第終話 魔法剣の使い手
「な、なんで、お前なんかがそれを使ってんだよ!」
ギードがおののきながら声をあげる。
ジョージも、とても驚いた。
ユリウスが魔法剣を使うというのは、杖の形状から言ってある程度は想像出来ることだ。
むしろあんな杖を使っておいて魔法剣を使わないというのは、それは『新しい杖を買えなかった』などの家庭的な事情がうかがえてしまう。
ジョージ達が驚いた理由は、そういう理由ではなかった。
ユリウスの魔法剣は、常に噴き上がる水のように常に柄から可視化された魔法を放ち続けている。
こんなこと、絶対に有り得ない。
魔法剣は、その外見はとても綺麗だ。
魔法騎士の誰もが使えてそれ専用に杖を持つことがほぼ義務となっている。
だが、実用的ではない。 そんなものを、戦うために使う人間は居ない。
その理由は、いくつもある。
まず、『魔法を長く維持し続けないといけない』――常に、魔法の形状を維持し続けなければならない。
それは、その瞬間だけ水を出せばいいなんてものとは難しさがまったく異なる。
たったの数分であろうと、全く同じ形状と輝きを維持し続けるなんて難しいことだ。
次に、『他の魔法を使えなくなる』――魔法を二つ同時に使う魔法使いというのは、多い数ではなくとも確かに存在する。
しかしそれは、あくまでも簡単な魔法との同時発動だ。
魔法剣のように、維持に集中力を必要とするものなど、他に魔法を使っている余裕なんて無い。
そして『接近戦しか出来ない』――魔法が、剣や斧などよりも格上として扱われるのは、遠距離からの魔法が可能という点だ。
かつての時代では、矢を得るためにわざわざ敵に矢を射てもらった軍師も居るというが、魔法にはそんなことは必要ない。
だというのに魔法剣は、そんな魔法の長所を潰してしまっている。
そして『本人の能力が直で出る』――当然だが、より美しく輝く魔法剣を使うには、本人の能力が最重要だ。
他の魔法騎士と並んだ時、その魔法剣がナイフのように短いものであったら、とても惨めだ。
ジョージもやってみたことがあるが、今でもナイフよりやや長い程度に出来れば良い方だろう。
更に、いざ使ってみても本人の能力が足りないばかりに、そこらの棒で殴った方がよっぽどマシという事態も有り得る。
使った時の見栄えには素晴らしいものがあるが、しかしそれだけ。
実用性皆無で、魔法騎士も儀礼でしか使いたがらない魔法。
それが、魔法剣のはずだ。
なのにユリウスが使っている魔法剣は、常に魔力があふれ出すような形を描き続けている。
それも長さは、ジョージが両手を広げた時の長さよりもやや短い程度の、剣としては長く大きいもの。
輝きこそは薄く地味だが、そんなことはどうでもいいほど、ユリウスの魔法剣は立派で美しかった。
しかも魔法が消えるどころか、勢いが衰える気配すらない。
柄から魔力が噴水のように贅沢に溢れて、もはや剣と呼ぶことすらおかしいほどだ。
(そんな魔法剣が、出来るなんて……)
この学院に入れる人間だろうと、たかが十三歳の子供が出来てしまって良いことではない。
大人だって、いいや魔法騎士団に所属していたって、此処までのことはそう簡単には出来ないだろう。
「そ、それは、いったい何なんだよ! 今、何した!?」
ギードも上ずった声をあげる。
第一魔法騎士団に入ると度々言っているギードだから、そんなものを見せられて黙るなんてことは出来ないのだろう。
ギードの友人達も、ユリウスの魔法剣の出来栄えにはついつい見惚れていた。
「驚くことはない。 これは魔法剣だ」
既に分かりきっていることを、ユリウスは堂々と言う。
手にした魔法剣を軽く振るえば、輝きながらも純白の軌跡を描き、しかし形が狂うことはない。
「そんなの分かってんだよ! なんでお前なんかが魔法剣を――いや今、何したって聞いてるんだよ!!」
「それも驚くことではない、俺は魔法剣を心の底から格好良いと認識している。 故に、練習しただけだ」
これも、ユリウスは堂々と言う。
そんな努力や憧れなど、全く感じさせない口調で。
