2章 王宮拠点に通勤します

第21話 召喚勇者18号 山田朔夜

 「やった‼️召喚出来たぞ‼️」

 「魔石でも呼び出せましたよ、アルスハイド王‼️」

 「アルスハイド、万歳‼️」


 いろいろな声が聞こえた。

                  

 その声は日本語に聞こえたが、別の言葉だと分かっている。

 

 理屈じゃない。

 

 そう言うものだと分かっていた。


 そして、足下が雨に濡れたアスファルトではなく、磨かれた石の床だと理解した時。

                 

 ああ、これ、異世界召喚だ。


 僕はここ数年、その手の小説や漫画ばかり読んでいた。

 

 だから、気付いた。


 読んでいた数年間、ずっと異世界に行きたかった。

 現実なんて、辛いだけで。


 僕は今高2だが、中2の頃には苛められていた。

 学校も休み休みで、ただでさえ苦手な勉強が壊滅的なレベルになる。


 僕は……

 平たく言えば、『馬鹿』なのだ。


 普通科には入れなくて、水産高校に進学した。

 地元で有名なヤンキー校。

 ヤンキーか、コミュ障気味の弱キャラしかいない。


 僕は当然、後者だった。


 1年目は、クラス中のヤンキーの使い走りとして、なんとか過ごした。


 クラスは……

 ヤンキーが8、弱キャラが2。


 2しかいない弱キャラに、手当たり次第に使い走りがくる。

 「山田。炭酸系、買ってこい。」

 「朔ちゃん、俺らにも、な。」


 1度として代金は回収出来ず、昼飯代が彼らのジュースやパン、果てはタバコに化けたが、直接攻撃が来ないだけましだった。


 2年目の秋、クラスのヤンキーの中でも質が悪い、在原君に目をつけられた。


 彼も馬鹿だ。


 いや、不良活動が上手じゃない、と言う意味で。


 大抵のヤンキー達は『程度』を知っていて、これ以上殴れば事件になって自分も破滅する、とか、これ以上金銭を要求すれば……以下同文、になると分かっている。


 在原君にはそれが分からない。


 金は取らないが、憂さ晴らしに殴る蹴るの暴行を加える。


 他クラスまで含めれば、都合5人を辞めさせている。


 今考えれば、僕も何で辞めなかったんだろう?


 あの動物園みたいな学校に、苦しい思いをしてまで通う、そんな価値も無かったのに⁉️


 殴られれば痛いから、極力在原君との接触を避けた。

 授業が終われば逃げるように帰ったが、2日に1回は捕まって、殴る蹴る、だ。


 こうなって、1番キツかったのは家族の反応だ。


 僕はしょっちゅう顔を腫らし、ボロボロに汚れて帰る。


 けれど、家族は黙殺した。


 僕には国立大学に現役合格した兄と、地域1の進学校に入った弟がいる。


 味噌っかすの次男だ。


 ああ、異世界に行きたい。


 高2の終わり、また僕は殴られていた。


 在原君は馬鹿だ(2回目)。


 雨の路上で暴行に及ぶ、彼の姿をみんな見ていた。


 道にはガードレールがあり、その向こうは崖になっていた。


 そして、蹴飛ばされ、バランスを崩す。


 在原君に突き落とされた見た目で、僕はアルスハイドに召喚されたのだ。




 蛇足だが……

 誰が見ても、人を『突き落とした』在原は、警察に確保された。

 捜しても捜しても、朔夜は出てこないので解放されたが……

 悪評が広まり学校を辞めた。

 大人の荒くれ者の世界に自信満々で進み(←やはり馬鹿)、太刀打ち出来ず3日で逃げる。

 もちろん簡単に逃がしてくれる世界ではなく……

 馬鹿にされ、年下にも殴られ、

 『生涯下っ端無能』の称号?を得たのは、また別の話である。


 そして、息子が突き落とされて行方不明になり、朔夜の家族が半狂乱で泣き叫んだことも、本人が知ることはない。

 動けなかった、正しい行動を取れなかった自分達を後悔し続けて生きるのだ。

 救われない話だった。

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