第5話 絶望から大幸運へ!

「とにかく、君のずぶれの格好を何とかしよう」


 レックスは私を、城の裏手の扉から、城内に連れていってくれた。


「彼女に、あたたかいお風呂を準備してさしあげて」


 レックス王子は、侍女じじょに言った。


「まあ! この方が例の、ターニャ様ですか?」

「あっ、ああ。ターニャはどうやら、級友に意地悪されて、ほりに突き落とされたらしい」

「なんてこと!」


 ロザリナという侍女じじょは、最初はびっくりしていたが、やがて……。


「そうですか、そうですか。あなたがターニャ様だったのね」


 彼女は私に、ニコッと笑いかけた。とてもやさしい、親切な笑顔だった。


「さあ! ターニャ様、こちらへ。お風呂はすでに用意できております。何も心配なさる必要はございませんよ!」

「は、はあ」

「じゃ、僕も準備をしなければならないから。後でね」


 レックス王子は、さっさと行ってしまった。


 私は何が何だかわからず、とにかく侍女じじょの言われるままに、城内のお風呂場に案内された。




 風呂場はとてつもなく大きかった。獅子ししの口からお湯が出て、大きな浴槽よくそうに流れ出ている。


 私は香油とハーブの入った、良い匂いのするお風呂に入ることになった。


 そして、お風呂から上がると、ドレスが用意されていた。


「え、えええ?」


 そのドレスは、プラチナ色の、シルクで出来た最上級の代物だった。そして頭には、ダイヤモンドがあしらわれたティアラをかぶることになった。


 ドレスの手触てざわりはすべすべ。アクセサリーは、エメラルドのネックレスとルビーの指輪だ……。


「す、素敵!」


 私は思わず、声を上げざるを得なかった。ロザリナは胸を張った。


「すごいでしょう? これはね、レックス王子の亡くなったお母様のものなのですよ」

「そ、そんな、私などにはもったいない」

「いえいえ。倉庫にしまておくほうがもったいないですわよ。さあターニャ様、あなたはこれから、学生懇親会こんしんかいパーティーにご出席するんですよ」

「え? は、はい!」


 おほりでずぶれだったのに、なんという幸運!


 私はシャルロ城専属の美容師さんにより髪の毛を整えられ、化粧もなされた。


 化粧がひと段落して、廊下のソファで休んでいると、聞き覚えのある声がどこからか、聞こえてきた。


「レックス王子、まだ来てくださらないのかしら~」

「待ちきれないわ!」

「この城の侍女じじょたちの話を聞いたわ。レックス王子はびっくりするほど美男子だって。楽しみ!」


 グロリアたちの声だ。


 私がカーテンを開けて、ホールの中をちょっとだけのぞくと、そこは学生懇親会こんしんかいのパーティー会場だった。ルバリック学園の生徒たちが、王族の方たちと話したり、ゲームに興じている。


 王族専属の歌手の歌や演奏も、披露ひろうされているようだ。


 カーテンのすぐ近くでは、グロリアたちがご馳走ちそうを食べて、果物の飲み物を飲んでいる。


「まったく、ターニャは最悪に運が悪い子ねえ」


 グロリアは声を上げて笑っていた。取り巻きも賛同している。


「本当だね、まったく」

「こんな日におほりにドボン! だなんて。笑っちゃう」

「キャハハ! 本当に良い気味だわ。あいつ、生意気だったからさ」


 私は、「あなたたちが突き落としたくせに……」と言いたくなったが、ぐっと我慢してカーテンを閉じた。


「ターニャ、こんなところにいたのか」


 後ろを振り向くと、レックス王子がいた。


「あ、ちょ、ちょっと待っていてください。レックス王子」


 私は急いで、自分の持ち物が置いてある場所にいき、レックスからもらい受けたあのかさを手渡した。


「お返しいたします」

「ほほう、持って来てくれたのか。うむ……」


 レックスはかさを見つめてから、私の顔、衣装、ティアラなどを見た。


「うむ、美しい」

「あっ……ど、どうもありがとう」

「だが本当に美しいのは、そなたの心だよ。意地悪した級友たちに、仕返ししようとしなかった」

「が、我慢しただけです」

「それでも素晴らしい」


 レックス王子は、ニコッと笑った。


「さあ、僕と一緒に、パーティー会場へ参上しよう。手をつないで!」

「ええ? あ、あなた様とですか? て、手をつなぐ?」


 信じられない! ずぶれだった私が、レックス王子と一緒に、パーティー会場へ行くことになるなんて!


 しかも、手をつないで!

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