「そして最後の質問も、聞くまでもない。 魔法とは、常により強い魔法に上書きされる。 お前の魔法は、俺の
ユリウスは涼しい顔をしている。
維持するだけで難しいはずの魔法剣を、形を崩れさせることもなく、呼吸を乱れさせず平気で会話したまま。
それがどれほど難しいことなのか、魔法剣を試したことがあるジョージにはよく分かる。
ましてや、それで他人の魔法を消すほどだなんて。
「こ……この程度、だってェ……!?」
ギードは歯ぎしりし怒る。
ジョージですら、魔法剣がどれほど難しく面倒で、効率的でない魔法なのか知っている。
魔法騎士団に憧れるギードなら、尚更そんなものを涼しい顔で扱っているユリウスが、自分と比べてどういった差があるのか、言われなくとも理解してしまったのだろう。
だが、その差を認めたくはないらしい。
ギードは、今にも杖を折りかねないほど、強く強く握りしめる。
「ふざけるなァ!! 『光よ唸れ、激しく飛び撃て』ェ!!」
杖を強く振るう。
さっきと同じ魔法――いいや、さっきよりも強く大きく、多い光球がユリウスへと向いた。
「『飛び撃て』! 『飛び撃て』! 『飛び撃て』ッッ!!」
更に、杖を振るう。
どれほどギードの本気と殺意が込められているのだろう、光球はより数を増していく。
しかし、ユリウスには効果が無い。
魔法剣を振るえば、振るう度に剣に触れられた魔法は斬られ、簡単に消滅する。
ユリウスの魔法剣だけが確実にそこに存在し続ける。
そこには、いったいどれほど絶望的な『才能』の差が、ユリウスとギードの間に存在しているのだろう。
ギードの魔法はなす術もなくかき消されていく。
どれほど唱えたところで、ユリウスの魔法剣の前ではギードの魔法というのは、まるでランプの火に飛び込む羽虫のようだ。
ギードのやっている事には何の意味も無い。
だというのにギードは、必死に唱え続ける。
それらすら、無惨にもユリウスの魔法剣によって消されていった。
軽く振るうだけで、ギードの魔法は簡単に消えていってしまう。
そのたびに、ユリウスは一歩また一歩と、確実にこちらへ近付いてくる。
「おい、お前らもやれ!! あんな奴ぶっ殺してやれ!」
「え、あ、ああ!」
ギードは、呆けていた友人達を睨みつけ怒鳴る。
ユリウスの状態に驚いていた友人達は驚き、だが杖と勇気を持ってユリウスへと魔法を振るった。
「『火、燃えろ。 跳べ』!」
「ほ、『炎よ、たくさん現れて、行け』!」
「『光よ、壁となって相手を潰せ』!」
「『光、光は飛んでいく』!」
ギードのそれに比べれば随分とお粗末な魔法の詠唱だ。
実際に現れる魔法も、ジョージよりは上手だが、ギードと比べれば大したことがない。
小さな火や光が、へろへろと飛んでいく。
そんなもの、ユリウスの前ではただただ無意味で、無価値だ。
ユリウスはそれら退屈な魔法を一瞥すると、簡単に消してしまった。
「この程度の魔法に、意味があると思っているのか?」
ユリウスの声が響く。
ギード達を見る目は、非常に冷たい――さっきまで友達だと一方的に思っていた相手にするものではない。
その視線を向けられるだけで、ジョージですら背筋が寒くなる。
「――ひっ、ひいぃっ!!!」
一人が後ずさり、それにつられたように一人また一人と動く。
彼らにあるのはユリウスに対する明確な恐怖だ。
『絶対に勝てない』と、ユリウスにそう思わされてしまった。
それが、彼らにとっての敗北の、決定的な瞬間だ。
「うわあああ!!」
一人が逃げだす。
すると残る三人ともユリウスに背を向けて、無様に逃げ出してしまった。
ユリウスやジョージ、ギードのことすら放り出して、命を優先した。
「おい!!」
残されたギードが、彼らの背に向かって声をかける。
しかし、誰一人としてその声に応えない。
「くそっ! なんで、なんでだよッ!!」
ギードは彼らをすぐに見限り、悲鳴にも似た声をあげる。
ユリウスのその一切揺らぐことない無機質な表情で、ギードの魔法を無慈悲に打ち消していくその姿は――恐怖でしかなかった。
