第107話 常勝農家の深い事情

 「来るなぁ‼」


 叫びと共に放たれた火魔法は、洒落にならない威力だった。


 うわっ、ヤバいだろ、これ。


 千夏さんの魔法を彷彿させる。


 プラスだ。

 あの小僧、完全な『勇者プラス』だ。


 俺は4号勇者だからな。

 3年前に引退してるし、新しいメンツのことはほぼ知らない。


 規格外で誰より頼りになる初代勇者以降にも、プラスの勇者が召喚されていたんだ。


 って言うか、ここは『結界発生装置』があると、あの和泉とかいう小僧が言っていた。

 だから、それを守る『障壁を壊せ』と。

 魔物の危険に晒される、勇者が必要な世界に戻せ、と。


 本当にどうしようもないクズ野郎だ。


 あの小僧(16号勇者らしいが)には、他人の気持ちがわからないらしい。


 自分がされたら嫌なことは、他人にしない。

 自分がされたら嫌なことを、他人にしたら嫌われる。


 その程度のこともわからない、なりだけ大人なただの馬鹿だ。

 まあ、なよなよした見た目の男だが。


 とは言え、今はこの役割を押し通すしかない。


 一方、

 「来るなぁ‼」と叫んで魔法を放った、青年はたぶん18号だろう。


 この国に結界を作った。

 魔物に蹂躙されるこの国の人に、永劫の幸せを望んだ。

 優しい男だ。


 今も泣き出しそうな顔で魔法を放っている。


 おそらく誰かを傷つけることも、否定することさえ苦手なはずだ。


 けれど戦おうとしている。


 ……


 でもな、このままじゃ関係ない人まで巻き込むぞ。


 18号には圧倒的に経験が足りない。


 俺はじめ、召喚ナンバーの早い勇者は、少ない人数で圧倒的多数の魔物と戦い、苦労に苦労を重ねてきた。


 フレンドリーファイヤーの危険など日常茶飯事で、少し先を考えて動くのが習慣づいている。


 俺が避けたらこれ、穴が開いた結界を通って、外の世界に飛び出すからね。


 『平成〇年魔法災害』として、後世まで伝わるよ。


 仕方がない。


 俺は両の腕で顔を覆い、そこに障壁を凝縮する。

 

 逃げない。受ける。無効化する。


 誰も傷つかないベストを目指して‼


 結界の穴(自分で開けた)を抜けて、高火力の炎が叩きつけられた。


 熱っ‼死ぬ‼


 「馬鹿野郎が……」


 なんとか炎をやり過ごした時、幸いにも結界外には異常は無かったようだが、俺の両腕は丸焦げだった。


 障壁とか意味を成さない。


 痛ぇ……

 これ、骨まで焦げてるな……


 「ハイ・ヒール。」


 小声でつぶやく。

 自分に出来る最高の回復魔法。


 瞬間両腕は光り輝き、元に戻ったが……


 くそ、痛ぇ。


 いや、今は痛くない。


 くそう、幻痛に悩まされるからきついんだよ、酷い怪我は。


 ともあれ改めて、一応『敵』と言うことになるのか?


 教会を守る青年と、最初庭にいた少女(多分だが彼女も勇者、『障壁』の制作者だ)に目を向けようとした、その時‼


 「てめえ‼誰だぁ⁉」


 荒っぽい言葉とともに、数100メートル先から回し蹴りが飛んできた。


 身体強化だ。


 数100メートルの距離を一瞬で飛び、加速度をつけて叩き込まれた回し蹴りが、俺の肩口に突き刺さる。


 「ぐっ‼」


 いや、ちょっと待って。


 これ、トラックにひかれたくらいの衝撃じゃない?


 ひかれたことは無いけれど。

 

 「ハイ・ヒール。」


 上半身の骨がバキバキに折れた。


 すぐさま回復し、攻撃者の顔を見ると金髪のお姉ちゃんだ。


 勇者だ、多分。

 いや、確実に勇者だ。


 「くそ。」


 踵を返し逃げ去る俺に、

 「待て、お前‼」と、叫ぶ金髪。


 「あんた何号?」

 「4号だ。」

 「待ちなさい‼」

 「待たねえよ。

 勇者が3人も雁首揃えてんだ‼」


 「人質とられたって待たない‼」と言い捨てて、俺は戦線を離脱する。


 伝わることを、切に願って。





 追記)力君は結構前の召還なので、『令和』を知らないのです。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る