第7話 ユリウスの友達





(い、言っちゃった……)


 ギードと対峙したジョージの胸はドキドキと跳ねている。

 秋に吹く風は涼しいが、なのに全身は燃えるように熱く、まるで耳の横には心臓があるかのように五月蠅い。

 

 今更後悔したところで遅いのに『やってしまった』という焦りと『ついに出来た』という興奮の両方が、ジョージの中に存在していた。

 そのドキドキのまま、だがジョージは杖を持ち構え続ける。


 自分は杖を出して彼らに向けていて、反対にギード達はまだ杖を握ってすらいない。

 魔法使い同士の戦いにおいて、先に杖を向けている方が有利なのは常識。

 杖先はジョージの動揺を示すようにガタガタと震えているものの、そんな状態でもギード達より早く魔法を使える自信はあった。



「ハッ? ……何、一人で熱血クン気取ってるんだよお前? 正義の味方ごっこか? なにそれ、ダッサ。 正しいこと言ったぼくちんすごーいってか?」


 ギードは立ち上がり、吐き捨てるように言う。

 もう一人はユリウスの方を気にしていたが、それでもジョージの方を苛々したように睨みつけていた。

 よっぽどジョージの行動はお気に召さなかったようだ。



「何でもいい! ぼ、僕には、友達にそんな事出来な――」

「『光よ唸れ、激しく飛び撃て』」


 ギードはいつの間にか杖を取り出していた。

 その杖先に眩しい光が灯ったかと思えば、直後にはジョージの手が魔法により激しく打ち抜かれていた。



「あッ!」


 痛みで唸る。


 手が無くなったわけではないが、しかし手には火傷を受けたような痛みがあった。 軽く煙が上がってるような気がする。

 昔、焚き火の近くに居たら火が跳ねてきて肌に当たってしまった時のような痛みだ。

 杖は衝撃で、何処かに吹き飛んでしまっているらしかった。


「あーあ! つまんね、萎えるわ。 お前マジ、喋っても動いてもダサいのに、ちょーっと魔法も使えないのかよ。 まあいいや予定へんこー、今からお前のことボコるわ」


 手がどうなってるのか確かめる間も無い。


 ギードは、既に杖を構えていたジョージよりも早く動き、詠唱も発動も素早かった。

 その狙いがどれほど正確だったのかは、手の痛みがはっきりと伝えている。 



(は、早すぎる……)


 この学院に入る生徒は、入学した時点では魔法を扱う能力に大きな差はない。

 ただし、その生まれや環境によって、入学前から魔法を勉強することは可能だ。


 魔法大国と呼ばれるこの王国で『魔法をどれほど上手く扱えるか』は、単に頭が良いとか運動が上手だとかいうよりも、ずっと重要な評価項目だ。

 だから親は魔法の才がある子に、出来るだけ早いうちから魔法の教育を行う。


 有名らしいストレリウス家の長男であるギードは、ごく普通の平民出身であるジョージなどよりもずっと魔法に慣れている。 そんなの当たり前だ。

 入学して最初の授業の時から、ギードはジョージよりも魔法が上手だったのだから。


(それでも、一年生では座学の方が多いし、体育だって魔法を使わないっていうのに……)

 

 どんな天才だろうとまだ十三歳。

 たかが十三歳では、ありとあらゆる魔法の中でも特に高度な転移魔法なんてほど遠く、蝋燭に火を点ける程度にすら杖や詠唱があっても苦戦する。 

 


 だというのにギードは、杖を持っていない状況からあっさりとジョージに勝ってみせた。

『詠唱が早い』などというレベルではない。

 いざ杖を持って詠唱したからってすぐ出るわけじゃないし、その速度だって当人の練度で異なってくる。


 ギードがこの年齢にしては、ジョージより格上の魔法使いであることは明白だろう。

 単純な運動どころか、こんな実戦ですら勝てないのだ。

 

