第97話 浮浪児に息子を預けるなんて、リスク高過ぎ案件

 家を騙し取られて……


 ワタシは東門から町を出た。


 リリムは城塞都市で、東西南北に門がある。

 東区だったから『東門』。


 門にはいわゆる門番がいたが、彼らはフラフラ出ていくワタシをチラリと見て、言葉1つもかけなかった。


 後で知った。

 門番は出ていく行商人に難癖をつけ、袖の下をもらうのが仕事であり、本気の治安維持などしていなかった。


 金のなさそうな浮浪児など、スルーで当然。


 ただ、こんな最悪な状況なのに、初めて出る門の外に、少しだけ興味を抱きワクワクしていた。


 ワタシも大概普通の神経ではなくなっていた、と言うことだろうか?


 門の外は草原地帯で、風が草を揺らしていた。


 あれは?

 なんだろう?

 背の低い木がまとまっている場所がある。


 ああ、こんな世界なんだ。


 城塞都市の中なら、ドラゴンなど強力な魔物は無理でも、オークやコボルト、ゴブリンなどの一般的な魔物の害は防げるとされていた。

 危険を冒すのは行商人達だけ、多くの者は外には出ない。


 父は自分は危険を冒しながら、そして命を失いながら、ワタシを外には出さなかった。


 だから知らなかった。


 あの木のところまで行ってみようか。

 何か食べられる物があるかもしれない。


 「⁉」

 歩き出そうとしたその時、気配を感じて振り向いた。


 ワタシの目に映ったのは、リリムの外壁にもたれて、グッタリと座り込むおばさんと幼児だった。


 ……


 おばさんと表現したが……


 彼女は若いのかもしれない。

 彼女の手を握り、同じく動く気力もない幼児(彼女の息子?)は2、3歳で、結婚年齢から逆算すれば20歳くらい。

 でも、おばさんと呼べるくらい疲れ果てていた。

 ボサボサの髪。やせ細った体。


 一瞬だけ目が合った。


 彼女がワタシを手招きする。


 リリムはまだマシだったが、もっと辺境と呼ばれる場所は魔の森が近く、襲ってきた魔物に村ごと滅ぼされるなんて日常茶飯事。


 彼女はそう言った村の出身かもしれない。


 頼るもの全てを失った人々は、それでも路上生活しやすい、王都を目指す。


 彼女はその前に力尽きたようだった。


 「なぁに?」


 声をかけると、もう話す気力もないのだろう、握りしめていた鉄貨数枚をワタシに握らせ、視線で語る。


 ああ、子供に食べ物を買ってきて欲しいんだ。


 鉄貨は、かろうじて小さめのパンが2つ買えるくらい。


 「待ってて」と、走り出す。

 町に戻って、食料を手に入れた。


 我ながら、馬鹿だと思いながら。


 放っておいても良かった。

 盗み去ることも出来たはずが、戻ったら母親はこと切れていた。


 残っていたのは泣きじゃくる幼児。


 パンは2つとも幼児に渡した。


 これはワタシが食べていいものじゃない。


 男の子の手を引いて、背の低い、木々が密集している場所を目指した。


 何か食べられる実でもあればいい。


 けれど、そこにあったのはただの青々とした木で、ワタシも力尽きてしまう。


 ふわっと遠くなる意識の向こうで、男の子が泣き叫んでいる。


 パン、食べてね。

 それで少しでも長く生きて欲しい。


 誰か、この子を助けてあげて。


 そのまま暗闇に落ちた。




 



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