確実に一歩前へ、簡単に魔法を消している。
『ユリウスには勝てない』という絶対的な恐怖を刻むには、十分すぎた。
ジョージはごくりと喉を鳴らす。
「なんで当たらねぇんだよ! くそがっ、くそが!! やっぱり、魔法薬なんか飲んでやがるな!?」
「必要があれば飲むが、今はそのような必要を感じない」
ユリウスの魔法剣は、揺らぎもしない。
これだけの時間維持して、魔法を消して、なのに消えるどころか形を歪ませることはない。
「くっ、この、このッッ!!」
ギードは更に魔法を唱える。
集中も乱れてきたのか、ユリウスにかすりもしないような魔法が増えてきた。
ユリウスは、自分に当たりそうな魔法にだけ対処し、当たらない魔法には一瞥することなく動かない。
ギードの行動は無意味で、無価値すぎて、いっそ哀れになってくる。
朝の授業のドッヂボールは、ギードがずっとなんとかしてユリウスを負かせようとしていたが、ユリウスには何の効果も無かった。
きっと今のユリウスも、まるで本気になっていない。
勝負するまでもなく、ドッヂボールだろうと魔法当てだろうと、ギードはユリウスに勝つことは出来ないのだ。
「……ところで」
ユリウスとギードの間にある距離は、残りたったの五歩。
「お前の『歓迎』はもう終わりか?」
魔法剣を――効率の悪い魔法を維持し続けているにも関わらず、ユリウスはとても涼しい顔をしていた。
普段と全く変わらない様子で、苦労している様子も無い。
必死の形相をしているギードとは、とても対照的だ。
しかし、ギードに向ける視線は、妙に真剣だった。
「か、歓迎、だとッ……!?」
戦意が何処かに消えかけているギードは、悲鳴のように声をあげた。
(まさかユリウス君だけ、まだ『歓迎会』だと思ってるんじゃ……)
そんな一抹の不安をジョージは抱く。
彼にとってギード達は、いやきっと同年代の子供など全く相手にならないのだろう。
そんなユリウスから見れば、ギード達のやっていることなど、子供のおままごとにしか見えなかったに違いない。
今やっている事も、歓迎会の一環だと思ったかもしれない。 普通の感性なら有り得ない思考だが、ユリウスだったら有り得る。
「この余興も、終わらせよう」
そう言って、ユリウスは魔法剣を
本物の騎士のように剣を構え、ギードだけを見ている。
そこには殺意も害意も無く、敵意すら無い。
だというのに、ジョージは呼吸が出来なくなってしまった。
ずっと冷静だったユリウスが、その時、本当の意味で集中したように――――ひどく静謐な、空間が全て凍り付いたかのようだった。
ユリウスにとっては、きっと今の状態ですら手加減。
これまでの全てはただの余興で、遊びでしかなかったのだと思い知らされた。
「よ、余興、だとぉっ……?」
ギードも止まり、ユリウスだけをただ見つめる。
とても長い時間が過ぎたような気がした。
でもそれは、実際にはほんのわずかな、まばたきするほどの一瞬だ。
同時に、この勝負にもなれないおままごとすら、風が吹いたような時間で終わった。
「――――――」
吐き出せない呼吸の音が聞こえる。
ギードの目の前に、いつの間にかユリウスが現れていた。
ユリウスの動きは、ジョージの目には捉えることが出来なかった。
ギードとの間には五歩ほどの距離があったにも関わらず、いったいどう動いたのか、ちゃんと見ていたはずなのに全く分からない。
あと僅かに動けば、魔法で出来た刃がギードの顔に触れるだろう。
そんな寸前のところで、ユリウスは止まっていた。
ギードが膝から崩れ落ち、へなへなと地面に座り込む。
その表情には、戦意など微塵も無かった。
それからギードはその場にうつ伏せで倒れこんだ。
おそらく気絶している。
よっぽど怖かったのだろうが、少し情けなかった。
「…………」
そんなギードに構わず、ジョージはじっとユリウスの姿を見上げる。
全身が痛いはずなのに、しかしジョージは静かに、だが激しく興奮していた。
(ユリウス君は……強い……!)
