第6話 はじめての反抗
「……じゃあ、ユリウス君は今日の夜、歓迎会に出ない方が……いいよ……」
ジョージの中にあったのは罪悪感だった。
これでまだユリウスが本気で他人のことをどうでもいいと思っているのだとしたら、このまま『歓迎会』に行って何が起きたとしても、ジョージの事をきっと見下げ果てた最低な人間だと認識して終わりだろう。
そもそも仲良くない、どうでもいい他人が、もっと呆れた人間になるだけだ。
だというのに理屈は不明だが、ユリウスはジョージのことを友達と認識している。
ユリウスと勝手に距離を取ったり、勝手に嫌な人だと思ったり、他人なんかどうでもいい人なんだと思ってたり。
最低な『歓迎会』に誘おうとしている、とても酷い人間のことを、友達だなんて。
「何故だ」
「何故って……」
ギード達に酷い目に合わされるからだ。
『歓迎会』というのはジョージの最低な嘘だ。
でも、言って良いのだろうか。
既にそのことを発言してしまった時点で、ジョージはギードの仲間だと思われるだろう。
此処で『実は嘘で、君を陥れるための卑怯な不意打ちが行われるんだ』などと言ったところできっと無駄だろう。
(ユリウス君は、たぶん、僕のことをちゃんと……たぶん……友達だと、思ってくれてるのに)
そんな人を、陥れていいのだろうか。
嫌われるようなことをして、良いのだろうか。
(なのに僕は、自分のことばっかり考えてる)
さっさと言ってしまえばいいのに、それでもジョージは保身を考えていた。
此処でユリウスに真実を告げれば、ユリウスは助かるだろう。
だが、それを知ったギードは、ジョージに何をするのか。
きっとギードはとても怒って、色々とするだろう。
殴ったり蹴られたり、実家に何かされるんじゃないだろうか。
そう思うと足が竦んで前に出ない。
ユリウスが奇妙なことに感じてくれている友情と、ギードという分かりやすい暴力。
どっちを重要と思うべきなのか、ジョージには分からない。 そんな勇気は無かった。
(お父さんとお母さんが酷い目に合わされたら、どうしよう……!)
そして、自分が学院でどうなっているのか知ったら、二人はきっとガッカリする。
天才だと送り出してくれたのに、村の皆にもそれを沢山言ってくれてたのに、二人や先生や故郷の皆に恥をかかせてしまう。
(どうしよう)
ユリウス一人の期待なんて、裏切って良いだろう。
あんな態度しておいて皆から歓迎されると信じている、目つきも態度も口も悪いユリウスの期待なんか、どうでも。
「……ユリウス君は凄いよね、やりたい放題言いたい放題が出来て、それが出来る才能もあって」
羨ましさと妬みを込めて言う。
決して良いことばかりではないが、彼ぐらい好き勝手出来るなら、ジョージが今抱えているようなストレスなど無縁だろう。
「己を『凄い』と認識はしていない」
そして、こんな謙遜をする。
本気でそう思っているのだろうか、だとしたら謙遜を通り越して傲慢だ。
「『嫌な状況を黙って受け止めて耐える余裕があるなら、傷も覚悟して状況を壊した方が良い』と師匠がよく言っていた。 俺はそれを実践しているだけだ」
「…………僕には出来ないよ」
ユリウスの師匠は、無茶苦茶な事を言っている。
勝てないものに無理して挑むとか、それを傷も覚悟してとか、そんなの今以上の傷の方が怖いに決まってる。
それで失敗したらどうするというのか。
でも、そんな人だからこそ、これだけの功績を上げられる天才で居られるのだろう。
ジョージのような凡庸な人間と一緒にしては失礼だ。
「怯える必要は無い、ジョージ・ベパルツキン」
「えっ」
どきりとする。
ユリウスは相変わらずの、ジョージの全てを見透かしたような、非常に冷徹な表情のままだ。
「俺は、お前の不安を既に理解している」
「……え、そうなの?」
まさか、もう気付いているのか。
実はユリウスは自分の態度などが他人からどう見られているのか理解していて、だからこんな見え透いた策に乗ろうとしていると。
ユリウスは静かに、小さく頷いた。
「お前の不安は無意味だ」
「ほ、本当に……?」
「その時間になれば、お前は俺の言葉の正しさを理解するだろう。 俺は行く」
