第8話 懸命の銘(前編)

 「あのさ…俺より強い奴なんていくらでもいる。こんなとこで負けてるようじゃ先が思いやられるな」

 「く…、ぐ…、」

 ぐうの音も出ない。

 スキルについて、自分なりに身につけたと思っていたのに、その結果がこの有様とは。

 「もうちょっとあんたは自分のやり方を確立した方がいい。じゃないと今後勝ち進めないよ」

 …その通りだ。

 負けて落ち込んでいる暇なんかない。

 セレーナの顔に泥を塗らないためにも、あがき続けるしかない。

           ★

 「今日はみんな来てくれてありがとう!しっかりユースケに稽古つけてやってくれよな!」

 エルさんのバーの地下の体育館のような場所に僕らは集まったわけだが…。

 会場には「うえ〜い」というなんとも気の抜けた返事が響いた。

 「なんだよみんな覇気がないなー、みんなもっと元気出して行こう!!ウェイッ!!!ってね!!ユースケとしっかりバトっていってよ〜!先着10人だYO!」

 最近あまり来ていなかったので知らなかったけど、最近の僕らのギルドは何をするでもなく割とゆるく活動しているらしい。最近はギルドの中だと大富豪をするのがトレンドみたいだ。

 逆に、こういうバトルをガッツリすることは珍しい。

 「いいのか、セレーナ…?みんな困惑してるんじゃない…?」

 「えー、みんないっつもこんな感じだよ?大丈夫大丈夫!……じゃ、早速始めようか!」

 全然大丈ばない気がするのは僕だけだろうか。

 「さてみんな!奮って挙手してくださいよー。誰から戦う〜?」

 そう彼女が問いかけると、「俺がやるよ」と、即座に手をあげた人がいた。

 ユーザーネームはharu、みんなはハルトくんと呼んでいる人物だ。

 少年のような背丈と可愛らしい童顔、だけど少し渋い声が特徴的で、僕も何度か話したことがある人だ。

 「いい経験になるだろうし、ぜひぜひお手合わせ願いたいね。…対戦よろしくお願いします」

 早くもハルトはバトルフィールドに乗り込み、スキルの確認を行っていた。

 僕も負けじとフィールドに乗り込み、ウォームアップを始めることとした。

 「おっし、じゃあ二人とも準備できたら教えてね!」

 ハルトは準備が終わったみたいで、「いつでも」と余裕そうに教えてくれた。

 僕は彼の言葉に少し焦って準備を終え、「僕も大丈夫」と答えた。

 「よし、じゃあ二人とも準備オッケーということで!バトルモード、カモン!」

           ★

 「舐めてたろ、俺の事?俺リアルでも見た目ガキっぽいからさ、舐められてるとよくわかるんだよね」

 ぐうの音のぐの字も言えやしない。


 バトルの内容は、一方的に負けた。

 格の違いを、まざまざと感じさせられた。選んだスキルが悪かったわけじゃない。ただ、やはり僕の”戦い方”が付け焼き刃なのは否定できない。その点、ハルトは自分のストロングポイントをよく熟知していた。ハルトは特に複雑な事はせず、「ボルケイノジャベリン」という武器生成スキルで槍を作って、あとはひたすら槍で攻撃してきた。

 もっとスキル合戦みたいなのを想像していただけに面食らった僕は、押し切られてそのまま負けた。

 「悪くなかったよ…、だけどね、これだけは一つ言っておく。次やったとしても、勝つのは俺だ」

 捨て台詞を吐き捨てて、彼は立ち去ろうとした。

 彼は大会で何度も準優勝している猛者だ。次戦って勝てるとは思えない。…でも。

 「…でも、次は楽には勝たせないよ」

 ハルトはフッと笑みを浮かべた。

 「嫌いじゃないよ、そういうの。…またね」


 次の対戦相手としてウォーミングアップしてるのは、憲兵団兼ニムロディアス所属のおっさん、マルコだ。

 「…あ、よろしくお願いします!」

 マルコは、後頭部をさすりながらペコリと投げやりに頭を下げた。

 「どうも、よろしく」

 お互い挨拶を交わすのを確認すると、セレーナは「バトルモード・カモン!」と高らかに宣言した。

 《これより、斉藤祐介氏とマルコ・ボーロ氏とのバトルを行います。これよりカウントを行います。8.7.6.5.》

 カウントが始まる。僕らの間に緊迫感が走る。

 《4.3.2.1.》

 マルコの目がぎらつき、見たことのない構えを取る。

 《ゼロ》

 

 マルコが「【バッファローハンマー】!」と叫ぶや否や、彼の右手に巨大なハンマーが握られ、そのまま僕に向かって振り下ろしてきた。

 僕はハンマーの攻撃を間一髪の所で避け、短剣を携えマルコに斬りかかった。

 マルコはワタワタしながらもハンマーの鞘を握りしめた。だが、彼はハンマーで攻撃せず、「【サンダーバード】!」と叫んだ。

 4匹の雷の鳥が、僕の全身にぶつかってきた。

 「くっ…!」

 だけど、サンダーバードだけでは僕のHPは大して削れない。おそらく、目眩しの意味が強いだろう。

 その通り、彼は豪快にジャンプして、握ったハンマーを盛大に振り下ろした。

 