ユリウス・ヴォイドという名の彼は強い。
間違いなく強い。
少なくともそこら辺の同級生なんか簡単に見下せる程度には、本当に。
貴族科でも上位の生徒でないと相手にならないだろうと、そう確信出来てしまえるほど。
夜空の星のように、ジョージなどでは絶対に手の届かない圧倒的な強さをしている。
(すごい)
全身の痛みなんか、どうでもいい。
胸がドキドキと高鳴る。
圧倒的な、どうしても覆らないだろう絶望的な差を目の当たりにして、ジョージはとても興奮していた。
彼は本物だ。
物語の主人公というのは、きっと彼のような存在に違いない。
恐怖などとっくに通り越した興奮と尊敬を、ユリウスへと感じていた。
ユリウスは倒れ伏しているギードを一瞥すると、ジョージへと視線を向ける。
相変わらず冷たい視線は、まるで突然現れ暴れた恐怖の怪物が、次の獲物を探しているかのような、そういったものに感じられた。
しかし今の興奮しきったジョージにとっては、大して恐ろしいものには感じられなかった。
「ジョージ・ベパルツキン」
「えっ、はい!」
思わず大声で返事する。
変に思われたかもしれないとジョージは思ったが、ユリウスの表情は何も変わらない。
ずっと、他人などどうでもいいと思っていそうな顔だ。
「それは、動くことが出来ないような怪我か?」
「……あっ、そ、そんなことないよ!」
責められているような気がして、勢いよく起き上がる。
ずっと見ていることに夢中で、情けなく転んだ姿をさらしたままだった。
そして起き上がってみたのはいいものの、お腹が蹴られて痛いのを思い出して呻き声をあげる。
「った……」
魔法をぶつけられた右手、蹴られたお腹と肩、あと踏まれた額と頬が痛い。
痛いのなんて忘れていた。
呻いていると、ユリウスはすっと歩いて近寄り、火傷したジョージの右手を取る。
此処でまさかの握手、かと思ったがそんなことはなかった。
ユリウスの手は、杖を握り慣れた硬い手だ。
ジョージの手に触れたのとは反対の手で杖を振るう。
「『傷、癒えなさい』」
そう、ユリウスにしては妙に丁寧で偉そうな言葉が聞こえたかと思えば、火傷のある場所を一瞬鋭い痛みが走った。
「な、何、まさか」
慌てて右手を見る。
火傷が、ほとんど消えていた。
暗がりなのではっきりとは見えないが、痛みも引いている気がする。
「……治療の魔法まで使えるんだね」
他人にかける魔法というのは、攻撃のために行うもの以外は、難しいとされている。
加減がとても難しいからだ。
少なくとも、ジョージ達の年齢で使う魔法ではない。
しかしあんな短い言葉であっさりと出来てしまうのだ。
やはりユリウスは天才なのだろう。
自分の手を触ってみると、うっすらとまだ痛かった。
「ただの応急処置だ。 朝になってから、医務室に行くことを薦める」
まるで大したことではないかのように言う。 疲れなんて微塵も見せていない。
『ただの応急処置』だろうとジョージにはとても無理なことだ。
魔法による治療行為はこの国であっても高度な技術のため、ちょっとした火傷の治療でもお金稼ぎに十分使えるだろう。
もちろん『魔法で治療なんて不安だ』などと言う人間以外には、だが。
「でもとても凄いよ、ユリウス君は。 魔法剣まで使えて、ギード君のことも圧倒して……」
それから、はっとしてジョージはユリウスを見る。
「そ、そうだ。 助けてくれてありがとう、ユリウス君。 それと……」
言い難い事なので、少しだけ口ごもってしまった。
「……その…………ごめんなさい!」
大人しく頭を下げる。
ギード達にはユリウスへの悪意があっただろうが、だからとジョージが無罪になるわけではない。
