第29話 少女と、残酷だった世界の終焉

 あの日から悪い夢ばかり見る。


 うなされる。

 よく眠れない。


 もう1年も経ったのに‼


 いや、1年しか経っていないのか?


 あたしの村は魔物に襲われて壊滅した。

 

 犬のお化けだ。

 サクヤ君は、『コボルト』と言った。

 人よりも大きくて、人よりも速くて、逃げるなんて出来なくて。

 

 あたしの村は、アルスハイド王国の西の端、魔の森と接する場所にあった。

 そう言う土地柄だから、

 『いつ魔物に襲撃されてもおかしくない。』

 『万一の時はすぐ逃げるように』と言われて、育ってきた。


 けれど、幸か不幸か?あたしが生まれて6歳まで過ごすその間に大きな襲撃はなく、みんなどこかで思っていた。

 この村は大丈夫なんじゃないかと。


 時々、緑色の小さな鬼(大人達はゴブリンと言った)が入り込むことはあったが、多くても3体くらいで、村の大人でも撃退出来た。


 大丈夫なんじゃないか?


 いや、大丈夫な訳がなかったと気付かされたのは、1年前。


 村の半鐘が鳴っていた。


 非常事態を告げる鐘の音は……

 すぐに途切れた。

 叩く者がいなくなって、血だまりが広がっていたらしい。


 100頭を超えるコボルトの侵入。

 長い冬が終わった後で、彼らは酷く飢えていた。


 狂乱し、逃げ惑う人々。

 家に籠っても、粗末な辺境の村の家など盾にはならない。一瞬で、それこそ爆発したような勢いで壊されて、化け物達に引きずり出される。

 生きたまま食らわれる、阿鼻叫喚の叫び声。


 あたしの目の前で、父さんが食われた。

 母さんも。

 妹も。


 あたしが最後になったのは、隠れていた訳では無い。

 

 親子4人で暮らしていた、小さな家に籠っていた。

 爆散する天井や壁。

 泣きはらした目に空が映った。

 

 引きずり出される順番が、偶然最後だった、それだけだ。


 今際の際の、母さんの叫び声。

 一瞬で噛み砕かれた、妹は声を上げる暇さえ無かった。

 父さんも、腕を食われ、腸をすすられ、くぐもったうめき声を出していたが、目から光が消える一瞬前に、あたしを見て無理やり笑った。


 「‼」 


 何を託されたか分からない、その笑顔に……


 ガシャンと、心が砕ける音を聞いた。


 あの日から言葉が話せない。

 頭の中は饒舌なのに、口からは何も出ない。


 あたしと世界をつなぐ窓は、大きく損傷し……


 あたしを含め、4分の1になった村人を助けたのは勇者だった。

 村に駆け付け、コボルト達を倒してくれた。

 異世界から召喚された、人を超える力を持つ国の守護者。


 ギリギリで助かった命。

 同時に、両親と妹との幸せだった暮らしの、その全てを失った命。


 そんな消え去ってもおかしくない小さなあたしに、声をかけてくれたのがサクヤ君だ。

 「僕と一緒に行こう。」

 

 差し出された手を取ったから、今のあたしがいる。


 「その子はリーシャと言います。」


 話せなくなったあたしの代わりに、村の人が伝えてくれた。


 良かった。

 このまま名前まで伝えられなければ、あたしはまた1つ、あたしを失う。


 本当に良かった。


 喋れない、うまく感情を伝えられないあたしに、

 「僕、もう2度とこんな悲劇が起きないような世界を作るよ」と、サクヤ君は誓う。


 その後、ケンスケ君とマサナオ君が仲間になった。


 王宮の城下町に住んで、3人は毎日あたしを連れて出かける。


 返事は出来ない。

 言葉が出ない。


 それでもあたしに話し掛け、3人は教会のような建物と、おかしな装置を作り上げた。


 最後に魔石をセットして、

 「やったよ‼リーシャ‼」と、サクヤ君が言った。


 「これでもう、魔物はこの国に入ってこれない‼もう2度と殺されない‼もう大丈夫だ‼」 

 「良かったね、リーシャちゃん‼」

 「リーちゃん、よかった‼️」

 「ごめんな、リーシャ。君に間に合わなかった。君の家族を殺させた。ごめんな、リーシャ。」


 サクヤ君に泣きながら謝られた時、

 『そんなことない‼』と言いたかった。


 確かにあたしの家族には間に合わなかった。

 そのことは残念だし、悲しいと思う。


 でも‼


 それはサクヤ君が謝ることではないと思う。

 

 サクヤ君は皆のために必死で結界を作り上げた。


 すごい人だ‼

 大好きだ‼


 伝えたいのに話せないまま……


 この1年、精神的に塞ぎ込んで、食事も多くは食べられなかった。

 

 いや、サクヤ君達は十分な食事も与えてくれたが、食べると吐くの繰り返しで、体は弱り切っていた。


 結界が実現したその日から、あたしは高熱を出し寝込んでしまう。



 


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