第2話 傘をくださったお方

 かさを差した背の高い男性は、私に言った。


「びしょぬれじゃないか」


 彼は白い服を着た、若い男性だった。


「も、申し訳ございません」

「僕にあやまる必要はないさ」


 男性は、ニコッと白い歯を見せて笑った。彼は、ずっと私の頭上に、かさをさしだし続けてくれている。

 

 自分は、雨でぬれているのに……。


「僕の名前はレックス。レックス・リベイラだ。17歳の学生だよ」


 レックスは背が高く、黒髪。とても整った顔立ちだ。まるで劇場の役者のよう。


「わ、私はターニャです」

「ターニャか……。セバスチャン、おい、セバスチャン」


 レックスが声を上げると、馬車から初老の紳士が出てきた。手には、閉じられたかさを持っている。


ぼっちゃま、かさがもう1本必要でございましょう?」

「そうだ。この子に差し上げるかさだ。セバスチャン、気が利くな」

「ええっ?」


 私は驚いて聞いた。


「あなた様のかさを、私に?」

「そうだよ」


 レックスはニコッと笑った。


「ターニャ、君が風邪をひいてしまうじゃないか。さあ、かさを持って行ってくれ」

「まあ、なんてこと」


 私はかさを左手に渡されながらも、首を横に振った。


「あなた様の大事なかさを、いただくわけにはまいりません」

「さあ、立って」

(あっ……)


 レックスは私の右手をやさしく取り、地面から起こしてくれた。


 彼は見れば見るほど、輝いて見える。白い学生服を着ているが、珍しい。どこの学生だろう?


 彼は本当に心配そうな顔で、私に聞いた。


「怪我はないかい?」

「そ、そこまで心配なさらないで。大丈夫です」

「そうか、とにかくこんな雨の中、ずっと地面に座り込んではいけないよ」


 私は顔が真っ赤になっていただろう。恥ずかしかった……。


「──ぼっちゃま、マッキンデリー公爵こうしゃくが、そろそろ屋敷にいらっしゃいます。お戻りになりませんと」


 セバスチャンという紳士は言った。きっと、彼はレックスの執事しつじだろう。


「分かった。ではターニャ、僕は失礼するよ。かさは君にあげるから、さして帰ってください」


 レックスはそう言って、馬車に乗ってしまった。セバスチャンも乗り込むと、馬車は駆け出してしまった。


(レックス・リベイラ様……)


 私は、かさをにぎりしめていた。


(なんて、なんて素晴らしいお方なのだろう。あんな優しいお方が、この世にいらっしゃるなんて?)


 私は呆然としていた。


 雨はまだ降っていたが、少し小降りになっていたようだった。

 

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