第57話 遠い町への誘い

 終の生い立ちは、昔聞いたことがある。


 施設育ちで、身内はいない。

 元の世界に未練0だ。


 「俺、親ともあれだし、元の世界なんてどうでもいいんだ」と、口先だけは嘯く輩はいっぱいいた。


 けれど嘘だ。みんな家に帰りたい。

 帰れないから諦めていただけ。本当は家に帰りたい。

 元の世界に帰りたい。


 しかし、終だけは吹っ切れていた。

 この世界が、アルスハイドが良いわけでなく、どの世界であれ彼は居場所を探している。


 居場所がある世界が彼の世界なら、アルスハイドは正にうってつけだったのだろう。


 そういう男だったから、こちらの情報は期待していた。


 「ねえ、終。15号と16号は知っている?」


 お茶を飲み終わったタイミングで聞くと、終は少し首をひねり、

 「ああ。ヤンキー勇者ですね?」と言う。


 終が引退する時期のすぐ後に召喚された2人だが、さすがの知名度だった。


 「そう、クローズ共」が、わたしで、

 「だから‼東リベ‼」が、いちご。

 「ビーバップ‼」がほむらだ。


 ほむら……

 君は一体何歳だよ?


 「ヤンキー勇者の2人なら、数日前に南の魔の森との境の町で見ましたよ。」

 

 終は宅配業を営んでいて、国中をウロウロしている。

 結界がない頃も、迫る魔物の恐怖を超えて、どうしても故郷と連絡を取りたい人がいる。

 召喚勇者の武力とアイテムボックスをもって、連絡係兼荷物運びをしていたが、最近はタウンハウスから領地に戻る、貴族の引っ越し業務もこなしている。


 ま、要は物知りだ。


 「南って言うと……

 出てもオーガくらいな感じか。ま、最低限頭は使っているみたいだな。」


 15号と16号は馬鹿だ。

 自分の実力を過信する。


 1度わたしにも絡んできたため、殴った後ゴブリン村に叩き込んだ。


 敵わないものがいることくらい、学んでくれると嬉しいよ。


 「今は結界が出来たばかりで、魔物達もよくわかっていないと言うか、国に入り込もうとして見えない壁に阻まれて騒いでいる場合などがあって、そういうヤツを倒して感謝されているようですよ。」


 それはいい傾向だ。


 けれど、圧倒的に足りないだろう。

 奴らは承認欲求の塊だ。


 「ありがとう、終。あいつらの居場所が知りたかった。」

 「ええ。いいですけど、なんで?」

 「あの2人は、この世界の人間が圧倒的に魔物に無力で、勇者である自分に酔っていたんだ。

 結界が出来た。感謝はされても今までとは違う。そういう不満が爆発する。」

 「え?まさか?」


 朔夜達を闇討ちするくらいなら、まだいい。

 戦いたくないだけで、おそらく圧倒的に朔夜が強い。

 今は大切にしているリーシャの存在もあるし、ためらわず撃退してくれるだろう。


 ただ問題は、彼らが『結界システム』を壊そうとすることで……


 「馬鹿だからな、あいつらは。子供の癇癪だ。後先考えない癇癪で、もし誰かが犠牲になるなら、」


 万一システムを壊されても、朔夜達がいる限り修復はきく。

 けれどそのタイムラグを、お預けを食らっている魔物達は見逃さない。

 大量の犠牲者が出るかもしれない、馬鹿なことをしでかすだろう人間は、事前に警告しておかねばならなかった。


 「わたしは許さない。」


 はじめは八つ当たりだったが、わたしが10年間守り続けたこの世界を、やっと平安を手に入れた人々を、苦しめるなら容赦はしない。


 珍しいマジトーンに、

 「……」

 「千夏……」

 いちごやほむらまで言葉を失う。


 「ドラゴンの森がある北、地竜が這い回る東には手を出さないでしょう。いるなら南か西ですね。」

 「うん。」

 「デモンストレーションに行くんでしょ?」

 「うん。」


 頷くわたしに終が言った。

 

 「ああ、でもすぐにじゃなければ、3泊4日くらいの旅なんだけど、17号さんと30号さん、貸してくれないですか?」

 「大崎いちごだ。」

 「悠木ほむら。」

 「ああ、いちごさんとほむらさん、か。明日から、西のグレイブズ領に行くんだよ、俺。」

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