第4話 your soul(前編)

 「ありがとうね、連絡とっておいてくれて」

 一日おいて再会したセレーナは、会ってすぐになぜか感謝の言葉を伝えてくれた。

 「…どういたしまして。どうしたのさそんな改まって」

 「いや、その人少し気難しい人なんじゃないんかなーって思って。私もこの間は興奮してたからさ、変に振り回して迷惑かけてないかなと」

 「そんなのいちいち気にしなくてもいいよ、わざわざありがとう」

 「言わなきゃいけないこともこの世にはあんのさ。…じゃあ行こうか」

 「そうだね、もう舟が来るしね」

 この世界では、長距離移動の際には『渡し舟』が利用できる。ヨーロピアンなゴンドラに乗って空中を「漕ぐ」様は美しく、そこからの景色も圧巻だ。

 「お、噂をすれば」

 来訪者を告げる鈴の音と、木の扉が開く軽い音とが部屋に響き、渡し守がひょこっと顔を出した。

 「セレーナさんですかい?どうぞお乗りください!」

 「はーい」

 昨日までの大雪はすっかり止み、僕の頭上には雲ひとつない青空が広がっていた。


 「はーい、じゃ行きます」

 渡し守の掛け声を合図に、舟は重力を無視し空中へと浮かび上がった。何回乗船しても僕はこの体験に慣れることがない。でもセレーナは慣れっこのようで背もたれに深くもたれかかって煙草を蒸していた。

 「それ、美味しいの?」

 彼女が煙草を吸う度にいつも疑問に思い彼女に問うのだが、今回も案の定「別に美味くはないかな、ただのカッコつけ」というアンサーが返ってきた。

 彼女は少し気怠げな表情で眼下の光景を眺めている。

 …話題が、見つからない。「…最近どうだい、調子は?」


 「んーまあぼちぼち。…なんで?」

 なんで?藪から棒に調子はどうかと聞かれたら、そう言いたくもなるだろう。

 「いや、まあ、なんとなく。…ちょっと気になって」

 話すことがなくて適当に話を振ったなんて言えない僕は、なんとか話を繋げた。たが、彼女から返ってきた言葉は、思いもよらぬものだった。

 「…いつかは、」

 「え?」

 「いつかは、君にも話す日が来る。だから、申し訳ないけど、それまで待っていてもらえないだろうか」

 「…?それって、どういう、」

 「お客さーん!ここのあたりであってますかい!?」

 …渡し守のやたらと響く大声で、僕らの会話はかき消された。

 「…はい!そのあたりです」

 「わかりやした!ぼちぼち舟を停めますぜい!ちょっと揺れるんで気をつけてつかあさい」

 舟は勢いを殺さぬまま急に止まったため、ちょっとどころではなくかなり揺れ、舟から放り出されるかと思った。

 「毎度あり!」


 「…ほんとにNPCなの渡し守って。人間くさすぎてもう何がなんだかわかんないんだけど」

 「んーわからん!」

 セレーナは興味なさそうに飴をバリバリと噛み砕いた。

 「…もうそろそろログインしてくるかな、早すぎたかな?」

 「どうなんだろうね」

 僕はさっきの話の続きがずっと気になっていたが、少し怖くなり、話の続きを聞き出せなかった。

 そのうち、小さいがしっかりと耳に届くログイン音が鳴り、この地の主が顔を覗かせた。

 「…早えーよボウズ。まだ15分前だぜ?」

 頭にはバンダナ、煤けたシャツにあちらこちらにダメージを被ったジーンズを身に纏った中年男性だ。

 「ごめんごめん、早く来ちゃって」

 「別に構わんけどな。…この娘が例のクソ強え嬢ちゃんか」

 「そうそう」

 「初めまして。セレーナと言います」

 「俺はジュード・イシューだ。よろしくな」

 ジュードとセレーナは固い握手を交わした。

 「ちょっとね、この間の……、あれなんだっけ?なんか…、剣?を見せてもらいに来ましたよ」

 「手裏剣だろう、まあ上がんな」

 カチャリと小気味よく錠前が開く音が聞こえ、僕たちは彼の自慢の「工房」へと通された。中には長剣、短剣、斧、クロスボウなどの、無数の武器が並んでいた。

 「すっげぇ、すっげぇすっげぇすっげぇ!」

 セレーナはとてもご満悦な様で、そこらの武器を子どものような顔で興味深そうに眺めている。

 「使ってみるかい?おすすめはこれだ」

 そう言って彼がセレーナに手渡したのは、一本の長剣であった。

 「…これは?」

 一見すると何の変哲もない長剣だが、セレーナにはやはり何かが違うのが分かるのだろう、剣を頭上に掲げしげしげと眺めていた。

 「そいつはすげえぞ?素早く振るうことによって刀身に炎を纏わせることのできる代物さ。そのまま相手に斬りかかることも出来るし、炎だけ敵に投げつけることもできる。投げつけた時の威力はブレイズ・アロー約二発だ、悪くないだろ?勿論嬢ちゃんが炎属性じゃなくても問題なく使えるぜ。今なら適正価格で売るぜ、どうだい?」