とにかく謝らないと気が済まなかった。
「何を謝る必要がある」
「僕が歓迎会だって嘘を吐いたせいで、ユリウス君が卑怯な目に合うところだったじゃないか……」
もしかしたら、ジョージがユリウスに攻撃していたかもしれなかった。
結果として被害を受けた人間は反対になったが、ギードやジョージのように転がるのはユリウスになっていたかもしれない。
「その話か」
ジョージは、治してもらったばかりの両手で、服の裾を握る。
ユリウスにとっては大した被害でなくても、裏切ったことは事実だ。 どう罵られても仕方ない。
「ジョージ・ベパルツキンが俺に向かって魔法を行使しようとしていたのは知っていたし、聞こえてもいた。 回避も容易だ」
「え?」
「せめて風下に立ち、気配を消し、もっと小声で話すようにするといい。 気付かないフリをする側の身にもなれ」
「…………」
ユリウスは冷静に、真面目な顔をしていた。
きっと彼は、これでも大真面目な助言をしているつもりに違いない。
つまり、最初から最後まで気付いていて。
そのくせ、歓迎会が嘘ということには気付いていなかったということか。
(なにそれ、普通、逆だよ)
そう呆れると同時に、なんだか面白い気がしてきた。
彼はいったい、これまではどういう風に生きてきたのだろう。
目の前の変人への尊敬と同じぐらい、興味が湧きたってくるし、笑えてきた。
「じゃあ、僕なんかが魔法を使ったって、ユリウス君なら簡単に避けられたんだ。 なのに僕は、意味の無いことしたんだね……」
ジョージはいったい、どうして抵抗したのだろう。
なにやら色々と、親に恥ずかしくないことをしたいだとか、そういうことを考えていた気がする。
でも無意味だった。
所詮、天才には凡人のやることなど一切通じないのだ。
「無意味ではない」
「そうかな」
でも悔しくはない。
これがもしそこで伸びているギードだったら、腹立たしいやら悲しいやら悔しいやらだったと思うが、ユリウスぐらいに差があれば、嫉妬も感じられない。
いっそ爽やかなぐらいだ。
「ジョージ・ベパルツキンは俺のことを『友達』と呼んだ」
「そ、それはさ。 勢いで言っちゃっただけで……」
そんなことも言ってしまった気がする。
今更、すごく恥ずかしくなってきた。
そもそもユリウスは、誰が友達になっても良かったのだ。
たまたまジョージが隣の席だったからで、これがギードだろうと、何なら女子でも一緒だったに違いない。
本当に偶然、運が良かっただけでしかない。
「勢いでというのは、お前もまた俺の友達ではないという意味か?」
「え?」
そういう返しをされるとは思わなかった。
しかし、それを肯定するのも否定するのも、何か違う。
ジョージが困って沈黙していると、ずっと表情が変わらないユリウスはやや視線を逸らす。
「俺は、ジョージ・ベパルツキンのことを友達と認識していた。 だが、お前についての認識も彼らと同様、間違っていたのか?」
「そ、そんなことは無い……と思う、けど、その……」
問題は、そういうことではなくて。
「ユリウス君みたいに凄い人には、僕なんかよりもっと相応しい友達が居るよ。 僕よりもっと頭が良くて、運動が出来て、魔法も使えて、性格が良くて。 そういう人、この学院を探したらいっぱい居ると思うよ」
「それは知っている」
ユリウスは正面からそう言った。
分かっていて言ったものの、そう認められてしまうと、とてもショックだ。
ジョージは少し肩を落とす。
「だが、俺の最初の友達となったのはジョージ・ベパルツキンだ。 お前がたとえこの世で最も劣った人間であろうと、関係ない」
ユリウスは、とても真面目に言っていた。