 ギードは間違いなく、普通科においては一位を争える力の持ち主だ。

 いやきっと貴族科でも通用するだろう。



「で、さっき何て? 『友達』? 『友達』つった? 誰と誰が? 何だよそれ、ギャグ? 田舎者ジョークってやつ? キッツ、ハブられた者同士の仲間意識?」

「うう」


 杖さえあれば、とジョージは視線を後ろに向ける。

 だが木で作られた杖は、暗闇の中に溶け込んでしまっていて、何処にあるのか分からなかった。


 そんなよそ見をしていたジョージの腹に、ギードの蹴りが突き刺さる。


「ゴッ――」


 一瞬、息を吸うことも吐くことも出来なかった。


 何の構えも出来ていなかったジョージは、胃の中にあった夕ご飯が全て逆流するような気持ち悪さに襲われる。

 あまりのことに痛みに呻くことすら出来ず、その場に膝を突いた。


「オレのこと笑い殺す気かよ?」


 ジョージの頭に、足が載せられる。

 思い切り体重が乗り、ジョージの顔は地面に押し付けられた。


 ぐりぐりと、足が頭を踏みにじるのを感じる。

 地面は芝生とはいえ、ギードの足が動くたびに顔が草にこすりつけられて、顔が擦り切れていくような気分だ。

 ただでさえ手もお腹も痛いのに、もっと痛い。


「もしかしてお前、勘違いした? 『お友達』のユリウス君がちょーっと出来る奴だから、自分も出来るって! お前がバカでザコだって事実は変わんねぇってのに?」

「ううう」

「ああ、後で教師に『ギード君にやられました』って訴えてみろよ。 ストレリウス家の長男で優等生なオレと、落ちこぼれで特に良い家にも生まれてないダメな凡人じゃ、どっち信じてもらえるのか考えるまでもねぇけどな!」


 何より痛いのは心だ。

 やっぱり、才能が無い奴は何をしたって無駄だった。 

 ギードはジョージなんかよりもずっと上の存在で、ジョージごときが勝てる存在ではない。



(何が『傷も覚悟して状況を壊した方が良い』だよ……そんなのやってどうにか出来るの、一部の天才だけなんだって……僕なんかじゃ無理だったんだ)


 全身痛いし。

 頭は重いし。

 ギードは怖いし。


「お前みたいなただの平民なんかなぁ、ウチの権力使ったらすーぐぶっ飛ぶんだっつーの! はいお前の将来は暗黒確定! 故郷に居られなくなる準備しろよ!」


 涙すら出てきた。

 ユリウスの言っていた事が頭をよぎるが、それは勝算や心の余裕がある人間なら出来る事であって、非力で無能な人間には何も出来ない。

 暴力と理不尽に勝つことは無理だった。

 


 やるんじゃなかった、と今更後悔する。

 大人しくギードの言う通りにしていれば、こんな事にはならなかった。


 本当に、バカだった。

 やるんじゃなかった。


「こ、こんな事しないで、ユリウス君に正面から勝てるようするべきなんだ! 勝てないからって、こんな不意打ちなんて、したらダメだ!」


 なのに口は好き勝手な事を言う。

 黙っておいた方が良いのに、謝って少しでも許してもらうべきなのに、心と体はバラバラだ。

 静かにしてほしいのに、体は好き勝手だ。

 


「はぁ? オレは、ストレリウス家の長男だ! オレは第一魔法騎士団に入る男だぜ? 第一魔法騎士団は王族を守る、最強の魔法使い達がなるんだよ。 そのオレが、あんな野郎に『勝てない』なんて有り得な――――」

「『勝てない』と分かってるから、勝った気分になろうとしたんだろ! 卑怯者!」


 口の中に草が入るのにも関わらず、ジョージは大声をあげ続けた。


 学院には警備の人が居る。

 こんなに大きな声をあげていれば、そのうち誰かが来るはず。

 そのうち、助かるはずだ。



 突然、ジョージの頭に乗っていた重さが無くなった。

 急に軽くなったかと思えば、今度は肩が思い切り蹴り飛ばされる。


「うィッ――!」


 勢いで仰向けになり、思わず肩を抑える。 

 蹴りの入り方が、尋常ではなかった。

 派手な痛みよりも、妙に鋭く痺れるような痛みが走る。


「ジョージ君、本当に勘違いしちゃったんだなぁ?」


 ギードの友達が、ジョージの腹に足を乗せた。

 そしてギードは立ったまま、青筋すら浮かべた顔で笑みを浮かべ、杖の先をジョージへと向けている。



「はい、じゃあ何処を狙ってやらおうかなぁ? やっぱ顔か? それとも、足から潰してやろうか?」

 

