第68話 初代勇者のトラウマ案件

 ひさしから下ろした後も、少年はグズグズ泣いていた。

 すっかり肩を落としている。


 少しお仕置きが効き過ぎたようで、ついつい私は苦笑いになる。


 少年は……

 8歳のソラン。


 彼に聞いた訳じゃない。

 

 勝手に鑑定してすまんね。


 ソランは、8歳にしては大柄だ。

 栄養の足りない路上暮らしで、やせっぽちだが背は高い。

 魔物被害で村が壊滅、2年前からここにいる。


 「んじゃ、君の妹のとこ案内してよ。」


 水を向けると、ソランは驚いて目を見開いた。


 「なんで?」

 「ああ、さっきハルトって言ったっけ?あの子がいつもの場所にいないって、見つけられなかったんだ。」

 「え?……いや、……」

 「後、聞いていたとは思うけど、私達は勇者だ。まあ、いろいろおかしな能力も持ってるから。」


 実際ソランは正しいと思う。


 今助けてくれるからと言って、過去が無くなるわけじゃない。

 悔しさも、悲しさも、喪失だって本物だ。

 決して決して、無くならない。


 勇者は万能ではない。


 あの優し過ぎる始まりの勇者が、間に合わなかった、届かなかった手に、内心苦しみ続けているのに気付いている。

 伝達に時間がかかる(当時勇者連絡網は無い)中、最速でも届かない悔しさが。


 だからソラン。

 私は謝らないよ。


 2年前なら、私には責任は無い。


 でも、それは逃げだ。


 間に合わなかった勇者達……

 それが事実に違いないからこそ。


 謝るのは絶対違う。


 「妹……カナンのとこ行こうか?」

 「う、うん‼️こっち‼️」


 駆け出した少年の後を追い、広場からは少し離れた、路上裏の路上裏、入り組んだ道の奥に幼女を見つけた。


 アルスハイドの季節は、日本と連動していると思う。


 私は看護大学の卒業式に召喚された。

 あれから1ヶ月。

 まだ春であり、肌寒い日も多かった。


 ソランは半袖と5分丈のズボンで、なけなしの上着で妹を包んでいた。


 「大丈夫?チビ助。」


 抱き上げると、悲しいくらい軽い。


 子供にこんな思い、絶対絶対させちゃいけない。


 乱れる心を押さえながら、私は看護師としての目で少女を見る。


 肺炎、までには至っていない。

 いわゆる風邪だ。

 

 ご飯を食べて、薬を飲んで、暖かくしていればすぐ治るさ。


 「終、一晩事務所貸して。」

 「りょーかい。」

 「よし。じゃあ、行こうか、ソラン。」


 カナンを抱いて、ソランを連れて歩き出す。


 途中、思い付いて、ソランに味見に使った肝油を渡す。


 「これ⁉️」

 「聞いてたろ?栄養たっぷりのお菓子だ。

 本当は1日2錠だけど、特別に全部食っていいぞ。」

 「ホントに⁉️」


 今はもう、警戒していない。

 ソランは夢中で肝油を食べて、甘さに驚き、最終的には惜しくなったのか、舐めて溶かし始める。


 今はもう、普通の無邪気な子供の彼に、

 『怒っていたことを忘れないで』と、内心祈る。


 それは尊厳に関わる、とても大事なことだから。


 

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