第30話 無力な僕達

 「はあっ、はあっ」と、リーシャの荒い息が聞こえ始めた。


 「ヒール」と呟くと、少しの間安定する。

 その繰り返しだ。


 あの、魔法結界の起動の日に、リーシャは倒れた。

 支えを失った人形のように、パタンとその場で崩れたから、

 「リーシャ‼」

 「リーシャちゃん‼」

 「リーちゃん‼」と、三者三葉の声を上げる。


 僕で、伊藤健介さんで、高橋正直さん、だ。


 抱き上げた小さな体は熱く、肩で息をしていた。


 リーシャは喋れない。

 元々は活発で普通に話していたらしいが、村をコボルトに襲われ、目の前で家族を食い殺されて以来、口から言葉が出なくなった。


 世界を拒否している訳ではない。

 時々パクパク口を動かし、けれど音声は出てこない。


 話したいのだと分かる。

 必死で立ち直ろうとしていた、なのに‼


 回復魔法は病気までは治せない。

 ヒールは基本怪我の治癒だ。


 病気は別。


 隠れ家で、ベッドに寝かせた少女は苦しげで、ただの風邪ではないのだと思う。

 

 僕達は魔石による結界システムを作りあげた。

 いつ魔物に襲われるかわからない、不安な暮らしからアルスハイドの人を解放した。


 けれど、それをよく思わない人間もいる。


 同じ召喚勇者の15番目と16番目、僕より少し先輩だ。


 彼らは有体に言えばヤンキーで、より残忍に魔物を殺す、『殺し』自体を楽しんでいるような人達だった。


 『余計なことをしやがって‼』と、彼らが怒っている。

 僕達に制裁を加えようと狙っているらしいので、うかつに街を動けない。


 それでも、僕達3人には気配遮断のスキルがあるし、偶然の出会いに気を付けながら、リーシャを医者まで連れて行った。


 医師の見立ては?


 「肺の調子が悪いようだ」と、それだけだ。


 この世界は、僕達がいた時代の日本より、文化の水準が遅れている。

 

 ただの風邪でも拗らせれば死ねる。

 そういう世界だ。


 対処療法として、ヒールをかける。

 最初は半日くらい保った効果が、今は数時間しか効かない。


 根本にある病気は、悪化している?


 ねえ?神様。

 どうしたらいい?


 僕はリーシャを失いたくない。

 考えれば、目の前で家族が全滅すると言う、ある意味死ぬより辛い思いをしたリーシャを、あなたはまた連れて行こうとするの?


 勇者にもいろいろあって、3人の中で、僕しか回復魔法が使えない。


 健介さんと、正直さんには使えないから、僕がずっとリーシャを見守る。

 苦しそうならヒールする(その場しのぎだ)。


 2人は街に出て、食料を調達したり、情報を集めた。

 勿論『気配遮断』を使いながら。


 「ただいま、朔夜。」

 「どうだ、リーちゃんは?」

 

 戻ってきた2人に、黙って首を横に振る僕。


 本当にもう、どうしたらいいか……


 と、隠れ家にしている、日本で言うなら賃貸アパートみたいな部屋の前から、

 「あー、ここだ、ここ。」

 「ふーん。ここかぁ」と、場違いなのんびりした声が聞こえた。


 一瞬、15号と16号かと緊張したが、しかし声は女の人だ。


 「あーっ、18号?

 わたしは幸田千夏、初代勇者。ドアを開けて欲しい。」


 幸田千夏さんなら、召喚の時お世話になった。

 ぶっきら棒で面倒くさいふりで、しっかり僕を導いてくれた。


 彼女なら大丈夫だと、ドアを開いたその前に。


 「やっほー‼召喚勇者30号、大崎いちごだよ‼」


 金髪の、キレイ系の人がいた。


 千夏さんは、隣で苦笑いしている。

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