第5話 your soul(後編)

「へーええやん!ユミもたまにはそういう大会でたらいいと思っとったんよ〜」

 僕らはジュードの工房から、僕らの所属しているギルドの長である、エルさんが経営しているバーへと移動した。

 「…ほんとにエルは人ごとだと思って」

 セレーナは帰ってからずっと酒ばかり飲んでいる。この世界の酒も、飲むとしっかりと酩酊感を味わうことができる。そのくせリアルの肉体には全く悪影響が出ないという優れものだ。

 「…おい、ユースケも呑めよ、うまいぞ」

 「…僕は飲まないよ、暴走しそうで嫌だし」

 「だーいじょーぶだーいじょーぶ、あばれたらあたしが止めっし!」

 「…いい、大丈夫」

 「なぁーんでーだよぉーーーーー!!!」

 セレーナはかなり酔っ払っているようで、そのうちカウンターに突っ伏して項垂れてしまった。

 「全く、酒呑むたびに悪酔いしよってからに。他にお客さんおらんからいいけどさあ…。…裕介くんも大変じゃろ、こんなじゃじゃ馬と一緒におったら。全く、暴走してんのはどっちじゃいって思うよなー」

 「ハハ…」

 このバーの経営者のエルさんは、セレーナとも旧知の仲で、僕がセレーナと出会う以前から、セレーナをよく知っている女性だ。セレーナほど背は高くないけど、細目でショートヘアーがキュートな大人の女性という印象の人だ。

 「つっても、配信者だってことも黙ってたとはね…。……少し水臭いよねえ」

 「…まあ、セレーナなりになんかあるんでしょ、別に僕は構わないですよ」

 あの後、僕は記者さんからセレーナについて色々教えてもらった。今はそこまで精力的に活動をしているわけではないようだけど、それでも動画配信サイトで登録者100万人越えを誇る凄腕のストリーマーだ。

 「…そういえばエルさんに少し聞きたいことがあるんですけど」

 「…うん?」

 「さっきセレーナと工房に行った時、優勝したことを聞かれたら素直に答えたんですよね。僕は配信のこととか大会のこととか、そういうこと全く聞いたことなかったから秘密にしてたんだろうなって思ってたんですけど。…これって何でなんですかね?」

 エルさんは、「あー、うん、これ言うべきかな」と言いつつ、しっかりと答えてくれた。

 「多分やけど、君の前で嘘つきたくなかったんじゃないかな、このセレーナ・ユミリウス・ヴィクトリアさんは」

 「…そうなんですか?」

 「それ以外ないと思うけどねー。…ウチがそう言っとったって、ユミには言わないでね」

 「…わかりました」

 …少し、嬉しく思った。少なからず、彼女が僕のことを大切に思ってくれているのを知って、若干顔が火照っているのが判った。


 「……おいこらエル!なーに勝手なこと言ってんだYO!」

 セレーナは全部聞いていたようで、人差し指をエルさんに突きつけ怒り心頭に発していた。

 「あら、やっぱ図星だったん?」

 「図星じゃねーし!かってに納得すんな!…つーか、エル!お前もその…?大会にでろ!」

 「は?ウチ?」

 エルさんはまさか自分に飛び火するとは思っていなかったようで少し驚いている。

 「お前もパークの優勝者じゃん!だいたいなんでいっつも出てないんだよおーー」

 「…だって雑魚ばっかの大会なんて出ても意味ないじゃん」

 「うっわ感じわりー!とにかく!私もでるからエル!おまえもエントリーしろよ!!」

 「えーめんどくさい…」

 「なんなんだよもーおまえはよぉーー!!」

 そう言うとセレーナはハイボールをぐびぐび飲み干し、かと思うとまたその場に伏せてしまった。

 「…ほんまに今日は一段とうるさいなあ。祐介くんもそう思うやろ?」

 「…まあ、今日は確かにいつもよりも元気ですね」

 「ほんまにええ子やなぁ君は…。もっと文句の一つぐらい言ってもええで?」

 「はは…。…でもエルさんも大会優勝者だったんですね、知らなかったです」

 「そうなん?ウチはユミと違って全く隠してないから知っとると思ってたけど。懐かしいわ、あれゲームが始まった当初だしね、グレネードパークやっとったのって。ほんまにあの大会イカれとったなあ、使える武器手榴弾と擲弾だけやったし、ゲームの世界観とも全く関係なかったから、最初めちゃくちゃ不評だったなぁ…。まあでも今振り返ると、あれは私の青春だったなぁって思うけどね…。もうあの時みたいな高揚感なんて得られんじゃろうなぁ」

 「…本当にそう思います?」

 「うん?」

 エルさんはおにぎりを握る手を一瞬止め、こちらを振り返った。

 「今回の大会…、マスターズ・トーナメントにはACSの歴代優勝者は勿論、バトル界隈のレジェンドもたくさん出場するらしいですよ。…正直僕は、この大会でエルさんがバトルしてるとこ、見たいです」