 ニヤニヤと笑うギード。

 またあの魔法を使うつもりだろう。


「ちーなーみーにぃ、オレはさっきの魔法は手加減してあげました。 これがどういう意味か、分かりますかぁ?」

「はいはーい、火傷じゃ済みませーん」

「ぴんぽーん! だいせいかーい! じゃあ、罰としてジョージくんのズボンでもずらしてやるかぁ」


 答えられないジョージを他所に、二人で楽しそうにゲラゲラと笑っている。

 

 やっぱり、無駄なのだろうか。

 何を言ったところで、此処でジョージは酷い目に合わされて、もしかしたら退学になるかも。


 両親はきっと、自分の息子がダメダメで無能でどうしようもなく凡庸で、つまらない奴で、苛められたと分かって、失望するだろう。

 無駄なことに頑張って、意味も無く抗って、何か出来たつもりになって見事玉砕。


 本当にバカだ。

 ジョージは目を閉じ、更なる痛みを受け入れようとした。



「――第一魔法騎士団は王族や要人の護衛が仕事だが、彼らは対個人の戦闘が多い」


 淡々とした声が、真っ暗な中で聞こえた。


「世間への分かりやすい貢献から鑑みても、最強の名は、警備を担当し悪人を捕縛する任を持つ第二魔法騎士団に与えるべきだろう」

「は?」

 

 それは、有り得ない声だった。

 此処では、聞こえないはずの。



 ジョージは恐る恐る目を開ける。

 そこにはギード達二人が居て、彼らはある方向を見て驚いていた。

 ジョージも、その視線を辿るように、視線を向ける。


 遥か南の生まれを思わせる褐色の肌と、相反して雪のような純白の髪。

 真っ赤な目は鮮血のようで、そこには何の感情も伺わせない。


 そこに居るだけで周囲の気温を全て下げてしまうほどの、冷えた眼差し。

 この状況を見たところで、特に驚いてもいない顔。

 

「最強を求めるのなら、俺は第二魔法騎士団を勧める。 ギード・ストレリウス」


 今日の主役の、ユリウス・ヴォイドがそこに居た。



「な、なんで、居るんだよ、お前……!?」


 ギード達は驚いている。

 ジョージも、驚いた。


 どうして彼が此処に居るのだろう。

 さっきまで、用具倉庫の前に立っていたはずなのに。

 

 しかしユリウスは特に感慨も無さそうな顔で、こんな状況にも構わず淡々として答える。


「それだけ騒げば、たとえ鈍い人間でもお前達の存在に気付く」

「…………」


 ギード達は黙る。


 それも、そうだ。

 こんなに大声をあげたら、警備の人が来る前にユリウスが気付く。 気付かないわけがない。

 なんといってもユリウスは、ギード達がしようとしている事に気付いていたのだから。


 ユリウスの後ろから、別の所で待機していたギードの友達が何事かと現れた。

 狙う張本人が此処に来てしまったから、着いてきたに違いない。



「では俺も尋ねるが、この状況は何だ?」


 ユリウスの冷ややかな視線が、ギード達とジョージへと向けられる。

 ジョージは仰向けに転がされて、やられたい放題の状態だ。

 今更、ユリウスには自分がどんな状態に見えているのかと恥ずかしくなって、顔が赤くなるような思いだった。


「何故、お前達は友達を甚振る必要がある? ジョージ・ベパルツキンは、俺を攻撃することを拒否しただけだろう」

「……あ? 誰と誰が、友達だって?」

「お前達とジョージ・ベパルツキン、そして俺だ。 俺達は歓迎会を開くほどの仲だろう」


 そう堂々と、何の恥ずかしげもなくユリウスは言った。

 全員が黙る。

 


 意味が分からない。


 ジョージとギード達は間違っても友達ではないし、ギードとユリウスも論外だ。

 だというのにユリウスの中ではそういうことになっている。

 この場の空気も読まずにユリウスは淡々と続けた。


「ジョージ・ベパルツキンを甚振る姿を見せられても俺は喜ばない。 この歓迎会は失敗だ、別の機会に開くといい」


 ユリウスは真面目だった。

 いったい何処をどういう風に見て聞けばそんな解釈が出来てしまうのか不思議だが、彼の中ではそういう事になっているらしい。



(ユリウス君、いったい皆をどう見てたんだろ……)


 頭の中にお花畑があって、まさか世界中の人間が平等で、仲良しこよしで手を繋ぐお友達だとでも思っているのだろうか。

 それぐらいに思考が甘い。 

 田舎者のジョージだってそんな夢は見ていない。


 ギード達だって、意味の分からないことを言われて一瞬きょとんとした顔になる。

 

