第3話 その頃、レックスは

「レックス王子、あなたは一体何を言いたいんだね!」


 マッキンデリー公爵こうしゃくは、レックスをにらみつけた。


 すると、レックスは答えた。


「私の考えでは、あなた方から武器を買う必要はないと考えています」

「レックス王子、いけませんな」


 マッキンデリー公爵こうしゃくは、首を横に振りながら言った。


 ここは、シャルロ王国のシャルロ城、赤鷲あかわしの間。シャルロ王国はエクセン王国の隣国りんこくだ。


 レックス・リベイラは、シャルロ王国の王子だった。


「戦争から逃げてはなりませんぞ!」


 マッキンデリー公爵こうしゃくは声を荒げた。マッキンデリー一族は、王族相手の武器商人でもある。


「人間は、戦争から逃れられないのです。あなた方シャルロ王国も、戦争を起こさなければならない! 武器を手に取り、血を見なければならぬ。先人もそのようにして、平安を勝ち取ってきたのですぞ!」

「僕は、そのような暴力的なことは望みません」


 レックス王子は背筋せすじを正し、座り直して言った。


「国の領土を広げるために、あなたから買った武器で人を殺すのですか? 私はそんな売買に参加したくはありません」

「……なんたる腰抜けだ。シャルロ国王、これが次期国王ですか? 息子さんに言っては失礼だが、私ははっきりものを言う性格でね!」


 マッキンデリー公爵こうしゃくは、眉をひそめてレックス王子を見た。公爵こうしゃくは武器を売っているからこそ、大金持ちとして生活できるのだ……。


 黙っていたシャルロ国王は言った。


「レックス、マッキンデリー公爵こうしゃくの言われていることは正しい。少なくとも今の時代は、戦争で勝ち残っていかねばなるまい」

「では、平和はいつ戻ってくるのですか?」


 レックスの言葉に、マッキンデリー公爵こうしゃくが答えた。


「戦争によって、平和を勝ち取る!」

本末転倒ほんまつてんとうだ」

「もう良い! まったくたいしたおぼっちゃんだ!」


 マッキンデリー公爵こうしゃくは、バーンと立ち上がった。


「武器は、必ず買っていただくことになる。買わざるを得ないはずだ。泣いて、我々に飛びつくだろうね」


 公爵こうしゃくはそう言って、部屋を出ていった。


「レックス」


 国王は腕組みをして、息子に言った。


「今日の交渉は、全てお前に任せたが──。とても今のお前には、次期国王をがせられん」

「と、父さん」

「ゴホッ、ゴホッ」


 国王はき込んだ。


「大丈夫ですか!」


 レックスは父王の背中をさすった。


「すぐに医者を呼びましょう」

「いや大丈夫だ。むせただけだ。そんなことより」


 国王は言った。


「レックスよ、考え直せ。戦争は人を殺す。確かにな。しかしそうしてこそ、国は繁栄はんえいしていくのだよ」

繁栄はんえい? 繁栄はんえいとは?」

「自分で言っていただろう。領土、領地を広げるということだ」


 レックスは首を横に振り、部屋を出ていった。


「レックス! 話は終わっていないぞ!」


 父王の声が、赤鷲あかわしの間でひびく。


 ああ……この気持ちをなぐさめてくれる人はいないだろうか。



 レックスは部屋を出て、廊下の壁に手をついた。


 そのときレックスの頭の中に、今日の昼に会った、少女の顔が浮かんだ。


(確か──ターニャと言ったっけ。雨にぬれていたな)


 心の美しそうな子だった。ああ、彼女ならもしかしたら、僕の心の痛みを取り除いてくれるかもしれない。


 しかし、どうやって会えば良いのだ?


 いや、彼女は多分、平民だ。王族の僕が、しかも他国の少女を好きになってはならぬのだ。──きちんとしなければ。


 レックスは階段横で待機していた、執事しつじ、セバスチャンに言った。


「セバスチャン、そこにいたのか。父は状態が悪い。医者を呼んで、てやってくれ」

「はっ、分かりました」

「セバスチャン」

「なんでございましょう」

「戦争は必要なのか? 人を殺さなくてはならないものなのか」

「私個人の考えでは、無いほうがよろしいかと。ぼっちゃまの母君も、紛争ふんそうで命を落とされました」


 セバスチャンは続けた。


「しかし、ぼっちゃまも顔が真っ青では?」

「剣術と馬術の稽古けいこ、語学や数学の学習など、いそがしかったからな」

「私は恋わずらいかと」


 セバスチャンは笑って言った。


 おや──レックスは何も答えない。


「おや、どうなされましたか? もしかして、先程の娘が気になるとか」

「ああ──いや」

「確か、あの娘さんは、ターニャとおっしゃいましたな」

「僕は恋わずらいなどしている暇はない。冗談はよしてくれ」


 レックスはそのまま、自分の部屋に行ってしまった。


 するとセバスチャンは、レックスの様子を心配して見ていた侍女じじょのロザリナに言った。


「今度の、学生懇親会こんしんかいはどこになったかな?」

「い、いえ、今月はどの学校か決定しておりません」


 ロザリナは言った。


 学生懇親会こんしんかいとは、シャルロ城で開かれる、学生を呼んで行われるパーティーだ。


 学生とシャルロ王族のほほえましい学生懇親会こんしんかいということで、報道機関も好意的に扱ってくれる。30年続いている伝統ある行事だ。


「ふむ、確か、あのターニャという娘は、エクセン王国の『ルバリック学園』の制服を着ておったな」


 セバスチャンがつぶやくと、ロザリナは驚いて言った。


「エクセン王国のルバリック学園ですか? 国外の学校ですよ」

「そうだが、国外の学校の生徒を呼んではならん、という規則はない。来週の学生懇親会こんしんかいは、エクセン王国のルバリック学園にしなさい」

「はい、分かりました!」


 侍女じじょのロザリナは、深々と頭を下げた。


 ターニャはきっと、レックス王子と再会するだろう。

 

 これで、レックス王子が元気を取り戻してくれると良いが……。


 セバスチャンはため息をついた。

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