i mind

 生まれた娘に、クリフは「アミー」と名前をつけた。アミーの元にはたくさんの仲間たちが訪れて、しげしげと新たな命を眺めた。ナチュラルもアンドロイドも関係なく、アミーに興味津々だった。

 こうしてみると、《山羊》の中にも個性がある。はじめはみんな一様に思われたアンドロイドの中にも、ちいさな差異があって、それが個人を認識するためのヒントになっていた。来たばかりの時は名前も言えなかったのに、わたしはこのころには彼らを見分けていたし、彼らの習性さえ知っていた。

 工場から廃棄されてさまよってここへきたもの、「買い手」がついたものの捨てられたもの、それからわたしやケビンと同じく《クリプト》に捨てられたもの、《クリプト》に「規格外」の烙印を押されたものなど、さまざまなアンドロイドたちがいた。彼らは毎日の営みを粛々しゅくしゅくとこなし、そして気ままにアミーのもとを訪れては、しげしげと彼女を眺めた。アミーはというと、訪れたのが誰であれ、にこにこと来客を迎えた。


『どっちが偽物なの』

 ケビンにあの言葉を投げかけられたときから、ずいぶん遠くまで来たような気がする。わたしはアミーに乳を吸わせながら、ときおりアイのことを考えた。アイはどうしているだろうか。わたしがいなくなってどう思っただろうか。

 わたしと同じくらい、悲しんでくれているだろうか。

「何を考えてるんだ、マイ」

 砂を落としてきたクリフが、わたしのとなりに座って娘のつむじの毛をくるくると巻いた。

「昔のこと」

「昔っていつ? 地下室にいたときのことかい」

「そう。……双子の姉妹のこと」

 クリフは黙り込んだ。

 実はアミーが誕生する少し前から、クリフは《電気羊》を襲撃する計画を立てていた。《クリプト》の所在がはっきりしたこと、こちら側に十分な戦力が用意できたこと、そして内部のことを記憶しているクリフが「行ける」と判断したためだ。

「襲撃は五日後だ。きみの姉も、死ぬかもしれない」

「……」

「戦闘員は数えるほどしかいない、いたとして二人のブラザーだけだ。警備システムをやっつけてハックしてしまえばいい」

「そう、うまくいくかな」

 わたしは何度も聞かされたクリフの計画に一抹の不安を感じていた。なんども見せられた内部地図や、なんども確認した侵入ルートのことを思い返した。それらはわたしの身体を打つ砂塵の砂であって、内部にしみこんでくる水ではなかった。どこまで行ってもそれは、クリフの持ち込んだ計画であって、わたしの現実には這入りこんでこなかったのだ。

「ブラザーたちが戦っているところを、わたしたちは見たことがないんだよ」

「大丈夫だ、万事うまくいくさ。天は《山羊おれたち》を見ている。おれたちに味方してくれる」

 それからクリフはわたしにキスをした。

「すぐに帰るよ、マイディア」




 クリフが物言わぬ遺体になって帰ってきたのは、襲撃から一週間後のことだった。「穴」のすぐそばに、アンドロイドたちの遺骸に交じって打ち捨てられていた、と聞いた。

 クリフの死に顔は、彼の《偽物の弟》ケビンと似ていた。開かれたままの目を砂が覆い、白すぎる皮膚は乾いていた。あの日手足を変な方向に曲げて横たわっていたケビンと、今目の前にいるこの人の亡骸と、なんの差があるのか、わからなかった。

 わたしは泣くこともできずに、わたしの代わりに泣きじゃくると、何も知らず乳を欲しがるアミーの泣き声の間に挟まって、次のことを考えていた。《山羊》は《電気羊》の制圧に失敗した。リーダーのクリフは亡骸で帰ってきた。群れをまとめるものがいなくなった――。


「みんなを呼んでちょうだい」


 わたしは冷静だった。夫を失った悲しみが、現実に追い付いてこなかった。身体を痛いほど打つ砂粒の中で、わたしは無我夢中にもがくしかない。そしてその砂を呑んででも、生きていかねばならない。彼ら山羊たちを、率いて。


「次を考えなければならない。わたしたちは戦力の三分の二を失った」


 悲しみなんかよりも、これからのことを考えなければならない。その義務感が、わたしを駆り立ててそのまま連れていく。ここではないどこかへ。

「《電気羊》が何か行動を起こさないとも限らない。取り急ぎ、《穴》を移動する。別の座標へ」

 どうやって。どのように。どこへ。彼らの声が輪になって響いてくる中で、わたしはクリフと交わした言葉を思い出している。


『マイはアジア系なのかな』

『アジアって、なに?』


「東へ行こう」

 わたしは彼らの目を見渡した。ボタンのような目、ナチュラルそっくりの精巧な目、アンドロイドの精度に差はあれど、彼らは同等にわたしの群れの仲間だ。《電気羊》に「規格外品」として捨てられて、クリフに拾われた。わたしと同じだ。


――これは、闘争だ。わたしは確信した。わたしたちが、わたしたちの価値を主張するための。


 わたしたち不用品が、わたしたちweとして生きていくための。


「まず東の水脈を探す。《電気羊》に見つからないようにことを進めないといけない」

 おばあが地図を持ってきてくれる。書き込みだらけの大きな地図に、《電気羊》の地下室の場所が記されている。わたしはそれがクリフの筆跡であることに気づいた。気づいたけれど、どうにもならなかった。

「みんなの知恵を貸してほしい。わたしは無知だ」


 わたしの指先が、古い地図をぐっと握る。紙の上の砂漠が歪む。


「でも、クリフが成し遂げたかったことを、わたしも成し遂げたいと思ってる。……力を貸して。みんな。わたしたちは、《電気羊》を、潰すんだ」


 その時は分からなかったのだけれど、わたしの「それ」は完全なる復讐心だった。わたしは呑んだ砂がもたらす渇きの中で、ひた走ることを選んだ。


「そのために拠点を移す。採決をとろう、反対するものはいるか」


 わたしの声が彼らの作られた横顔を照らし出した。もはや、明白だった。


「決まったね。……東へ」

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