「友達? オレと? お前らが?」

「そうだ」


 何処までも堂々としている。

 嘘など、今まで一度も吐いたことがないと言わんばかりに。

 


「……くっ、ははははは!!」

「なんだそれ! 意味わかんねぇ! 頭の中、どうなってるんだよ!?」

「友達! 友達だってよぉ! どんなお育ちなんでちゅかぁ?」


 ギードの友人達は互いに顔を見合わせ、爆笑した。

 当然の反応だ。


「はー、あのさー? 俺らは真っ当な真人間なの、お前らみたいな変なのと一緒にしてんじゃねーっつーの!」


 もしこんな風に詰め寄られたら、ジョージだったら耐えられない。 恐怖で、何でも言われるままにしてしまう。

 だというのにユリウスは全く怯んだ素振りも見せなかった。

 淡々と、何の感情も無く冷ややかな目を、ギード達へと向ける。

 


「友達ではないのか?」

「はぁ!?」


 バカにされてもユリウスの声があまりにも冷静で、どちらが不利なのかまるで分からなくなり、威嚇のような声をあげた。


「お前みてぇな他人見下してる野郎と友達だァ? キッツい冗談言ってんじゃねえぞ! あ!? 願い下げだわ! バァーカ!」

「俺の認識が間違っていると?」


 ユリウスだけが時間の流れが異なっていたように、ようやく事実に行きあたった顔をしていた。

 ゆっくりと緩慢な動作で瞬きをする。

 こんな年相応な顔も出来たのか、とジョージは思う。



「……そうか、俺たちは友達ではなく、そればかりか嫌悪の対象だったか」

「ははは! やーっと気付いたのかよ!」


 そんな、ようやくユリウスが何処か人間じみた反応をしたことに、彼らは喜んだ。


「そうだよ! 此処で、お前をボコボコにしてやろうって計画さぁ! わざと此処に呼び出したんだよ!」

「つまり、ジョージくんも同じってわけ! お前がボコボコにされるって知ってて、此処に呼びだしちゃったんだよな! しかも『歓迎会』だって大嘘でさ!」

「あーあ可哀想!」

「なあ、今どういう気持ちだ? ジョージくんに騙されて、歓迎会だからってウキウキして来たんだろ? ははは! なあなあ、今どういう気持ちだ?」

「…………」


 ジョージには、ユリウスの顔を見ることが出来なかった。



(……『歓迎会』だなんて嘘を吐いた分、僕の方が悪人だ)


 ジョージは、ギードの命令を断れば良かったし、ユリウスに本当の事を言ってしまえば良かったのに、それらをしなかった。

『脅されてやりました』なんて言い訳でしかない。

 結局、そうしなかったのはジョージの選択だ。 



「なるほど、つまり……」

 

 冷静なユリウスの声だけが聞こえる。



 きっと、ユリウスはジョージのことを、とても最低な人間だと認識するだろう。

 罵倒をされて、蔑まれて当たり前だ。

『友達』などと言ってくれた相手を、こんな風に裏切ってしまうなんて。


(そしてギード君の命令にも逆らって、昨日よりも最低な生活が始まるのかぁ)


 全ては、ジョージの意志の弱さが生み出した自業自得だ。

 誰かを恨むなんて、そんな権利はジョージには無い。


 

