第100話 クズと馬鹿

 オレの人生に、こんな落とし穴があると思わなかった。


 もしこれを口に出せば、

 「落とし穴じゃなくて、自業自得って言うんだ」と、確実に制裁を受ける。


 逃げ出したい。

 しかし、逃げられないことも自覚していた。


 オレは、リリムの生まれ、ただし東区ではない、西区の人間だ。


 「なんでこんな子に……」

 と、親は嘆いていたが、オレは子供の頃から暴力的で、親の財布から始まり友達の財布、最終的には他人の財布から金を盗み、揉めそうなら殴り倒す、そうして暮らしてきた。


 東区の区長に声を掛けられ、その用心棒兼手下になった。


 残忍で、人を人とも思わない、他人の人生を破壊し持ち物を奪う、オレから見てもどうしようもない男……


 騎士爵らしいが、

 『こいつがトップでは東区も大変だ』と思いつつ、身の安全のための金は惜しまなかったから、オレと似たような性質の若造は十分金を貰っていたし、実際家捜しなどの時はその儲けもちょろまかせる。


 まさに天職、この世の春は、『勇者』の登場で終わった。


 「何故こんなことをした?」と問われ……


 下手なことを言えば、若造と同じ目に合う。

 折れた足を踏み砕かれる。


 それでも、私利私欲のためだは言えない。


 「区長に……命令された……」


 絞り出した瞬間、体が光った。


 「はい、アウトぉ‼」

 「ぐはっ‼」


 嘘だから、覚悟はしていた。

 けれど勇者は、オレには膝を砕かずに、肩を思い切り握ってきた。


 鎖骨が砕けた。

 息がうまく吸えない。

 痛過ぎて……


 「何故こんなことをした?」


 今1度聞かれた。


 無理だ‼

 誤魔化せない‼


 結局オレは正直に答えるしかなくなってしまう。


 「金の、……ためだ……」

 「ほう?」

 「区長の払う給金は、いい。

 それに家探しをすると……」


 言いよどむと、ずばり当てられてしまった。


 「懐に隠している銭のため、か?」

 「え?」

 「気付かれていないとでも思ったか?お前も若造も、盗んだ金を隠している。」

 「う……うぅ……」

 「この泥棒野郎が。」

 「っ……‼」


 折れた肩に力が加わる。

 あまりの痛みに声にならない。

 目の前がチカチカする。


 「つまりお前らは、自らの遊ぶ金か酒代のためなら、誰が死んでも構わないと思う悪党なんだな?」


 最悪の質問が来た。


 いや、間違いなくそうなのだが、

 『はい』と肯定すれば処断されかねない。


 でも、

 『いいえ』は嘘だ…… 


 「「ち、違う‼」」


 オレと若造が同時に叫ぶ。


 と?


 オレは赤く光った(嘘)。

 が、若造は光らない。


 「ああ、最悪の馬鹿がいた。」

 と、勇者が若造に歩み寄った。


 「言い訳を聞いてやろうか?」

 「俺は人が死んでいいなんて思っていない‼」

 「そうか。お前らが追い出したこの家の子は、昨日街の外へ出たぞ。街の外で、いつ魔物に襲われるかわからない場所に倒れていたから、俺が保護した。

 俺が見つけなければ彼女は死んでいたが?

 まだお前は悪くないのか?」

 「え?」


 若造が絶句する。


 「いや、だってそんなことになるなんて……」

 「思っていなくてもそれが事実だ。お前はお前の利益のために、子供を1人殺しかけた。

 この家の子は死ななかったが、たぶん何人もお前のせいで死んでいるな。

 それでもお前は悪くないのか?」


 「うっ、うわぁぁぁぁっ‼」


 突然の慟哭に驚いた。


 相棒は真面目に気付いていなかったらしい。


 馬鹿だ。

 ここまで馬鹿とは思わなかった。

 幸せな、馬鹿だ。


 「救えねえな。」


 吐き捨てるように言った勇者が、口の中で何か言う。


 瞬間、若造の体が……

 両膝が折れているはずの体が全回復する。

 回復魔法だと、その事実で分かった。


 「おい、貴様。」

 「?」

 「区長を呼んで来い。」

 「あ、はい。」

 「素直に来ないだろうから、殴ってでも連れてこい。逃げようなんて思うなよ。」

 「はい‼逃げません‼」


 若造の目が怒っている。

 想定より汚い仕事をやらされていた、今更な事実に怒っている。


 本気の全力疾走で東区区長館に向かう後ろ姿に、

 「自分の考えが足りないだけなのに、お幸せなこって」と、勇者が苦笑いを浮かべた。


 「じゃ、お前の尋問を続けようか。遊ぶ金のためなら人が死んでも構わないと思う、どうしようもないクズのお前の。」


 オレの地獄は終わらないらしい。


 結局、区長が引きずり出されるまでの30分ほどで、オレは記憶にある限りの悪行を……15件以上自白させられたのだ。

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