第26話 召喚勇者1年生だった頃の思い出

 「なあ、千夏。」

 「ん?」

 「王宮ってさ、皇居に似てねえ?」

 「……すっごいとこと比べてきたな。」


 思わず突っ込んだわたしだけれど、確かに似ているかもしれない。


 召喚されて10年経つ。


 向こうでも城の概念は国それぞれで、西洋風のまさにファンタジーな感じの城に、日本風には天守閣のある城、中華風には故宮など。


 アルスハイドの王宮は広大な敷地を堀で囲み、中央に今わたし達も部屋を借りている、大福の住む中心になる建物がある。

 城は4階建て。

 あまり高層化はしていない。


 その周囲に離れや、騎士団の常駐スペースや、倉庫、王宮で働く人の宿舎まである。

 

 なるほど。

 ただっ広い場所に、点々と建造物があったり、庭園があったり。


 皇居に例えられるかもしれない。


 そう言えば、わたしは関東圏の大学病院もある大学で、研究職に就いていた。


 ジョギングに行ったことあるな、皇居。


 もう拘っていても仕方がないし、それだけの時が流れている。

 普段は全く思い出さない。

 10年前の風をふっと感じて……


 父と母は元気だろうか?

 実家の病院は、6歳上の兄が継いだ頃だろう。


 きっと、あっちは大丈夫。


 いちごと共に、門を出た。

 王宮の周囲は石造りのしっかりとした建物多数の、貴族街だ。


 貴族街を抜け、市民街に出たら18号探し。


 「何、ここら辺?大きな建物ばかりじゃん?」

 「貴族のタウンハウス。」

 「やっぱ貴族はいるんだ?」

 「ん。」

 「さっすが異世界ものの定番。」

 

 ヒューッといちごは口笛を吹く。


 ほんと、何なんだろう?

 最近の子の話の早さは。


 貴族街は得意ではない。

 いつも足早に通り過ぎる。


 この国に連れてこられて、1年目の終わり。


 勇者もわたしと、2号である北見陽太(キタミヨウタ)しかいない。

 

 いくら『県』程度の大きさの国とは言え、周囲全てが魔の森で、2人で守るには無理があった。


 わたしには移動魔法がある。

 しかし、それでも行ったことがない場所には行けない。


 北の辺境の村がゴブリンの大群に襲われていた。


 行ったことがない場所だったために時間がかかった。

 村は半壊。


 そしてそこにもたらされた急報が、城下に出現したドラゴンだった。


 竜種は空を飛ぶ。

 行儀よく辺境を襲うはずもなく、いきなり国の中心部を急襲した。


 知っている場所だから転移出来る。


 ただ、情報をもたらすためのタイムラグは致し方なく……


 「あれ?あそこは崩れてるな。誰も住んでいないのか?」


 いちごが指差す先には、崩れたまま放置され苔が生えた屋敷がある。


 あの日、市民街と貴族街の境くらいに降り立ったドラゴンは、人々を殺め食料とした。

 被害者は1000人を超えた。


 わたしが聖剣で、

 『魚肉ソーセージ』みたいに切り刻んだ、最初のドラゴンの記憶である。


 勝手に召喚されたのだし、そんな真面目に勇者‼たる必要はない。


 そしてそんなつもりもないのだが、やはり何かあるより無い方がいい。例え赤の他人でも、みんな無事で、平和に過ごすことが出来ればそれがいい。


 わたしにとって貴族街は、救えなかった街なのだ。


 「さあね。」


 平静を装ったつもりだった。


 そっけなく答えた途端、頭をわしゃわしゃ撫でられた。


 いちごだ。


 「は?何すんのよ、いちご?」

 「いや、なんか辛そうな顔してたから。」

 「10歳も上の人間を撫でるな‼ペーパーナース‼」

 「は。忘れてたわ、ロリバアア。」


 軽口をたたきながら、思う。


 雑なのに、よく見てるな、この子。


 雑だけど……

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