彼なりに、大真面目だった。
もしかしたら彼なりに慰めていてくれているのかもしれない。
だがジョージは、言い訳を探した。
「……で、でも僕は、ただ隣の席だっただけだよ」
「俺が師匠と出会ったのも偶然だ。 俺にとってはそれで十分だ。 お前についても同じだ。 俺がそう認めた、他人の許可など必要は無い」
そして、ユリウスは少し首を傾げた。
もちろん、表情は全く変わらない。
「ただし、俺がジョージ・ベパルツキンを友達と認定することが迷惑であるのなら、もちろん止めよう」
「…………」
最初に出会った時と全く変わらない表情。
でも、ユリウスのその様子はなんとなく、本当になんとなくだが、拗ねているように見えた。 気のせいかもしれない。
「そんなことないよ。 ……ぼ、僕こそ、君の最初の友達が僕みたいな奴だなんて、それが嫌がられるんじゃないかって思うぐらい」
「それこそ有り得ない」
ユリウスの唇の端が、軽く持ち上がった。
笑っている、のかもしれない。
師匠の話をしている時よりは分かりにくいが、そんな気がする。
ユリウスは左手を差し出した。
今度は自分から握るのではなく、ただの握手を求めているかのようだ。
これにジョージは、恐る恐る手を差し出し、握る。
硬い手だ。 ユリウスはきっと才能に甘えず努力をしてきた人物なのだろう。
ジョージみたいな奴がユリウスのお友達だなんて、誰が見てもおかしいと思うし言うはず。
しかし誰がそのおかしさを指摘したところで、ユリウス本人にとっては無関係なのだ。
「お前が俺を『友達だ』と言っているのを聞いて、俺の感情はとても高揚した。 俺は幸福で満たされている」
「……そ、そこまで言われるのは照れるな……」
見た目には、本気でそんな事を言っているとはとても思えないが。
しかし、たぶん、ユリウスとしては本気なんだろう。
ユリウスが、ジョージの手を握り返すのを感じる。
大した力は入っていない。 きっと彼の身体能力なら、もっと握力を出せるに違いないので、これは手加減をしている。
だが、今はそれで十分だと思えた。
「ギード・ストレリウスのことも医務室に運ばなければならない」
ユリウスはちらりと、倒れているギードを見た。
彼が自分で起きる気配はない。
「そうだね、流石に運んであげないと風邪引いちゃうから」
「ああ、友達が風邪を引くのは望ましいことではない」
「…………?」
ユリウスはいったい何を言っているのだろう。
あれだけ暴言を吐かれて、バカにされたばかりなのに。
ジョージの困惑を感じ取ったのか、ユリウスはジョージを見る。
「心配する必要はない。 ジョージ・ベパルツキンは俺の一人目の友達だ。 この座は永遠に揺らぐことがないだろう」
「う、うん、ありがとう。 いやっ、それより。 ギード君のこともまだ友達だって思ってるの? あんな酷いこと言われたのに?」
「そうだ。 俺は彼らからとても嫌われているらしい」
どうやら自覚があったようだ。
だとしたら尚更おかしい。
「つまり、これからはもう好かれるしかないということだ」
自信満々でユリウスは答えた。
表情や声音に明確な変化があったわけではないが、ジョージにはそう感じられた。
しかし、どうして彼はそこまで自信満々なのだろう。
自分の容姿や言動に自覚が無いのだろうか。
(え、いや、まさか……)
いくらなんでもそれは有り得ない。
どんな人生を送っていたら、そういった勘違いが発生するのだ。
だが、もしそんな頓珍漢な勘違いをしたまま成長するような環境で生きていたとすれば、今までの発言のおかしさにも納得がいってしまう。
「ユリウス君がもしギード君達……どころか、クラス全員と仲良くしたいのなら、もっと明るく友好的に、笑顔で、優しい言葉遣いした方がいいと思うよ」