 「うん、まあ悪くないアプローチだね…、………まあ、出てもいいよ」

 「本当ですか!」

 「でも、一個条件があるよ。…君もマスターズにエントリーして頂戴」


 「…え?」

 「私の見立てだと君の実力なら参加資格としては申し分ないと思うよ。…もしその気があるなら、私から運営に直接かけ合うぐらいはするよ。どうかな?」

 …エルさんの言ってる意味がよくわからなかった。


 「………やだ!!やだやだ!!」


 …突然、なぜかセレーナがゴネ出した。


 「そりゃ実力はもーしぶんないけどよお!大会っていうのはさあ…!…てあぃかぇい…、ゔぇ」

 「…おいユミリウス」

 エルさんはセレーナに大変冷ややかな目線を向けた。

 「ユミリウス、お前今日はもう帰れ、もうすぐ他のお客さん入れるし」

 「えーー!やだ!」

 「ほら、お前の好きな肉巻きおにぎり握ってやったから、これ持って早よ帰れ」

 「やったーー!ありがとう」

 セレーナは肉巻きおむすびを一口で丸呑みした。

 「ったく…。…裕介くん、こいつを送ってやってくれない?ちょっとこのままだと危ないから」

 「は!あてぃしなら大丈夫だって!」

 「お前の心配などしとらんわ、お前が誰かに迷惑かけんかを心配しとんじゃ」

 「ひっでえーー!」

 エルさんは、僕の分のおにぎりも持たせてくれて、僕らを見送ってくれた。

 「別に今すぐに決めなくてもいいけど、…もし参加したいと思ったなら、いつでも連絡してきてね」

 「…はい。ありがとうございます」


 セレーナは見事に千鳥足になっていたが、かろうじて歩けそうで、エルさんのバーから拠点はそこまで遠くはないので、僕らはとりあえず拠点まで歩いて帰ることにした。

 「すごいんだねえ、とーってもお星さんがきれいんだねぇ」

 確かに、彼女の言う通り、空には無数に輝く星々が銀河を形作っていた。

 僕らの足が拠点へと近づくたび、街のあかりは遠ざかり、星は光を強めていく。

 「……ユースケ、ごめんな」

 「ん?」

 「…私が水を差すようなことを言っちゃったから」

 「…いや、いいよ」

 彼女は大分酔いが覚めているようで、いつもの少し落ち着いたトーンに戻っていた。

 「…結局、君は大会に出たいとは思うの?」

 「昔はあまり興味なかったけど、今は大会も面白そうだとは思うよ」

 「…本当にそう思ってる?」

 そう言うとセレーナは、ぽつぽつと、絞り出すように思いの丈を僕に伝えてくれた。

 「…ユースケ、君は全然自分のことはいつも二の次で、私たちのためのことばかりしてくれているように思える。でも、そんなこと続けてたら、いつか自分がしんどくなる。結局本当に自分を満たしてくれるのは自分しかいないんだから。…私はね」


 彼女は天を仰いで、かと思うと今までになく深い目で僕を見つめてきた。

 「私は、これまで大会に参加してきて嫌な思いも結構してきたんだ。…勿論いい思いもいっぱいさせてもらったけどね。大会自体は楽しかったしね。エルに勝てた時はすごい嬉しかったし。…でも、名が通っちゃうとバトルを四六時中申し込まれたりしてめちゃくちゃ面倒くさいんだよね。…まあ、大会に出るデメリットってそれが一番でかいよね。大会って、良くも悪くも生活に結構ね、影響でる人はでるからね、うん」


 …少しばかりの沈黙が僕らの元を訪れた。


 「…ごめん。…まあ、私が何言いたいかっていうとね、私らのことは気にせず、自分のやりたいようにやってくれってこと!…そんな感じ」

 「…ありがとう」

 ふと、彼女の顔を見ると、少し顔が赤くなっているように見えた。

 …まだ酒が抜けきってないのかな。

 僕のその考えとは裏腹に、彼女は「…こっち見ないでよ」と呟き、拠点めがけて全力疾走し出した。

 「…!?待って!?」

 さっきまで千鳥足だった人間の動きとは思えない、風のようなスピードだった。

 「ぐへへ、拠点まで競走じゃい!」

 「なんじゃそら、ずるい!!」


 走りながら、ふと、思った。

 僕らの魂が、風に乗って、この世界の風車という風車を回すことができるのならば、それも悪くないんじゃないかって。

 こんな恥ずかしいことセレーナにも、誰にも言えやしないけど。

 そんなことを、夢想した。


 「ふぅ〜、久しぶりに走るとたぁのしいね!」

 「びっくりするから突発的な行動とらんでもろて…」

 「ごめんごめん〜」

 この、セレーナの純真無垢な表情は危ない。何をされてもうっかり許してしまいそうになる。

 「ユースケ、今日は夜遅いからもうあがりなよ」

 「そうするよ。セレーナは?」

 僕がそう聞くとセレーナはいたずらっ子のような顔で「私はもうちょっとここでやることがあるからね〜」と言い、僕に背を向けた。

 多分、また拠点に改造を施すのだろう。

 彼女による拠点の改造は、大体僕をびっくりさせようという意図の元で行われる。

 …今日は大人しくログアウトしておこう。

 「わかった、あがるね。セレーナも遅くならないうちにあがりなよ」

 「うん!」

 彼女は僕の方を向いて手を振った。

 やがて僕の身体を光が覆い、溶けてこの世界の空気と混じり合った。

 リアルの世界で目覚めた僕の肉体は、なぜか高揚感に包まれていた。

 だけど、そんな高揚感は、一瞬で消え去ることとなった。

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