「つまり、俺の友達は、今のところジョージ・ベパルツキンだけということか」

「……え?」


 有り得ないことを聞いた、とジョージはユリウスを見る。

 彼はいったい何を言っているのだろう。


 今さっきまで、ジョージがユリウスを騙して、不意打ちを受けて酷い目に合わされるようにしたという話をしていたはずだ。

 ジョージのことを『最低』と罵ることはあっても『友達だ』と改めて宣言するなんて有り得ない。



「……友達、だってぇ?」


 ギードが低く唸るような声で、疑い半分と嘲笑半分で返す。


 ユリウスの妙な迫力にまた一歩後ろに下がろうとしていたギードが、しかし踏み留まった。

 自分を取り戻したのかユリウスに向かって、有利だったのはこちらだと言わんばかりに笑みを浮かべる。



「――はっ! おいおい、ちゃんと聞いてなかったのかよ? ジョージくんは、お前のこと騙してたんだよ」


 ギードは、足元のジョージの肩を蹴る。

 本人はおそらく軽く蹴ったつもりだろうが、ジョージには妙に鈍く痛みが響いた。

 ジョージが痛みに唸っていることなど構わず、ギードは笑う。



「オレ達は『此処に呼べ』って言っただけで、歓迎会なんてのはこいつが勝手に言ったんだってーの!」

「なのに友達呼びとか、狂ってるだろ」

「騙された自分を、そうやって励ましてるんだろ? そうに違いないね! 悲しい奴!」 

「本当に頭おかしいなこいつ! ははは! オレだったらジョージくんなんかを友達呼びなんて無理だわ!」


 全員がユリウスのことを笑った。

 ジョージには何も言うことが出来ず、顔を伏せる。 



「それがどうした?」


 ユリウスの冷淡な声が聞こえる。


「ジョージ・ベパルツキンは、俺の友達だ。 俺がそう認めた。 お前達の許可は求めていない」


 ジョージは、踏まれながらも顔をあげた。

 彼は、いったい本当に、何を言っているのだろう。


 ギードも、顔をあげたジョージに気付くことなく、呆気にとられた顔でユリウスを見ている。


 ユリウスは続けて、ギードをゆっくりと指さした。


「今すぐ、俺の友達を解放しろ」


 さっきまでと変わらない淡々とした声と表情、他人の命などどうともしていない冷酷な視線。

 今からギードの命を奪ったところで、何一つとして悔やみはしないだろうという気迫。

 ユリウスの言葉に、全員が沈黙する。

 


(……なんで?)


 痛いほどの沈黙の中、ジョージは疑問を一つ、心の中に吐き出した。



 どうして彼は、ジョージのことを『友達』だと言ってくれるのだろう。

 ジョージが彼のことを騙したのは事実なのに。 

 同じように思っているのか、まるで理解力の無いユリウスに対し、ギードも苛々した様子で声をあげる。 


「だーかーら、こいつはお前のこと騙したんだんだってぇの! 本当に話聞かねぇな!」

「お前達が俺に対し、歓迎会を開いたのは事実だ。 ギード・ストレリウスは自分でも今言ったばかりだろう、記憶力が低いのか?」


 ユリウスは揺るがない。

 ギード達を見下したような視線を向ける。


 しかし、ユリウスのあの程度の説明では誰一人として彼の考えを理解することが出来なかった。

 互いの見解の違いにようやく気付いたのか、まるで幼い子供に仕方なく説明するように、ユリウスは小さく息を吐く。



「……ジョージ・ベパルツキンは、俺に最初に声をかけてくれた人間だ」


 淡々と。



「ジョージ・ベパルツキンは、俺に道案内をしようと言ってくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺に『魔法使いは基礎体力が重要だ』と教えてくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺と同じチームでドッヂボールをした人間だ」



 ただ淡々と、何処か狂気じみた感情すら含めて、抑揚も無くユリウスは言う。

 己の胸に手を当てて、その思いを噛みしめるように。



「ジョージ・ベパルツキンは、俺に伝言するために学院中を走り回ってくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺と同じ人に憧れる人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺を歓迎会に誘ってくれた人間だ。 ジョージ・ベパルツキンは、俺に『歓迎会に出ない方がいい』と気遣ってくれた人間だ」



 全部、ジョージには覚えがある。

 だがこうも淡々と並べられると、恐怖しか感じられないような。



「ジョージ・ベパルツキンは、俺を不意打ちすることを拒んだ。 ジョージ・ベパルツキンは、お前達に向かって俺のことを『友達だ』と呼んだ」



 ギード達を見る。

 そして、ジョージを見る。


「以上、省略しても尚余りあるほどの素晴らしい要素をもって、ジョージ・ベパルツキンを俺の友達であると認定する。 そこにいったい、何の不思議がある?」


 どこか誇らしげに、自分の胸に手を当てて、確信をもってユリウスはそう言った。

 普通の人間には到底理解出来ない理由で。 ユリウスは、ジョージのことを友達だと言った。




(たったのそれだけ、で……?)