とても自信ありげだ。
きっと彼は、全てを理解しているに違いない。
無能なジョージが思っているより、ユリウスは優秀で頭の良い人間なのだ。
この学院に入るのに相応しい、とても優秀な。
~・~・~・~・~・~
(やはり彼らは照れていたのか)
ジョージと会話を終え、夕食を終えたユリウスは寮の自室で机に向かい思う。
その手には魔法のペンが握られ、目の前には上質な紙があった。
(それでも俺を歓迎会に誘ってくれるとは……なんと行動的なのだろう)
ユリウスは彼らほど積極的に動けない。
こういう時どうすればいいのか、ユリウス自身も困惑していたからだ。
まさか歓迎会なんて単純な方法は思いつかなかったし、そもそも自分で開くわけにもいかない。
ユリウスは目の前の紙に、師匠に宛てた手紙を書く。
内容はもちろん、初日にしていきなり複数の友達を得られたという、誇らしい報告だ。
きっと師匠は喜んでくれるだろう。
(『流石アタシの弟子ね』などと言って……な)
そんなことを言う師匠の姿を想像して、ユリウスは微笑んだ。
自分を育ててくれたニーケ・アマルディという女性は、ユリウスにとっては第二の母であり信頼出来る師匠だ。
多くのことを師匠から教わった。
師匠よりも尊敬出来る人間は、きっとこの先千年生きたとしても得られないに違いない。 それほど尊敬している。
師匠は凄い人だ。
魔法と身体能力、どれをとってもユリウスの遥か上を行く。
魔視ではないのに動物的な本能ですべての魔法を回避し、幼く恥だらけであった頃のユリウスの前に生きて現れることが出来る人だ。
『アンタには、アンタが命を奪った分の善行を積み上げる義務があるのよ』などと言って、問題しかないユリウスに手を差し伸べ、ましてや反対を押し切って自分の子として育てるなど、彼女しか出来ないだろう。
師匠のことは尊敬しかない。
(俺もいつかは師匠のようにならねばならない)
だからユリウスがジョージに言ったことは、とても本気だった。
師匠はとても前向きだ。
自信過剰と言ってもいいぐらいの自信があり、言いたいことは言って、自信相応の高い能力がある。
そんな彼女を他人は『流石に自重しろ』や『もっと大人しくなれ』などと言うが、同時にその他人から能力を認められている。
ユリウスは師匠のようになり、そしていつか人格面でも戦闘能力でも師匠を超えることを目標としていた。
それを師匠の同僚などに言えば『気は確かか』『やめなさい』と言われたが、ユリウスは真剣だ。
(ジョージ・ベパルツキンは、師匠の能力の高さをすぐに見抜き『師匠のようになりたい』と言った)
なんと見る目があるのだろう。
やはり分かる人間には師匠の良さが分かってしまうのだ。
初めて師匠を知ったのだろう人間からも憧れられてしまう、そんな師匠のことが誇らしい。
彼は師匠の『良さ』をもっと知るべきだし、何よりもユリウスがもっと師匠の自慢話をしたくてたまらなかった。
(やはり彼のことはまず第一に書いておくべきだろうな)
師匠への手紙に、ジョージのことを書く。
『入学したばかりの自分に気を使ってくれる』とか『歓迎会に誘ってくれた』とか。
出会ってまだ一日なのに、なんという善人なことだろう。
彼と云う人間と出会えたことは今後の学院生活の安泰を示しているかのようで心地良い。
しかしジョージの態度は、やや不穏だった。
ジョージは、ユリウスが友達を増やそうとしているのを、何故か嫌がっていた。
その理由もユリウスには既に分かっている。
残念ながら。
(まさか俺の友達は自分一人でいい、などと不安に思っているとは……)
きっと彼は自分の友達を独占しておきたいのだろう。
歓迎会にあまり行かせたくないのも、そういった独占欲からだと思われる。
そう結論付けてユリウスは憂いに気持ちを込めた息を吐く。
(彼も気にせず友達を増やせばいいものを……)
友達は少ないより多い方が良い。
しかしジョージにとってはそうではないらしい。
確かにそういう人間は居るのかもしれないが、ユリウスにとっては、友達とは多い方が良い。
師匠が『楽しいから』と言うのなら、多い方が望ましい。
