第53話 召喚勇者3号 加藤終

 急に背中がゾワッとなって、身震いする。

 「うわっ、風邪ひいたかな」と、独り言ちた。


 俺は市場にある拠点で、その日の売り上げを計算をしていた。


 1階が店舗兼事務所、2階が居住スペースだ。


 俺の名は加藤終(カトウシュウ)。9年前にアルスハイドに召喚されて、3年前に勇者を引退、今は商人をしている。


 この前30歳になった。なってしまった。


 どうも俺の人生は間が悪いというか、基本不運だ。


 だから、突然の寒気を馬鹿にしない。

 体が資本‼

 俺は、『日付』と、『収入』と『支出』、『差額(現在の有り金)』の欄しかない、小遣い帳並みの収支記録を閉じ、寝ることにした。


 アルスハイドには、日本のコピー用紙のような真っ白な紙はないし、もちろんノートなどはない。

 自作したのだ。


 俺に金の管理の大切さを教えたのは、21歳までの日本での生活。


 俺は施設育ちだった。

 強いものは幅を利かせる社会の縮図だ。しっかりしないと数少ない個人の物も無くなってしまう。


 乱暴な奴も、泣き虫も、陰湿な奴も、何がそんなに楽しいのか、やたら陽気な奴もいた。


 親が不幸にあったり、どうしても経済的に無理で連れて来られたり。


 それでも生まれてこの方施設にいる、俺よりましなんじゃないかといつも思うよ。


 施設を卒業するタイミングで詳しく聞いた。

 俺の親はおそらく10代で、1人で子供を生み、最初から無理だと施設に預けた。

 住所や名前はすべて嘘で、最初から引き取る気がない質流れ品が俺だ。


 ちなみに、『加藤』はその時の母の偽名、『終』はその施設でその年預かれる人数の限界だったのでつけられた名だ。


 唯一のラッキーだった事案で、俺はこの時全部の運を使い切ってしまったらしい。


 俺は足が速かった。

 それこそ、それで進学できるレベル、就職できるレベルの足だった。

 非公式なら、高校時代に100メートルを10秒02だ。


 でもね、スキル?『間が悪い』が発動する。


 大会のたびに腹痛や風邪、果ては乗っていたバスが動かなくなる等の奇跡が起こり、結局無名のまま高校を終える。


 施設は大学進学なら20歳過ぎまで暮らせるが、基本高校卒業で1人立ちだ。


 で、内定をもらっていた工場が、2月に倒産した。

 すごいな、スキル?『間が悪い』。


 慌てて小さな宅配会社に、契約社員でもぐりこんだ。

 どブラック、辛うじて週に1日休めるだけで、残業に次ぐ残業だったけれど、まあまあ、必死で生きてきた。


 あー、免許だけは取らせてもらっていて、マジ良かった。


 3年働いて、そういう環境ゆえに定着率最悪、あっという間に古株になった俺に、やっと社員登用、主任になるという話が出た頃、トイレに入った途端、何故か勇者召喚された。


 いや、さぁ……

 ズボンは半分くらいまでしか脱いでなくて、トランクスは履いていて、良かった、のか?


 まあ、そういった生い立ちだから、俺は日本に未練はない。

 いや、漫画を初めとしたカルチャー全般には未練はあるが、特に大切な存在もなく、生活の便利さなら徐々に召喚勇者の助言のお陰で、異世界の方も向上してきているし。

 

 召喚後6年間は真面目に勇者をして、ちょうどその頃、5号と6号が結婚して引退すると言い出した。

 ならついでにと、3号勇者の俺と、4号も引退。


 4号は元農家で、城下を離れて農業をするらしい。

 5号(♂)と6号(♀)は大学生だったらしく、この世界の地図を作ると旅立った。


 じゃあ、俺(3号)は?


 で、始めました『勇者の宅急便』。

 

 前職が宅配業者だし、この世界の勇者にはアイテムボックスがあり、ほぼ無限の容量だ。

 スキル?『間が悪い』が発動して、ひっ転んでも壊れない。


 俺の本当のスキルは『飛び足』。

 文字通り『飛ぶ』ように、自動車と比べるのもまだ足りない、超特急並みのスペードで行動できる。


 ちなみに称号は『スピードスター』で、これほど運送業向きの人間が他にいるか?

 いや、いない。


 少し前に18号が国に結界を張り、魔物の危険が無くなった。

 国の中央なので、自領にいるより安心だったのだろう、城下のタウンハウスにいた貴族達が、ぼちぼち帰り始めている。


 アイテムボックス様様だ。引っ越し業も始めたよ。


 アルスハイドは勇者に理性的だ。

 召喚した責任なのか、勇者時代も十分以上の給料を、引退後もその半分を年金でくれる。

 仕事も順調。


 まあ、アップダウンが……と言うか、ダウンの激しい俺の人生だ。


 そろそろ何かありそうだと立ちかけたフラグは……


 気にしないこととした。

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