 そんなの、友達じゃない。


 ジョージがユリウスに話しかけたのは、モチちゃん先生に世話係を押し付けられたからだ。

 道案内しようとしたのは、嫌々だった。


 ジョージとユリウスがドッヂボールで同じチームだったのは、ギード達と同じチームになりたくなかったからだ。

 基礎体力がどうのこうのと言ったのは、ギードとユリウスの間に険悪な空気があったからだ。


 ユリウスの師匠に憧れたのは、自分なんかより凄い人だと思ったからだ。

 ギードからの不意打ちの命令を断ったのは、そんな事をすると両親に申し訳ないと思ったからだ。


 決して、ユリウスのためではない。

 ユリウスに、自分のことを友達だと思ってもらうためではなかった。


 ジョージの行動は、とても自己中心的な理由ばかりだ。

 なのに、ユリウスにとっては、そうでなかった。

 ユリウスの目に嘘など無く、ましてや冗談でもなかった。


 彼は、間違いなく本気で言っている。

 この上なく、本気で。 夕方、師匠への憧れと尊敬を口にしたのと同じように、真剣に。


 

「……その程度で?」


 ギード達ですら、ユリウスの意味不明な言動に口をぽかんと開けて唖然としていた。

 当たり前だ。 ジョージだって意味が分からない。


 どうして『その程度』で友達になるのか。

 彼は、今までの人生で友達というものが無縁すぎて、自分でも意味の分からないことを言っているのではないか――。

 意味が分からなすぎて『今のは冗談だ』と言われた方が遥かにマシだ。


「十分だろう」


 しかし、ユリウスは真剣なのだ。


 本気で、真摯な気持ちで、嘘や偽りも無く言っている。

 誰にも理解出来ない理由であったとしても、彼の中では理論立ったことになっている。



「俺は説明した。 ならば今すぐ、ジョージ・ベパルツキンを解放するといい。 ジョージ・ベパルツキンには手当が必要だ」

「………………くっ」


 ギードの肩が震えた。

 小さかったそれはだんだん大きくなっていく。


 彼は怒っているのではないし、呆れているのでもない。

 笑っているのだ。


「ハハハハハハハハ! ハ! 何が! 何がお友達だぁ!? バッッカじゃねぇの!!」


 大笑いするギードは杖を持ち、ユリウスへと向けた。

 詠唱する前からその先に眩しい光が灯る。

 足でジョージを踏みつけた。


「そんなにお友達を解放してほしかったらなぁ……やってみろよ! 出来るものならなァ!!」


 ぎらぎらと輝く光。

 よほどギードの調子が良いらしく、今までに見た何よりも眩しく輝いている。

 


「『光よ唸れ、激しく飛び撃て』ェェ!!」


 勝ち誇ったギードの顔が光に照らされる。

 勢いよく、さっきよりもずっと大きな光球が杖先から、それ以外にも五つほどが浮かび上がり放たれた。


 いずれも当たれば全身やけど。 手で払う、などということも出来ない大きさだ。

 今度こそ、逃げるしか出来ない。 ドッヂボールの時のようにはいかないだろう。 


 だが、ユリウスはひどく冷静だった。

 瞳孔が開いてすら見える赤い視線を、ただ自分へと向かって来る光球に向け、そして軽く手をあげた。


 またさっきみたいに弾くのか――と思った。

 そうではなかった。

 ユリウスの手には、杖が握られている。



(あの杖は――)


 まばゆい一瞬で、ジョージはその杖をしっかりと見た。

 今日の授業でユリウスが持っていたのと同じ杖。


 杖にしては妙に太く、そして妙に短い。

 装飾の非常に少ない、ただの握りやすい木の棒のような形状。

 

 杖というよりは――――鍔も刃も無い、剣の柄だ。


 握りの部分以外を完全に無くして、遊びも何も無い。

 魔法騎士に憧れる子供なら誰もが一度は持ち、しかし使いにくいと諦める杖。


 ユリウスはそれを持ち、軽く振るって見せた。

 ギードの魔法が、その一瞬で全て消える。



「――――な」


 ギード達から驚きの声が出る。

 消えたから驚いたのではなく――ユリウスの持っている杖の状態に驚いたのだ。


 いいや、ジョージもギード達も、ユリウスの杖については既に見ている。

 その使いにくい杖に、今更驚く理由は無い。

 

 剣を解体し柄だけ残したようなその杖の先端から、薄く透明な光が伸びている。

 真っ白な光を放つそれは、まるで噴水のように絶えず噴き上がり、光を放ち続けていた。


 例えるなら、純白の剣。

 とても美しく長く大きな剣が、そこに確かに存在している。

 


「ま……まさか、魔法剣……!?」


 ジョージもギード達も、まるで魔法剣のような――いいや『魔法剣』そのものとしか言いようがないものを見て、ひどく驚いていた。



 

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