじゃないですか」

 エルさんはふふんと笑った。

 

 『ご乗船いただきありがとうございます。本舟は間も無く目的地に到着致します。どなた様もお忘れものありませんようお気をつけ下さいませ』

 舟が着陸のアナウンスをする。

 僕とエルさんはセレーナの方に行き小突いた。

 「ほら、帰るぞ。残党も来なかったから祝賀会もまたできそうだし、それでいいんだろ?立てれる?」

 「いい…。自分で立つ」

 セレーナは少しナーバスな、だけどどことなく穏やかな表情をしていた。

 

 「…まあそうね、これでまた祝賀会も開けるだろうし、なんやかんやあったけど、これでよしとしようか」

 「あんたは騒ぎたいだけでしょ、ユミ」

 「…そりゃ、そうかもしれないけど」


 舟が着陸してタラップが降り、足を地に着けるとすぐさま見慣れた風景が目の前に飛び込んできた。

 「…まあ、今日はお開きにしとこう。お疲れ様、ユースケ、エル」

 「そうしようか、お疲れ様」

 「…そうだな、またな、ユミ、ユースケ」

 

 ログアウトする間、いつもしっかり手を振ってくれるセレーナは、今日はなぜか手を振るどころか目も合わせてくれなかった。やっぱりセレーナの調子がいつもと違っていて、僕は少し寂しくなったが、粒子に覆われ消えるその瞬間まで、僕は全力で二人に手を振り続けた。

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