第67話 意地>食欲? 意地<食欲?

 何が起こったか分からなかった。


 「くそう‼こんなモン‼」と、鍋をひっくり返そうとして、一瞬で視界がぶれる。


 目の前にあったはずの鍋は姿を消し、気付いたら近くにあった建物の、3階のひさしの上だった。


 「え?……ふわっ?」


 足元から地面が消えた。下を見ると、眩暈がするほど高い。

 貰ったパン粥を食べる仲間達を、上から見下ろしている。

 瞬間‼


 「よっと。」


 軽い調子で地面に降り立つ、金髪の女が見えた。


 オレは女に抱えられ、一瞬で近くの建物の、狭いひさしに放置されたのだ。


 「あ……」


 飛び降りるには高すぎる。

 大体ひさしは狭過ぎて、身動き1つとれやしない。


 落下の恐怖で固まっているオレの耳に、

 「姉ちゃん?」

 「ああ、私一応勇者だからさ」と、聞こえる。


 勇者?

 勇者って、魔物から国を守る、あれか?


 何だよ‼

 オレの時は来てくれなかった。

 何を今更?


 「まあ、いろいろ言いたいことはあるだろうけど、施しは受けないって、君が食べないのは勝手だけど、他の人まで巻き込んじゃいけない。

 君はやろうとしたのはそう言う事だし、しばらくそこで反省してな。」


 冷たく言い放たれて、本気でそのまま放置された。


 食料を配る背後の壁で、匂いはズンズン上がってくる。


 旨そうだなぁ。皆、ニコニコしているなぁ。


 もしオレが鍋をひっくり返せば、皆あんな風に笑えなかった。


 いい匂いだなぁ。


 オレは無駄に強がったから、食べられないのは仕方がないよ。

 でも、カナンには食べさせたかったなぁ。


 風邪で体力を失い、ありったけの服に埋もれて路上に寝ている妹を思い出し、悲しくなる。


 上からだからはっきり分かる。


 ああ、無くなってしまう。


 白いスープが先に無くなり、もう1つもどんどん減った。


 「じゃ、案内頼む。」

 「うん。」


 その残りをもって、女とリーダー達が町に消えた。


 動けない子もいることを、彼女も気付いていた。

 リーダー達が導いてくれれば、カナンだけは食べられる筈だ。


 ああ、でも……

 あまりに体調が悪そうだから、なるべく風が当たらない場所を探した。

 普段いる場所からズレている。

 ああ……


 「ただいま」と帰ってきた時、鍋は空になっていた。


 カナン……


 「じゃ、みんな聞いてくれる?」と、女が言った。


 「明日から仕事を頼みたいんだ。」

 「仕事?」

 「うん。給料は出すし、朝晩に今くらいの飯は出すよ。あと、一応屋根のある場所には住める。」

 「え?」


 あまりに破格の条件だ。

 呆気にとられる一同に、

 「おかしな仕事じゃないから。まあ、興味があったら、明日ここで同じ時間に」と、女は笑った。


 「でも、明日の朝ご飯は無理だからさ。これを。」


 1人1人小袋を渡す。


 「何これ?」

 「お菓子。ほら、ここを切って。」


 目の前でかけて見せた女は、中から1つつまみ出して、食べた。


 「うまっ‼」


 代表して、女の持つ小袋から1つ手に乗せられたリーダーが、感嘆の声を出す。


 「それはすごく栄養のあるお菓子で。1日2粒までなんだ。大事に食べてくれると嬉しいよ。」


 久しぶりに腹が膨れ、お土産まで貰って仲間達はそれぞれの場所に帰っていく。


 皆、何となくテリトリーがある。

 ああ、カナン……


 「おーい、いちごさん。」

 間延びした声で、男の方が言った。

 「俺の服がグッチャグチャになる前に、小僧のお仕置き解除してよ。」


 万が一落ちてきたら受け止めるつもりでそこにいてくれたらしい、男の肩口がオレの涙とよだれで酷いことになっていた。


 「はは。お役目ご苦労、終。」

 女が笑う。


 

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