 読み通り。

 僕は、ハンマーの攻撃を避け、手裏剣を彼の顔めがけて投げつけた。

 「うわああああああ‼︎」

 そのまま手裏剣は彼の頭にクリーンヒットした。まあ、手裏剣で与えられるダメージなんて、当たった場所が頭だとしても、たかが知れているんだけど…。

 精神的ダメージ(?)が大きいみたいでマルコはその場に膝から崩れ落ちた。

 僕は、狙いをすまして、短剣をマルコの心臓めがけて投げつけた。

 短剣は心臓に命中し、バトルモードがバトルの終わりを告げた。

 《マルコ・ボーロ氏のHPが0になったため、バトルを終了致します。勝者、斉藤祐介氏》


 「……お前、えげつない攻撃するな」

 マルコは、膝を払うような仕草をして、唾をフィールドに吐き捨てた。

 

 その一挙手一投足を、エルさんは見逃さなかった。

 「おい、マルコ、唾を吐くんじゃねえ。…あと、テメーの攻撃も大概だろうが。スキルバトルに慣れてない奴に不意打ちみたいなことばっかしやがって、糞が。さっさと神聖なフィールドから失せやがれ」

 エルさんはシッシッとマルコを追い払うような仕草をした。

 「わーってるよ。ホント、おっかねぇなぁ…」


 何はともあれ、貴重な勝ち星だ。

 奢ることなく、このまま走り抜けよう。


 そんなふうに、ある種の覚悟を決めていたのだが、なぜか3戦目も勝ててしまった。

 3戦目の相手は、アミーだった。

 アミーは、そもそもバトル自体があまり好きでもないし、得意でもないらしいのだが、「僕を成長させるため」という理由で参加してくれた。だけど、負けたのは結構悔しいみたいで、「もうやらないよ!!フンだ!!」と悪態をついて帰っていった。

 アミーは、桜色のワンピースがよく似合う可愛らしい女性で、僕もそんな人とバチバチに戦うのは少し心苦しかったのだけど、武器生成スキルで長剣を作ってそのままごり押ししてたらいつの間にか勝ってしまった。


 …だけど、次に戦う相手は、そうもいかないだろう。次の相手は、前回のGCCSの準優勝者、アルトゥール・シオン。ハルトの友人で、よく二人でバトルして切磋琢磨しているらしい。

 彼は優しそうな顔つきのナイスガイなのだが、体格はかなりゴツくて明らかに強そうだ。

 …厳しい戦いになりそうだ。

 「どうぞ、よろしく」

 シオンはそう言って僕の手をしっかりと握りしめた。

 「こちらこそ、よろしく」

 お互いに距離を取り、バトルモードの起動音が聞こえ、空気が引き締まる。

 一瞬、目と目が合い、少し気まずくなる。

 だけど直ぐさま、シオンが口を開いた。

 「中々悪くない戦いぶりじゃないか。でも、勝つのは俺だよ」

 彼は眼鏡をクイっと触り、不敵な笑みを浮かべた。

 《8.7.6.5.》

 「そうかな?勝つのは僕かもよ?」

 《4.3.2.1.》

 シオンは、顔色一つ変えずにこちらを見ている。

 《ゼロ》

 

 「【クリムゾンシザース】」

 彼がそう言うと、彼の両の手には、工具のようなハサミのような、得体の知れないバカでかい武器が握られていた。

 「【エクスカリバー】!」

 僕も負けじと長剣を生成する。

 お互いに相手の出方を伺い、なかなか動かず静かに構えている。

 

 先に動いたのはシオンだった。

 シオンは何と、巨大なハサミをこちらにぶん投げてきた。

 流石にこの攻撃は予想できなかった僕は、少し避けきれず傷を負った。

 「くっ…!」

 だけど、シオンは直ぐに突撃をしてくることはなく、冷静に他のスキルを発動させた。

 「【地雷原】」

 僕の周囲に、ランダムに地雷が撒かれた。地雷原は、このゲームの中だとかなり強力なスキルで、それ故発動が完了するまでに少しラグがあるスキルなのだが、ハサミをぶん投げられたことによってしっかり発動されてしまった。

 …ゴツい見た目とは裏腹に、かなりテクニカルな攻撃で攻めてくることに、僕は驚きを隠せなかった。

 そんな僕の様子を見てシオンはご満悦のようで、僕めがけて突っ込んできた。

 地雷原は使用者には分かりやすく位置が示されるというチートめいた仕様がある。

 あの巨体とまともにぶつかったらやられる。

 僕は、何とか知恵を絞った。

 

