第7話 Ride the Wave
「グランドクロス・チャンピオンシップ」こと「GCCS」は、これまでに25回開催された、このゲームにおいて最も由緒正しい大会であり、尚且つこの大会で優勝した者は多くのプレイヤーから一目置かれる存在となる。
この大会では、各々のプレイヤーがそれぞれの武器や、"スキル"と呼ばれる特殊能力を使って戦いあう。プレイヤーはスキルを4つまで習得することができ、スキル名を唱えることによってそのスキルを発動することができる。
この大会より以前は、「セオニア・グレネードパーク」と呼ばれる大会しか存在していなかった。この大会で使用できる武器は『擲弾および手榴弾』のみというイカれた大会で、「酒の席で考えられた大会」「運営の頭のネジが飛んでる」などと言われ、前評判は大変悪かったようだ。だが、この大会で圧倒的な強さを見せつけ優勝し、グレネードパークを盛り上げ、結果的に後世に語り継がれるような大会にした人物がいた。
その人が、エルさんだ。
「…という感じでですね!エルさんが絶対王者として君臨しているのも束の間!第二回グレネードパークで若きチャレンジャーが彼女に立ち向かっていくわけなんですが!!それが何を隠そうQTさんなんですよ!いやあ、あの時の戦いは凄かったですよ!何せ誰もエルさんが負けると思ってなかったですからね、私なんかあの準決勝が凄すぎて決勝ほとんど印象に残ってないんですよ!」
「…いや、そこは決勝も覚えておいてくれよ。セイラムも結構大変だったんだよ?」
「す、すみませんQTさん!と、とにかくそんな感じで二度目のグレネードパークも大変盛況だったわけなんですけども!第3回大会においてグレネードパークが大コケする事件が勃発します!なんと!エルさんとQTさんの不参加!!!……いやほんとに大事件ですよ!参加者が最後まで不明な時点でそんな噂もユーザー間で囁かれてましたけど、まさか本当にいないとは思わないじゃないですか!というか、あの時のポスターなんてQTさんとセイラムさんが向かい合ってる画像でしたからね、ひでぇですよ!どうなってるんですか!」
「まあ、あれでグレネードパークが滅んだおかげでACSが生まれたから、結果オーライということでさ、ハハ…」
「それはそうですが…。まあ、そんな感じでグレネードパークは終わってしまったのですが、QTさんはその後全くメディア露出がなかったことでですね、半ば伝説の存在のようにユーザーの間では語り継がれてきたんですよ!だから、QTさんが参加するとなれば、多少無理がある条件でも飲み込むはずですよ!…大丈夫、何も問題ありません!」
「…ありがとうございます、記者さん。お陰でおさらいできました」
「クリスティンといいます、ぼちぼち名前を覚えていただけると嬉しいです、斉藤裕介さん!…あなたの実力は未知数ですが、何せあのQTさんとエルさんが推薦している方なのですから、委員会も邪険にはできないでしょう!」
ここのプレイヤーの名前は横文字が多くて覚えにくい。だけど、記者さんはしっかりと僕の名前を覚えてくれているのだから、僕も次会う時までには覚えておくことにしよう、などと呑気なことを考えていた。
しかしすぐに、そんなのほほんとした事を考えている暇が無くなるような出来事が訪れた。
「これじゃあ、マスターズには参加させられないよ。マスターズはGCCSからのプレイヤーが多いんだから、エルもQTも今更出てきたところでオーディエンスが納得するかもわからないのに、ましてや訳わからん奴なんて参加させられるかよ…。…クリス、何を考えてんだ、こんな頭悪い提案をするような奴だったのか、お前は」
「…………えーーーー!!!」
委員会の事務室で行われた突然の手のひら返しに、僕らはひどく困惑した。
「どういうことですかアンヘル!貴方もエルさんとQTさんの採用には好意的だったじゃないですか!」
記者さんは委員会の男性の胸ぐらを掴んでぐわんぐわんと激しく揺さぶった。
「戦績がこんだけじゃダメって事だよ……。まさかグレパ以降一切公式戦に出てないと思ってないからさ、俺だって。グレパ優勝者つったって結局今のバトルシーンだと化石みてえなもんだ、なにせあの大会はスキルを使わないんだから、俺の方こそ」
「本当に、私が化石だと思ってる?まだまだ現役だってこと証明してあげましょうか、アンヘル・ルースターさん?」
彼の言葉を遮るように、今までずっと口を閉ざしていたセレーナが声を上げた。
「…俺の名前を知っているとは光栄だな。もしかしてチャレンジデイでも見ててくれたのかな?…まあ、それはそれとして、証明って言ったってどうやるんだい?オーディエンスが納得するような方法を俺に提示してくれるのかい?」
「まあ、オーディエンスがどうとかは知らないけど、まずは君を納得させてみようと思ってね。…バトルしないかい、アンヘルくん。そうすれば見えてくるものもあるんじゃないかな?」
