第58話 初‼辺境へ‼

 「うえ、グレイブズかぁ」と、千夏が嫌な顔をした。


 短い付き合いだが、だいぶこの初代勇者のことが分かってきた。


 面倒見がよく優しい以上に、この人、かなり曲がったことが嫌いな性分だ。


 大人だから、理想と違う現実や、力の強い者、金のある者の横暴など、いくらでもあると理解はしている。


 けれど腹は立つ。


 腹が立てば口を出したくなる。


 もちろん、手も。


 そういう性分だ。


 グレイブズ領と言ったから、グレイブズは異世界貴族かもしれない。

 あまり感心しない人物だと推察できた。


 私の視線に気づいたのだろう。

 

 「ああ、グレイブズってのは、西側の辺境の子爵ね」と、面白くなさそうに髪をいじった。


 「子爵?」

 「ああ、貴族としては中堅かな?でも、平民じゃないし調子に乗ってる。」

 「西ってことは、まさかリーシャの村の?」

 「10中8、9、グレイブズ領でしょう。こいつ、魔物被害が多発してた頃は、城下のタウンハウスに避難してた。」


 以前聞いた話だと、そのタウンハウスも安全ではなかったようだが、辺境住みより数段ましだろう。


 逃げ回るだけ逃げ回って、自分の領地を守ることなく、事態が落ち着いた今、そこに帰ろうとしている。


 「元々穀倉地帯だし、魔物被害さえなければうま味の多い土地なんだよ、グレイブズ領は。」


 つまり、異世界貴族で卑怯者のグレイブズは、脅威が取り除かれた領土に戻り、今度は自身が魔物に成り代わり、脅威となる。

 クズだな。


 「わたしは顔が売れ過ぎてるから無理だけど……

 ちょっと懲らしめて欲しいってさ。どうする、2人共。」

 「勇者を隠して同行して、ざまぁして来いってことか。いいよ。魔法とかは使えんけど、普通の人間に負けるとも思わないし。

 ついでに、いるかもしれない15号と16号にデモンストレーションしてくる。」

 「アタシもいいよ。今更だけど、この世界に興味もあるし。」

 「おー、ほむらさんの方は熱烈歓迎。ラッキードレインのお返しってことで。」


 なんのこっちゃと思ったが、有り余る『ラック』が旅の無事を確約するらしい。


 この世界、盗賊はいるんだって。

 

 ほむらの『ラッキードレイン』は、吸い取った運を自分や周囲に還元する。


 移動魔法は千夏にしかない。

 ゆえにアイテムボックスに荷物を入れ、子爵達を護衛しながら馬車の旅だ。

 盗賊なんか、来ない方が楽。


 ほむらがいるだけでそれが可能で、使った運は終が垂れ流した分から補充が聞くから、いいことずくめだ。


 翌朝早く、私とほむらは終と市場で落ち合い、この世界で初めての旅に出るのだ。

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