 商魂たくましい、いつもの彼のセールスが始まった。普通の人ならば面食らうだろうが、戦いを愛する彼女のことだ、彼女はこの話に食いつくだろうと半ば確信していた。

 しかし、彼女からは予想だにしない言葉が返ってきた。


 「あー、うん、…遠慮しとくわ」


 「…嬢ちゃん、いいのかい?今をときめく炎攻撃の武器だぜ?」

 「うん、まあ…、強いのはわかるけど、私はいいかな」

 「何でえ何でえ、じゃあボウズ買わねえか、強えぞ〜」

 「なんで僕?…いくら?」

 「250万!」

 「…高くない?」

 「そうか?お前ダンジョンとか行かねえのか、250万なんてダンジョンの16階ぐらいまで行ければ余裕で稼げるだろ」

 「僕フレ戦しかしたことないんだよなあ…」

 「んーじゃあ大会!大会とか出てみたらどうなんだ。GCCSなら賞金もはずむだろ。それに…」

 「それに?」

 「お前はもうちょい視野を広げた方がいい」

 「…そうだね」

 「おいボウズ!お前はコラ!今めんどくせって思っただろ!顔に出てんぞ!」

 「…そんなことないよ」

 「嘘つけ!」

 その時、扉がガンと大きな音をたて、同時に「こんにちは!!」と女性のよく響く声が入ってきた。

 「…記者の嬢ちゃんか。今日はどいつもこいつも早く来やがるな」

 「すみませ〜ん、前の取材が爆速で終わっちゃったんで〜。迷惑でした?」

 「うんにゃ、いつもなら構わんのだけど、今日は先客がいたもんでね」

 「なるほど、すみませんでした〜。…んん、んんん!?」

 慌ただしく入ってきた記者の女性は、セレーナを見ると何やら興奮して、彼女の元へ駆けつけた。

 「貴女、QTさんですよね!?第二回グレネードパークの優勝者の!!」

 「は、はい??」

 武器を眺めるのに夢中になっていたセレーナは、突然の出来事に素っ頓狂な声をあげた。

 「いやぁ〜、一瞬気がつきませんでしたよ!髪の色も変えられているし眼鏡もつけてらっしゃらないから!」

 「…確かに、俺もこの嬢ちゃんどっかで見た事あるなーとは思ってたんだよな、グレネードパークだったか、なるほどねぇ」

 ジュードは妙に納得したようでうんうんと頷いている。

 「…セレーナ。君はそのQTって人と同一人物なの?」


 「…うん」

 彼女は少し恥ずかしそうにそう答えた。

 

 ジュードと記者は何やら興奮して、「すげえじゃねえか!あのQTだろ!」「すごいなんてものじゃないですよ!私QTさんをずっと探してたのに全く見つけられなかったんですから!」「…っていうか!QTの事で盛り上がるのもいいけど、お前さんウチの取材もしっかりやってくれよ」「あっそうでした!すみません」などと口々に語り合っていた。

 

 「…セレーナ、よかったの?」

 「何が?」

 「…何でか知らないけど、秘密にしてたんじゃないの?」

 「…別に秘密にしてたわけじゃないけど、…まあ、何でだろうね…、わかんないや」

 彼女は要領を得ない様子で、ポリポリと頭を掻いた。

 「そうだ、QTさん!マスターズ・トーナメントに出場する気はありませんか?私知り合いが運営委員会にいるので、よければ推薦しますよ!多分QTさんの実力なら誰も異を唱える人はいないと思いますよ!」

 「マスターズ・トーナメントだぁ!?すげえじゃねえか!エラいことになんぞ!!まじでヤベえことになんぞ!!!」


 興奮している二人はほっといて、僕はセレーナに問いかけた。

 「…セレーナ、どうする?」

 と、言いつつも、僕はセレーナは大会がそんなに好きじゃないということを知っていたので、きっとネガティブな答えを返すのだろうと思っていた。

 しかし、セレーナから返ってきたのは、またもや意外な答えだった。

 「…まあ、考えとくわ」

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