だからユリウスには、ジョージの願いを叶えてやれそうにはなかった。
しかし、気持ちとは反対に歓迎会へとユリウスを自ら誘ってくれるのだから、やはり彼は善人なのだろう。
きっと彼も友達を増やせば、明るい気持ちになれるはずだ。
(そもそも、ギード・ストレリウスとはもう友達だろうに)
授業を終えてから、ジョージはギードによって教室に残らされた。
なんでも大切な用事があったらしく、これは今となっては自分の歓迎会を開くための相談だったのだろうと分かる。
(しかし急遽とはいえ隠れて準備とは、揃って照れ屋さんばかりだ)
一人でフフフと笑う。
師匠の言う『楽しい』とはこういう事だったのかもしれない。
だとすれば、悪くない気分だ。
友達が一人居るだけでこのような気分になれるのなら、千人も居れば千倍楽しいに決まってる。
(『学院生活は良好だ。 既に友達も得て、授業も問題なく受けている。 不安要素は無い』――と)
授業だって、ユリウスはごく普通に振る舞っていた。
魔法で蝋燭に着火する時は、流石に『皆で一緒に』というのを知らなかったから間違えてしまったし、運動の時だってうっかり手を滑らせてしまったが。
それ以外は大して問題が無かった。
生徒全員で行う食事も、新参故に居るだけで少し目立ってしまったものの、テーブルマナーについては師匠によって、貴族に紛れても目立たない程度に一通り仕込まれている。
すぐ目立たなくなるはずだ。
そもそも『大勢で何かをする』なんて経験がユリウスには無かった。
第四魔法騎士団として活動する時も、公に存在している第一から第三の魔法騎士団とは違って個人で何かをするばかりだった為に、多くても師匠と自分と一人か二人居た程度だ。
集団行動というものにはやや不安があったが、今日一日だけでもそれなりの自信が得られた。
今後もきっと大丈夫だろう。
師匠に心配させるような事は、一つも起きない。
ユリウスは書きたい事を手紙にたっぷりと記した後、それを丁寧に畳み封筒に入れ、師匠以外には開けられないように封をする。
それから窓を見る。
もうとっくに日は暮れて、あとしばらくもすれば就寝時間になり、ジョージに呼ばれた時間となる。
『歓迎会』などというものはユリウスの人生において初めての経験だ。
あったとしても精々が師匠に初めて家に連れて行かれた時と、初めて第四魔法騎士団として活動した日、初めて一人で仕事を終えた日に、師匠にお祝いされた時ぐらいか。
あとは一人で魔法犯罪を目論む組織のアジトに直接忍び込んで、その場に居た全員を倒し捕縛して帰ってきた日なんかは、家に派手なケーキが用意されてあった。
あの時は『アンタが倒した人数分の蝋燭立てるわよ』と言われたので、正確に人数通り、十九本立てた。
(一般的な『歓迎会』とは何をするのだろうな)
そう、あと少しで始まる歓迎会に思いを馳せる。
かつて師匠にそうされたみたいに、手料理とケーキでも振る舞われるのだろうか。
師匠と初めて会った後などは無理やり服を脱がされシャワー室に叩きこまれて無理やり洗われて、それから無理やり服を着せられ、翌日には買い物に連れまわされたが、流石にそんなことはされないだろう。
集団行動、ましてや同世代の少年少女と共同生活などやったことが無いから、全く想像もつかない。
この後に起きることを非常に楽しみに思いながら、少し時間は早いものの、ユリウスは現場へと向かうことにした。
何が起きるのかとドキドキしすぎて、じっとしていられそうになかった。
~・~・~・~・~・~
「……ね、ねえ、本気でやるの?」
夜の闇に紛れながら、ジョージはギード達に近寄った。
ジョージを含めた五人の居る場所は指定された第一運動用具倉庫――から、少し離れた場所。
たかが倉庫のために建てられたにしては、平民の一般家庭が住めそうなほど立派なその建物がよく見えるところで、ギード達は隠れていた。
理由はもちろん、ユリウスを不意打ちするためだ。
それも周到に、バラバラな位置に待機してユリウスを攻撃するつもりらしい。
ギードの近くにはもう一人、ギードの友達が居た。
