第132話 父ちゃん勇者のひとりごと
「わたしを、タクシー代わりにしないでくれる?」
文句タラタラの千夏さんが、大崎を連れて転移してきた。
相変わらずリリムの郊外で、農業している俺だった。
「いや、その気になれば30分くらいで走って来れるけどさぁ。」
王都↔️リリムは、馬をぶっ飛ばしても2時間以上。
身体強化、スゴいな、こいつ。
「ただ、それやると、こっちの世界でも○ーの表紙じゃん?」
「こっちの世界にム○は無いからね。」
「都市伝説になるし。」
「快速ババアとか?」
「誰がババアだ‼️」
2人で何か言っている。
ヤンキー勇者の時もつるんできたし、仲いいなぁ、この2人。
今回大崎が持ってきた話は、なかなかに興味深かった。
実は俺、大崎に種籾を貰えなかったのだ。
俺の『緑の手』は、季節は超越する。
例えば、真夏から育てて真冬に米を収穫することも可能だ。
けれど、栽培に必要な時間は変えられない。
米を作るには、どうしても半年かかるから。
「『勇者返還』に、そこまで時間をかけるつもりは無いから。
中途半端に残されたら、この世界に迷惑でしょ?」
と言われ……
泣く泣く断念していた。
今回王都近くの村に、勇者になり損ねた同郷人が発見された。
壮年のおっさんで、もうこの世界で家庭を持っている。
彼に米作を教えて欲しい、と言われ……
やってみるかと、その気になった。
俺がアルスハイドに残す置き土産だ。
俺は、俺を大切な場所から離した、アルスハイドが嫌いだ。
ただ、出会いをくれたことだけは感謝している。
少し前、俺は『俺の素性』を子供らに話した。
別の世界中からの召喚勇者で、元の世界に両親がいること。
そして、いつか帰ること。
どんどん泣きそうになる2人に、
「で?
2人は付いてきてくれる?」
と聞くと、ラナは目を見開いた。
「いいんですか?」
「いいよ。まったく違う世界だから、苦労するかも、だけど。」
「いいです‼️チカラさんとなら、どんな場所でもいいんです‼️」
泣き笑いのラナに、
「父ちゃん‼️オレも父ちゃんと一緒に行く‼️」
と、かじりついてきたレオ。
この2人と出会わせてくれたこと。
それだけは感謝するよ。
ラクア村への旅は、この世界最後の家族旅行のようだった。
数日間留守にする畑は、『タクシー勇者』に世奈さんの配達を頼む。
魔物が辺りにいなくなって、一般の人も郊外に出てくる。
俺の茶とトウモロコシ。
いつか誰かに引き継ぎたいが、少なくとも泥棒しようとするヤツに、じゃない。
馬車だから半日かかる。
ラナとレオを連れて、ヤンキー勇者のせいで前回は観光出来なかった、王都を見て回ったあと、ラクア村へ。
「わざわざありがとうございます。」
丁寧に頭を下げたのが、中途半端な召喚をされた16.5号だと思う。
……
不思議だ。
1番恨んでもおかしくないこの人が、何故かこの世界のために?動く
結局、彼の家に2泊した。
すでに、米作に適正な季節は過ぎている。
今回だけは、スキル『緑の手』を使い、来年からの作業のタイミング含め、伝えられることは伝えた。
「ありがとうございました。」
帰り際、今一度頭を下げた男を思う。
彼は自分のため、家族のため、村のため、ひいてはアルスハイドのために、
『ありがとう』を言った。
どちらが正解と言うことも無い。
俺は帰る。
彼は帰らない。
背中合わせの存在に……
何となく心が動いた。
それだけの話だった。
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