念のために、ジョージは尋ねてみる。
「何を言っている」
すると、ユリウスは少し顔をしかめた。
まるで理解出来ない生き物を発見してしまったような、あるいは形容の難しい味を食べてしまったかのような、そういった顔をしている。
「俺ほど朗らかかつ友好的な人間もそう居ないだろう?」
「…………」
「それにこの通り、常に笑顔で居る。 問題はない」
ダメだ、これ。
ジョージは深く深く、そして高く、どうしようもない気持ちで天を仰いだ。
(空、綺麗だなぁ)
とても綺麗な夜だ。
どこか冬を感じさせる、秋の涼しい風が吹いている。
~・~・~・~・~・~
そして朝になる。
『歓迎会』をやっていようとやっていなかろうと、翌日にも授業があるのは変わらない。
ジョージは激しく緊張しながら教室に向かう。
昨日の今日だ。 ギード達がどう出るのか分からない。
ギードのことはユリウスが部屋に運んでいたが、朝食の時には全員が食堂に普通に居た。
(何か言われたら、どうしよう……)
ギードに怯えるあまり、遅刻寸前まで部屋に引きこもってしまった。
しかし何を言われるとしても、もう逃げてはいけないとは思う。
教室への扉に手をかける。
息を何度も吸って吐き、意を決してジョージは扉を開けた。
そこにはもう既にほとんどの生徒達が集まっている。
見慣れた顔ばかりの中に、ギード達が居るのも見えて、ジョージの肝は冷えるかのようだった。
そしてギード達のみならず、昨日あの場に居なかった生徒達すらジョージの顔を凝視してくる。
いつもならそんなことは決して無いのに、一瞬で有名人になってしまったかのような気分だ。
(もしかして、皆もう知ってるんじゃ……)
あれだけ派手にやりあっていたのだ。
途中で、警備の人や教師に捕まらなかったのが奇跡としか言いようがない。
針の筵に居るような心地でジョージは階段を上がり、いつもの席に向かった。
じっと遠慮無く見ているくせに、誰もジョージに話しかけてこない。
ギード達だけは忌々しげに睨んでこそ来るものの、だからと声をかけるどころか近寄る素振りすら見せない。
一番奥の一番高いところにある席。
教師とはあまり目の合わない、ジョージにお似合いの地味な席だ。
そしてその横に、妙に目立つ人物が座っている。
「……え、えっと」
ジョージは少し口ごもりながら、その人物に挨拶する。
「おはよう、ユリウス君」
クラス中の視線をびしばしと感じる。
ユリウスみたいな人間に何故か親し気に挨拶して、きっと皆は昨日のことを知っているから、ジョージへの評価は『地味な奴』から『変な奴』へと変わってしまったに違いない。
そんな視線など微塵も気にしていない無表情で、ユリウスは視線だけを動かしてジョージを見た。
「朝の挨拶なら食堂で行ったばかりだ。 ジョージ・ベパルツキン」
「うん、そうだね」
朝の食堂で会った時、朝食前に挨拶を交わしたばかりだった。
確かに変だ、考えるまでもない。
ユリウスの声音はやはり冷たく、嫌われているのではとすら思う。
『無駄なことに時間を使わせるな』と言われているような気がする。
しかし、こんなのすら彼なりの軽口かもしれない。 今ならなんとなくそう思える。
「でも、友達には何回言っても良いんだよ」
これに対しユリウスは少し沈黙し、一度瞬きをした。
「そうか。 なら、おはよう」
やっぱり無表情。
感情が全く乗っていない。 大根役者の方がまだ感情がついている。
それでも、ジョージは笑った。
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