アンヘルと呼ばれた男性はしっかりと腕組みをしたが、すぐに椅子から立ち上がった。
「…いいだろう、受けて立つ。15分後にエントランス前に来てくれ」
「何ということでしょう…、誰よりも早くQTさんの勇姿を目に焼き付けることができるなんて…、…最高です!」
記者さんが興奮しているのに対し、セレーナはいたって冷静な様子だ。
黙々と、これから使うであろうスキルの確認を行なっている。
僕は、何も言えない。これから勝負する相手がどれほどの者かは知らないけど、純粋に殴り合ってセレーナに勝てる人なんてごく少数だ。しかし、スキル使用可のルールであればまた別だ。セレーナが何も出来ず一方的に押し負ける可能性だってある。
「そう心配しなさんな、ユースケ。勝つから」
彼女は準備が完了したらしく、パキパキと指の関節を鳴らした。
「戦う前から勝利宣言とは、よっぽど自信があるんだな、QT」
エントランス前の階段を降りてきた対戦相手の姿を見て、僕は言葉を失った。
白金の甲冑。紅蓮のマントに、右肩の装甲に刻まれた六芒星のエンブレム。
間違いない。あれは大手ギルド「神星騎士団」のメンバーの証だ。
「…気に障ったらごめんね?…でもこれで勝てなかったら相当恥ずかしいけどねー。…いいじゃん、そのアーマー」
対戦相手はアーマーを褒められて嬉しいようでフッとほくそ笑んだ。
「QT、お前はアーマー装備しなくていいのか?」
「別にいいよ、このままで」
「…そうか、じゃあ戦闘と洒落込もうじゃないか」
彼が指をパチンと鳴らすと、エントランスの前の長方形の空間が白く光り出した。
「どうだ、ちゃんとしたフィールドだろ?QT殿のお気に召すかは知らんが」
セレーナは表情を一切変えることなく「いいよ、ここでやろう」と快諾していた。
「…フッ、フィールドに入って準備してくれ、あと1分後に開始する」
正直、僕は不安しかなかった。
神星騎士団はバトルに関してかなり名の知れたギルドで、GCCSの予選出場者がほぼほぼ神星騎士団のメンバーであることも最近だと珍しくない。
スキルに関していえば、おそらく彼は僕らより手練れだろう。
「ユースケ!」
そんな僕の不安を読み取ったのか、セレーナはフィールドからサインを送ってきた。
ほっぺたと唇の境目に指をあて、ニコーと笑顔を作っている。
…笑ってろ、あるいはリラックスしてろ、そういう事だろうか。
確かにそうだ。大概の場合はしかめっ面をしているより笑っている方がいい。
何より、セレーナが笑っているのに、第三者の僕が険しい表情をしているのは良くない。
…信じよう、彼女を。
《これより、アンヘル・ルースター氏とセレーナ・ユミリウス・ヴィクトリア氏によるバトルを開始いたします。ルールはオフィシャル・ルールを使用いたします。皆様、準備をお願い致します》
一同の空気に緊張が走る。
セレーナもバトル前の真剣な顔つきになる。
《あと15秒で開始いたします。皆様方、位置についていただきますようお願い致します》
改めて見ると、すごい光景だ。
相手はガチガチに武装しているのに、セレーナといえば、白のセーターに黒いズボン、緑のカーディガンといういつもの普段着に西洋剣という、彼に比べれば丸腰に近い装備だ。
装備を見ているうちにふと気づいた。
《8》《7》《6》《5》
セレーナが、嘲っている。
《4》《3》
それはいつもの、純真無垢な屈託のない微笑みとは決して、異なるもので、
《2》《1》
まるで、悪魔のような笑顔だった。
《スタート》
開幕早々、セレーナは相手方向に突進していった。
彼の鎖帷子は剣の衝撃をまともに受け、ゴウンと凄まじい音を立て吹っ飛んでいった。
彼はかろうじて体勢を崩さず保ったが、その隙をセレーナが見逃すはずもなく、彼の腹部にセレーナの剣が突き刺さった。
だが、それこそが彼の罠だった。
「かかったな、【ライフ・クラッシュ】!」
彼の発動したスキルは【ライフ・クラッシュ】と、そしておそらく【魂の一滴】だろう。
【ライフ・クラッシュ】は相手のHPを自分と同じにするスキル、【魂の一滴】は最初から発動できるスキルで、自分のHPがゼロになる時、一度だけHPを1だけ残すことができるスキルだ。
このコンボによって、今、セレーナのHPは1にされてしまった。
おまけにセレーナの剣は彼の腹部に刺さって、彼女の手元にない。
…非常にまずい状況だ。
「これで終わりだ、【サンダーバード】!!」
終わった。セレーナの負けで。一瞬誰もがそう思った。
だけど、違った。
「【リフレクション】」
一言、彼女の発したスキルによって、ダメージが彼に跳ね返った。
《ルースター氏のHPがゼロになったため、これにてバトルを終了致します。勝者、セレーナ・ユミリウス・ヴィクトリア氏》