 その結果、僕は、長剣を床にぶっ刺して、鞘の部分を踏み台にしてジャンプした。

 運よく僕は、シオンの真上に着地でき、そのまま短剣を首筋に刺そうとしたが、そう上手くもいかなかった。

 「どりゃあっっっっっっ!」

 シオンに、僕の足を掴まれてしまった。

 今にも、僕の身体は下に叩きつけられようとしている。


 こうなりゃやけだ。

 「【エクスプロージョン】!」

 エクスプロージョンは、自分のHPを半分にする代わりに小爆発を起こす、自爆のようなスキルだ。

 僕たちは爆発によってお互いに反発し、吹っ飛んだ。

 吹っ飛んだその場所は、どっちも、【地雷原】だ。

 そしてエクスプロージョンには、追加効果がある。

 爆発系のスキルが全部起動するという、愉快な追加効果が。

 …死なばもろとも。

 僕らの背後でやかましい爆発音が響き、身体が熱風に包まれた。


 「うわあああああああああああああああああ!」

 「ぎゃああああああああああああああああああああ!」


 《アルトゥール・シオン氏のHPが0になったため、バトルを終了致します。勝者、斉藤裕介氏》

 …恐らく、ギリギリシオンのHPの方が先に0になったのだろう。

 だけど、全然勝った気がしない。

 

 「…どんな内容でも、結果は結果だ。負けを認めるしかないみたいだな。…だけど、次勝てるとは思わない方がいいぜ」

 彼の言葉は、負け惜しみでもなんでもない。この勝負は運勝ちに近いし、ある意味自分のキャパをオーバーした戦いだった。

 「…そうだね、次は真正面から戦っても勝てるように鍛えとくよ」


 シオンはキョトンとした顔をした。

 「違うよ、さっきエルさんが言ってたんだよ、『次はウチが出るわ』って。まあ、瞬殺されないように頑張りなよ」

 「…そうなんだ」

 「反応うっすいな…。まあ、しばかれてきなよ」


 もっと最後の方になると思ってたけど、もう、エルさんと戦うことになるみたいだ。

 僕は、同じギルドにいながら、エルさんとは今まで手合わせしたことがない。

 エルさんは「絶対王者」とか「魔神」とかさまざまな異名を持っている、このゲームではかなり名の通ったプレイヤーだ。

 少し怖いけど、でも、楽しみでもある。

 僕の実力が、エルさんにどこまで通用するのか。

 「そういうことなんで、よろしく頼むよ、ユースケ」

 エルさんがフィールドに足を踏み入れる。

 心臓の鼓動が、高鳴る。

 「……よろしくお願いします」

 僕は立ち上がり、スキルの最終確認を行う。

 「準備ができたら、いつでも言って」

 彼女のその声には、どこか余裕のようなものを感じた。

 …何故だか、僕の闘争心が、沸々と煮えたぎった。


 《これより、斉藤祐介氏とエル(バー経営)氏とのバトルを行います》

 …彼女の商売に対する情熱がこもったいいNNだけど…、やっぱり少し、ふざけて作ってそうな名前ではある。

 《これよりカウントを行います。8.7.6.5.》

 エルさんは、微動だにせず、いつもの細い目でこちらをみている。

 《4.3.2.1.》

 握りしめた拳に、汗が伝わる。

 《ゼロ》


 エルさんは、全く動く気配を見せず、手をクイクイッと手招きするような仕草をした。


 「来いよ」


 一瞬、罠だと思ったが…、ここでうだうだしていても勝てない。

 動くことにした。

 「【エクスカリバー】!」

 鞘を握りしめる。

 なおも動かない。

 

 僕は少し危険な賭けに出ることにした。

 「【アクセル】」

 アクセルは、とてつもないスピードで動けるスキルだが、反面力をコントロールしにくいというデメリットがある。しかし、今のエルさんのように、微動だにしない相手には有効だ。

 一瞬で、エルさんとの間合いが詰まった。

 

 斬りきれる。

 そう思った、矢先だった。

 エルさんは一瞬にして僕の攻撃を躱し、僕の腕にチョップのような攻撃をした。

 僕の腕は痺れ、剣を落としてしまった。


 止まらなきゃ。

 そう思ったが、アクセルで加速した足はなかなか止まらない。

 やっと立ち止まり振り返ると、そこには僕の剣を振り下ろすエルさんの姿がいた。

 次の瞬間、僕の頭と体が血飛沫をあげて切り離された。


 《斉藤祐介氏のHPが0になったため、バトルを終了致します。勝者、エル(バー経営)氏》


 …何が起こったのかわからず僕はしばらく立ち尽くした。

 

 「悪くはなかったよ、ガツガツくる感じとか。だけど、それじゃウチには勝てないね。ウチに勝つのは300年早いよ」

 「…はいちょっときゅーけい!しばらくしてから再開だよ!」

 セレーナの鶴の一声で、一旦休憩を挟むこととなった。

 僕は、体の震えが止まらなかった。

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