「あ? ンだよお前何しにきやがった」
ギードがジョージに気付いて、あからさまに嫌そうな顔をしギロリと睨む。
このジョージの役割はあくまでもユリウスをあの場所に誘うものであって、実行役としてはお呼びではなかった。
そこを逆らって来たのだから、ギードは舌打ちをする。
「まさか『混ぜてください』って言いに来ましたってかぁ? お前みたいな魔法の才能もロクにねぇ、入学出来たことが奇跡みたいなカスを?」
「ははは、笑わせるなよ。 ジョージくんみたいな落ちこぼれの同じクラスっていう汚点を、俺らは既に受けてるんだぜ?」
「ま、まさか……」
ただ、気になって気になって仕方ないだけだ。
彼らはきっと早めに、離れたところで待機しているだろうと、そう思っただけだ。
たとえ天才であろうとたかが十三歳だ、魔法の腕は大人に劣るだろう。
ユリウスの只者ではない雰囲気は恐ろしいが、子供同士だろうと魔法で複数人から不意打ちされれば、抵抗出来ないに決まっている。
怪我で済めばまだ良い。
もしかすると最悪の場合、二度とこの学院に通えなくなるかもしれない。
(せっかく友達を作りに来たのに……)
ジョージなんかを何故か友達扱いしてくれるのに、そんな相手に酷い裏切りだ。
『師匠のようになる』どころか、永遠に近づけなくなるだろう。
「でも、その、ユリウス君は……もしかしたら、ギード君と仲良く出来るかもしれないのに、いきなりこんな事をしなくても……」
ユリウスへの罪悪感で、ジョージはそんな事を言う。
本当に悪いと思ってるならそもそもユリウスを必死で止めるべきなのに、保身しか頭に無いためにこんな事しか出来ない。
「はぁあ? なんでオレがあんなクソみたいな奴と『仲良く』してやらなきゃいけねぇんだよ。 この優等生の、将来は第一魔法騎士団のエースなオレが?」
「そうそう、あんな他人をバカにしてる奴と仲良くとか正気かよ」
ギード達の言ってることは正しい。
ユリウスの態度は控えめに見ても『仲良くしよう』ではなかったし、正直、本気でユリウスの発言を信じ切れてはいない。
本当に他人と仲良くしたいと思っている人間なら、もっと友好的に振る舞うはずだ。
ギード達のユリウスに対する感想はとても正直で、一般的なものだった。
でも、ユリウスはそんな下らない嘘を言う人でもない、とそうジョージは思っていた。
『友達を作りに来た』なんて理由は、たとえ嘘でも絶対に言わないだろう。
きっと伝わりにくいだけで、ユリウスは本当にそう思っているのだ。
言葉が足りないだけで、悪い人ではないはずだ。
「でも、ちゃんと話してみたら、意外と良い人かも――」
「お前さあ」
ギードが突然立ち上がる。
顔には引き攣ったような笑みを浮かべ、ジョージを睨みつけ、足早に近寄る。
ただでさえジョージより高い背のギードに、このように迫られると、恐怖で背筋は凍り足は震えた。
「まさかアイツに告げ口したんじゃねえだろうなぁ?」
「し、して、ない……」
ギードは怖い。
家柄や才能どころか、体格だって運動だって勉強だって魔法だって、彼には勝てない。
彼がその気になればジョージの家族は酷い目に合わされる。
そんな相手に逆らうわけがない。
「へぇえ? 本当かねぇ……?」
嘘を決して見逃さないとばかりに、ギードはニヤニヤと笑いながらジョージを見つめる。
まるで蛇のごとく絡みつくような視線だ。
ジョージは身を震わせ、視線を下におろして耐えた。
「じゃあさぁ、何しに来たって言うんだ?」
「それ、は……」
気になるから来ただけ。
でもそれは、どういう理由になるのだろう。
(僕は何しに来たんだろう……)
ユリウスが酷い目に合わされるのを、見るためだろうか。
歓迎会だと思って来た彼が、不意打ちを受けて大怪我する様子を、眺めるためだろうか。
彼の期待が裏切られるところを、見守るためのなのか。
頭の中で思考がぐるぐると巡る。
それは、良いことなのか。
両親のため、故郷のため、期待を裏切らないように、でも他人の期待を裏切るなんて。
「つーかお前、ちゃんとあの野郎を呼んだんだろうなァ? もし来なかったら、その時はお前がどうなるか、分かってるな?」