「…やるじゃねえか。俺の、完敗だ」
アンヘル氏は、立ち上がり膝を払った。
「まぐれだよ。たまたまやりたいことが噛み合ったっていう、それだけ」
セレーナはそういうが、僕は彼女がすぐに嘘をついているのがわかった。
なぜなら、セレーナの動き出しのスピードがいつもよりわずかだが遅かったからだ。
おそらく、相手に力を全て出させ、その上で、勝つつもりだったのだろうと思う。
…強すぎる。
僕と彼女の間には、これほどまでに差があるのか。
「で、結局どうなのさ?私はそのマスターズに出してもらうことは可能なの?」
彼は両手を横に広げて言う。
「文句なし、堂々と参加してくださいな、エルさんも一緒にね。…ただし、そこのユースケくんとやらを出させられるかは分からんよ。何しろデータが狭すぎる、もっと多くのプレイヤーとのバトルデータを持ってきてもらわないかん」
ごもっとも。それはそうだ。
「まあ確かに、私もそう思うよ。…で、アンヘル、何人分ぐらいのデータがあればいいんだ?」
なぜか僕よりも積極的にセレーナが話を聞きに行った。
「とりあえず10人分ぐらいあればいいよ。いつぐらいに出せそうだい?」
「OK、10人ね。……ユースケ、金曜にニムロディアスの集まりがあるから、そこ来れる?」
「…ニムロディアスかぁ」
ニムロディアスとは、僕らが所属しているギルドの名前だ。
「ごめんよ、最近あまり顔出してないだろうから気まずいだろうけど、…っていうか、金曜、大丈夫?」
「…たぶん、大丈夫だと思うけど、一応スケジュールまた確認しとくね」
「ありがとう、助かる。ってか記者さんは、さっきから一言も喋んないけど、どうしたの?」
セレーナの声につられ記者さんの方を振り返ると、鼻血を出して恍惚の表情を浮かべていた。
「………す、すばらしぃいいっっっ!!!わたくしっっ、感動いたしましたぁっ!!!」
とてもエキセントリックに感動していた。
「クリス、鼻血床にこぼすなよ、汚いから。ったく、QTの事になるとこれだからなあ」
「だって、したかないじゃないですか!!!生でっっっ、QTさんのバトルにっっっ、立ち会えてるんですからっっっっっ!!!っていうか、謝ってくださいよ、『頭悪い提案』とか言ったこと!!!!」
「ああ、それは確かに良くなかったな…。悪ぃ」
「わかっていただけて何よりです!!!!!!!」
二人は硬い握手を交わした。
「なあお二人さん、いろいろ調整したいから今日はこのまま帰っていいかい?」
彼女は僕とギルメンとのバトルをブッキングしたくてうずうずしているようで、さっきから少し落ち着きがない。
「勿論だ、また連絡してくれ」
「ありがとうございました、QTさん!今日はQTさんのバトルが見れて大変眼福でした!!!」
「こちらこそどうも。あとさあ、二人とも、私のことはQTじゃなくてセレーナと呼んでくんない?悪いけど」
二人ともハッとしてお互いに顔を見合わせた。
「…そうだな、悪かったな、セレーナ殿」
「すみませんでしたセレーナさん!あの!私も次会う際はクリスティンと呼んでいただければ…!!」
セレーナはフフッと少し微笑み、「いいよいいよ、またね〜」と言い、僕らは委員会を後にした。
「思いがけない出来事に巻き込んじゃったねぇ、ごめんよ。…金曜日、大丈夫なの?予定とか入ってなかった?」
渡し船に揺られながら、セレーナは少ししおらしい声でそう聞いた。
僕は気にしちゃいないけど、きっと彼女は自分が暴走しているんじゃないかと気にしているんだと思う。
いつもいつも、だ。
僕は、彼女のおかげでいつも新しい世界を知ることができているというのに。
「セレーナ、いいんだよ。いつもありがとう」
彼女はキョトンとして、一言「…?ありがとう?」とだけ言った。
その表情がなんだか可笑しくって、少し吹き出してしまった。
「なんだよ、人の顔見て笑うとか失礼な奴だな〜〜うりうり〜〜」
セレーナが腰をぐりぐりと拳で押してきたので、僕は余計に笑えてしまって、セレーナもつられてなんだか笑っていた。
笑っているうちに、思い出した。
戦いの前の、彼女のあの悪魔のような笑みを。
でもそれが頭に浮かんだのはほんの一瞬で、すぐに僕は頭の中から追い出してしまった。
見間違えだろう、と。
この人があんな顔をするわけがない、と。
「エルから返事来たよ!『ぜひ参加させて頂きます』だって!珍しいね、エルがこういうのに協力的なことあんまりないよ!やっぱりエルも少なからずキミを買ってるんだと思うよー!」
「…どうだろ」
「自信もて!大丈夫だって!…悪いけど忙しくなるよーこれから。しっかり気合い入れて戦ってくれよ!」
「勿論だよ」
…今週の金曜日まであと4日しかない。僕はよそ見せずに鍛錬に励むことにした。
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