第103話 あの人は今日も異世界を救う

 「ったく、何やってんのよ、力。」


 急に背後に現れた気配に、後頭部を軽くチョップされた。


 やっぱり彼女は来てくれた。


 あの、幸せ頭の青年がひたすら早馬で王都に向かい、リリム伯爵邸で騒いで、それを聞き付けて……


 この人、自分にも他人にも『移動魔法』が使えるからな。


 帰り道はほぼノータイムだ。


 日はまだ高い(3時くらいか)。


 これなら、

 『夕方には帰れるだろう』と、漠然と思った。


 今の俺には、ラナとレオとの約束を守ることの方が重要だった。


 「悪い。世話かけるな、神様の寵児。」

 「いいよ。我慢出来なかったんでしょう。常勝農家。」


 お互い……

 と言うか、俺が絡んだ。

 しょうもない称号で呼べば思い出す。


 俺達がいるのは異世界だ。


 帰りたい。

 帰りたいけど帰れない。


 現実にあるのは、現実離れした、アルスハイドの現実だけ……


 足元に転がる、悪徳貴族の半死半生の姿だけ。


 初代勇者は素っ気ないふりで、面倒見が良く優しい性格だ。

 しかも曲がったことは嫌いな性分。


 なのに『異世界』からは距離を取るのは、問題が多過ぎて、放っておくことが出来なくて、暴走しそうな心が怖かったからだ。


 最初1年(2代目は亡くなっていると聞いた)、彼女は1人で向き合い続けた。

 魔物に蹂躙されるこの世界に。

 そこで小狡く生きる、特権階級の腐敗ぶりに。


 「悪いな、千夏さん。」

 「……話は聞いた。

 わたしでもキレてるから、別にいい。」


 「じゃ、リリム伯爵。」


 一緒に移動で連れてきた、綺麗な服の、少しばかり太り気味の、中年男に話し掛ける。


 「あ、はい。」

 「貴方を伯爵と呼ぶのはこれが最後だから。」

 「え?」

 「部下の管理不行き届きで、確実に子爵位には下がる。

 でも、子爵の下に男爵、騎士爵、どうしようもなければ平民もあるから。」

 「?」

 「どこまで下がるかは、ここからの判断次第ね。

 じゃ、そこの馬鹿区長はじめ、関係者をどう処分する?

 よく考えて発言してね。」


 ……

 うまい手だった。


 魔物が怖くて、完全な職場放棄だ、王都のタウンハウスに籠っていた伯爵だが、それでもこの地は彼の領地だ。


 領地のことは領主が決める。

 逃げも手抜きも許されない。


 初代勇者と、引退勇者に見つめられ、リリム伯爵はアワアワと落ち着かない。


 何とか切り抜けねばならない。

 せめて子爵で止まらねば、リリムの街自体を男爵風情に任せられないだろう。


 地領変え……

 最悪魔の森沿いの辺境に左遷されるから、必死だった。


 「東区区長一家は死罪にしま、」

 「馬鹿なのか、お前は?」

 「下がりたいの、あなた?」


 1番重い……

 つまり『死罪』なら大丈夫だと宣言した伯爵は、俺達に同時に責められて言葉を失った。


 「この男の行動で、多くの人が苦しみに喘ぎ、恐らくは命を失う者もいたんだよ。」

 「いや、だから……」

 「だから、一瞬で楽にしてどうする⁉️」


 真顔で初代勇者が告げた。



 

 


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