「わ、分かってるよ……ちゃんと、場所も時間も伝えたから」
友達扱いしてくれた、そんなユリウスを裏切って。
今からユリウスが酷い目に合おうとすることに、協力してしまって。
「ちなみに、なんて言って呼んだんだよ?」
「………………み、皆は照れてるから、歓迎会を開くって」
「歓迎会ィ!?」
ギードは驚いた声をあげる。
だがすぐに、朗らかすぎる笑い声をあげた。
「ハハハ! 歓迎会! 確かに歓迎会だ! ハッハハハ! 良いじゃねえかよぉ! 今から本当にあいつを歓迎してやるんだからよぉ!」
「………………」
ジョージの感情を破壊するように、ギードはポンと、ジョージの肩に手を置く。
ハッとして視線をあげれば、そこにはさっきよりちゃんとした、恐ろしいほど爽やかな笑顔のギードが居た。
「ああ良いぜ良いぜ? 特別だ、お前に特等席を譲ってやるよ」
「え……」
特等席は何だろう、と疑問に思うジョージに、ギードは自分が居た場所を示す。
用具倉庫がよく見える茂みの陰だ。
夜だから尚更、人の姿は見えないはず。
「お前に、栄光ある最初をやらせてやるよ」
「最初って」
「早くしろよ」
ギードはジョージの腕を無理やり引っ張って、茂みに隠れさせる。
それからギードは、ジョージの頭を鷲掴みにすると、倉庫の方を無理やり見させた。
「お前が一番最初に、あの冷血野郎を攻撃するんだよ」
「……え」
「まさか『僕には出来ましぇーん』なんてノリ悪い事、言うんじゃあねえだろうなぁ?」
「あっほらちゃーんと杖も持ってきてら。 ジョージくんったらやる気満々ー」
ギードの友達は、ジョージの杖を勝手に抜いた。
そして、勝手にジョージの手に杖を握らせる。
これらだけで十分すぎるほど、彼らがジョージに何をさせようとしているのか、明白だった。
「で、でも、僕じゃ当たらないかも……それじゃ不意打ちにならないし……ほら僕、魔法の才能は無いから……」
この天下に名を轟かせる名門ヴィオーザ学院に入学しておきながら、ジョージは魔法があまり上手ではない。
ジョージは決して魔法が下手なわけではない。 才能が無いわけではない。
だが、同級生と比べればどうしても劣る。
きっとどう狙ったところで、威嚇攻撃になるだろう。
それでは不意打ちにならない。
「僕じゃなくてギード君がやった方が確実だよ……!」
そんな最低な理由で、ジョージは少しでも責任から逃れようとした。
「当たらなかったら当たらなかったで、別にいいだろ。 あの野郎は絶対に驚くんだからよ」
「でも」
「最悪なところに当たってもよぉ、それはそれでサイコーって感じだ。 歓迎してやる」
手が震える。
『最悪なところ』って、何だろう。
そうなったら、どうなるのだろうか。
ユリウスは二度と動けなくなるかもしれない。
憧れるどころか、目を覚まさなくなるかも。
たとえ子供の魔法でも、当たり所が悪ければ酷いことになるのは大人と同じだ。
だからこそ魔法の制御を学ばなければならず、その結果の平均をより高く良いものにするのが、この学院の存在意義だ。
「あ、おい。 あの野郎、もう来たぞ」
ギードの友達が声を小さくし、より背を低くさせる。
ジョージの胸はどくんと跳ねた。
「おいおい、もう来ちゃったのかよ。 へへへ」
来なくてもいいのに、ユリウスは来てしまったのか。
この最悪で最低な、歓迎会の会場へと。
恐る恐るジョージはユリウスの姿を確認した。
茂みの葉と葉の隙間、そこにはユリウスが立っているように見える。
こちらに背を向けて、倉庫を見るようにじっとしていた。
きっとそこに何も無く、やはり誰も居ないことに気付いたのだろう。
彼はこれが歓迎会ではなく卑怯なだまし討ちと分かっているはずだ。
しかしそれにしては何の警戒をしている風にも見えない。
「ほら、やれ。 やれよっ」
ギードは、ジョージの杖を持っている方の手を掴む。
無理やり持ち上げさせて、杖先をユリウスへと向かわせた。
「落ちこぼれのジョージ君に、オレ自ら魔法を教えてやるよ。 『光よ唸れ、激しく飛び撃て』だ」
「……そ、それって」
ジョージも、学院に来る前に先生から教わったことがある系統の魔法だ。
