第96話 落ちたくない少女のギリギリの日々

 「じゃあ、ラナには出ていってもらおう。」

 と、区長に言われた。


 何が『じゃあ』なのか分からない。

 何が起こったか理解出来ない。


 ただ、分かる……


 この日ワタシは、生まれ育った家を盗られた。


 ワタシはリリムの町の東区に住んでいた。

 母は5年前に亡くなったので、父と2人暮らし。

 成人間際の14歳だ。


 魔物がはびこるこの世界で、母の死因は病死だった。

 魔物に食い殺されない、むしろそれがいいことだったと言った、近所の老女を思い出す。

 彼女の息子は行商に出て帰らなかった。

 

 ここはそう言う世界なのだ。


 「クオンは、行商から戻らなかった。おそらく魔物に殺されたのだろうが、彼は商人達から商品を預かり、結果失ったことになり……」


 ゴチャゴチャ区長が言っていたが、それは無いと思う。


 ワタシの父も行商人で、ここよりさらに北の町……岩塩が取れる町まで行く。


 多くの行商人は、町の商品から商品を預かる。

 それを都合2日かけて北へ運び、岩塩と交換、持ち帰る。

 岩塩を商人に渡し、値段の3割を運び賃として受け取る。

 商人は運び賃分も上乗せして売りさばくから、誰も損をしない……

 いや、行商人の命だけが危険にさらされる、そんなシステムだった。


 万が一途中で魔物に襲われれば、預けた商品代を借金とし、死後に資産を取り上げればいい。


 そんな残酷な考えが目に見えるから……


 だから父は、万が一の時残されるワタシを思い、節約してまとまった金をため、それを原資に商売していた。


 借金なんて残らない‼


 絶対違う‼と思っても、ワタシには言い返すことが出来なかった。


 父が戻らず10日になる。

 その意味が重過ぎて、考える力を失っていた。


 着の身着のまま追い出されて、あてもなく街を彷徨っていた。


 リリムの町は比較的治安はよかったけれど、さすがに夜間女の子の1人歩きはいろいろ危険だ。


 見兼ねたのだろう。

 近所のおばさんが、そっと庭先を貸してくれた。


 野宿をするにしろ、人目がある場所の方が安心だろうと。


 「ごめんね、ラナ。区長の目もあるから、こんなことしかしてやれなくて。」


 小さな呟きで全てを悟る。


 リリムは、『リリム伯爵領』。

 けれど、国の周囲を囲む魔の森から遠けれべ遠いほど、人は安全に暮らせる。

 伯爵は、王宮周辺の貴族街から帰ってこない。


 リリムは東区、西区、南区、北区、中央区の5区画に分かれ、区長と呼ばれる伯爵の部下が、それぞれを代理で統治していた。


 そして、ワタシの住む東区区長は強欲で残忍。

 人を人とも思わない、ただ金だけを集めているクズだと以前聞いた。


 ワタシは、彼の罠にはまったのだろう。


 平民の家を奪って、彼にどんな得があるかは分からない。

 普通の行商人と違う、慎重な父のやり口が目立っていたのか?

 よくわからない……


 都合2晩庭先を借りた。


 食料はないし、お金もない。

 雨が数時間降ったおかげで水は飲めたが……


 限界だった。


 女の子は、最悪自分を売り物に出来る。

 14だから分かっている。


 でも……


 それだけはやりたくなくて、けれど町にいればその道を選ばざる得なそうで、怖かった。


 野垂れ死ぬのが運命ならば、それなら魔物に襲われるリスクを取ろう。

 城塞都市の外に出れば、野草でもなんでも、食べられるものが探せるかもしれない。


 生きることは何にも代えられない、と思う人は笑えばいい。

 ワタシはワタシの矜持を守ろう。


 家を奪われて3日。

 ワタシは町の外へ歩みだすのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る