『光よ』と詠唱につく魔法は、概ねが光球を生み出すために用いられる。
その用途はただ明るく照らすためが主なものだが、後に続く詠唱はロクなものではない。
どう聞いても攻撃的な魔法だ。
魔法を使うにあたって、杖も詠唱も必須ではない。
実際、ごく一部の天才ならばそんなもの無くても凄い魔法を使いこなせるという。
それでも一般的に必要とされているのは、杖は魔法の標準を定めるため、詠唱は効果を安定させるためだ。
魔法とは形の無いものに形を与えるもの。
己の内側にある力を、外側に引き出す方法。
杖を向けることで『何を狙うのか』をはっきりと己に意識させ、詠唱をすることで『何をするのか』と認識させる。
詠唱にある内容は、文字通り、魔法の目的だ。
「そんなの当てたら、ユリウス君は」
どう聞いてもロクな目には合わない。
ジョージ程度では大怪我にならないだろうが、それでもボールを投げつけられた衝撃程度にはなるだろう。
当たり方が悪ければ、どうなることか。
「は? 別に、どうなったっていいだろ。 早くしろよ。 ほら。 ほらッ」
ギードの力はとても強い。
爪が食い込んで、握力で、もうジョージの手は悲鳴をあげていた。
(僕のせいで、ユリウス君が)
そもそも、ジョージのせいで此処に来てしまったのだ。
今更何を言ったところで無意味で、責任逃れでしかない。
もうユリウスと顔を合わせられないだろう。
とても恥ずかしい、最低な裏切り行為を彼に働いてしまっているのだから。
彼の師匠に憧れるなんて、言っていられない。
でも、早くしないと両親が。 故郷が。
ジョージの額を嫌な汗が流れ、杖を握る手が熱い。
まるで杖が第二の心臓となって、激しく鼓動し血をジョージに送っているかのようだった。
そして第一の心臓は、とにかく五月蠅い。
狙われているユリウスはこちらを見ない。
用具倉庫を睨むように見て、腕を組んでいる。
もしかしたら、夕方にはあんな事を言っておいて、でも具体的に何が起きるのか全く想像もついていないのかもしれない。
不意打ちなんて起きると思ってないのかも。
(そんな、ユリウス君……!)
せめて逃げてくれたらいいのに。 何も無いと気付いて、離れてくれたらいいのに。
まさか、誰かが堂々と現れて襲ってくるとでも思っているのか。
魔法で狙撃する可能性なんて、気付いていないのか。
「ほら早く、早くやれっ」
「打てよ」
ギード達が急かしてくる。
『師匠に己を誇れるようになりたいと思っている』。
そんなユリウスの言葉を思い返す。
彼は、言動がどうあれ、最低でも師匠への憧れは本物だ。
きっと本気で師匠に誇れる自分になろうとしているのだろう。
(……じゃあ、僕は?)
それに比べて、ジョージはどうだろう。
両親のため、故郷のためなんて言って、そんな言い訳をして、友達と言ってくれた相手を攻撃しようとしている。
(そんなことして、お父さんとお母さんに、自分を誇れる?)
友達に酷いことをしてでも、家族が信じる『天才』の自分を守るべきなのか。
嘘を吐いて、騙して、他人を傷つけて、その上で卒業した証を持って、両親に会えるのか。
その時は、どんな顔で両親に会えば良いのだろう。
『僕は人を裏切って卑怯な不意打ちをしたけど、無事に卒業しました』なんて、言えるのか。
そんな自分で、何も恥ずかしくないと思ってるのか。
それは。
とても。
「……だ」
小さく呟く。
「あ?」
すぐ近くに居たがか細すぎて声を聞き取れなかったらしいギードは、顔を顰める。
「いいから、早くやれよ」
ジョージの手を握る力がより強くなった。
ギードの爪が皮膚を切り裂いて、今にも血が出てきそうだ。
痛い。
痛いし、怖い。 ギードに逆らうのも恐ろしい。
だがそんなギードの手を、思い切りジョージは振り払った。
転がるようにギード達から離れ、驚いた顔をしている二人を見る。
「ぼ、僕は、嫌だ。 友達にそんな卑怯なこと、絶対にしない!」
手が痛い。
それでもジョージは杖を二人に向け、大声をあげた。
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