I’m MY

 次にわたしが目覚めた時、そこは慣れたベッドの上でもアイの隣でもなくて、ざらついた砂の上だった。風に流されてきた砂が背中をびっしりと覆っていて、身動きすると服の中に入ってくる。わたしはぼんやりする頭で、首筋がヒリヒリする、と思いながら、体を起こし、ボサボサの頭に触れた。股の間からは相変わらず血が流れていた。絶え間なく、というよりは、思い出したように。緩み切らない蛇口が、雫を溜めては落とすみたいに。わたしは自分の体に起こったできごとを、早くも本能的に受け入れていた。そういうもの、なのだと。


「どこ」


 わたしの声はガラガラしていて聞き苦しかった。喉をおさえると、首筋の皮膚がチリチリ痛む。どうやら火傷をしているようだ。

 自分のぐるりを見渡せば、さあさあと吹く風に砂が流れて、わたしの上に降ってくる。何処ともしれない、砂漠の真ん中のようだった。見渡せど、砂。目印になりそうなものは何処にもない。その代わり、隣にはケビンが倒れていて、ぴくりとも動かない。手足が、変な方向に曲がっていた。わたしは麻痺したみたいに、ぼんやりと足元を見た。乾いた砂に血が吸われていく。

「ねえなぜ血が出てるの?」とケビンに聞かれたら困るな、とわたしは思った。ケビンは思ったことを聞かずにはいられないから、「なぜwhy?」を先んじて封じ込めておく必要がある。


「ねえ、ケビン?」


 ケビンの首筋にも番号シリアルが印字されているはずだった。でも、彼の首には、焼けこげたような痕がひとつあるほかは何もなかった。そこで、ようやく、麻痺して失われていた危機感が戻ってきた。

「ケビン」

 わたしはゆっくりと彼の顔を覗き込んだ。──わたしが機械人間アンドロイドの遺骸を見たのはその時が初めてだった。機械人間アンドロイドだろうが天然人間ナチュラルだろうが、遺体は遺体であって、死に顔もそう変わらないことを、わたしは後々知ることになる。……が、わたしは精神的な衝撃から身を守るために、意識的にシャッターを下ろし、ぼんやりして、彼の開かれた瞼を、そこにうっすら積もった砂を見ていた。

「死んだの?」

 もう動かないものに向かって「死んだの?」だなんて笑っちゃうね。とアイなら言うかもしれない。それは変だよ。旧いセンチメンタリズムだよ、マイ。死んだものが答えるわけないじゃない。応答レスポンスを期待するだけ無駄だよ。

 だけど、たとえアイがそう言ったとしても、わたしは泣いたに違いない。わたしは悲しかった。あの「バカのケビン」の末期が、こんな乾いた世界の中心で、砂にまみれて、だなんて。

 わたしはゆっくりとケビンの顔から砂を払った。


──悪い子は《クリプト》の外に放り出されちゃうよ。

 つまるところ、わたしもケビンも《クリプト》にとっての悪い子だったのだ。悟るまでにそう時間は掛からなかった。安全な地下室cryptから地上に放り出されたということは、つまりそういうこと──知らぬ間に居なくなった隣人たちは、こうして消えたのだろう。

 わたしは、きっと「あれ」を見てはいけなかった。ブラザー・カインがアイにしていたことを、見るべきではなかった。言いつけを守って、眠れずとも眠る努力をすればよかった。

 乾いた砂が頬を打つ。まつ毛の上に砂が積もる──。

 わたしたちはされてしまった。


 涙の上に砂が張り付く。顎を滑りおちる前に乾いていく。涙は死んでしまったケビンへの手向たむけにすらならない。暴力的な渇きと砂の中で、わたしは空を仰いだ。聞いていたよりも澄んだ、真っ青な空──。ふと、確信が天啓みたいに降ってきた。


 わたし、死ぬんだ。ここで。


──どっちが偽物なの?

──どっちかが偽物だとしたら、マイの方だと思う。

「ケビン、イミテーションはわたしだったみたい。あなたの言う通り」




 その時だ。

 諦めた時にこそ救いの手が現れる、とブラザー・アベルが言った通り──暴力的なほど大きな音が遠くからじょじょに近づいてきて、わたしの手前で止まった。がたがたと物音が響いて、乾いた砂の上を大股で誰かが歩いてくる。

「よかった!生きてる!」

 男の声がそう言って、わたしの真上に影がさした。

「喉は渇いていないか」

 男は腰に下げていた銀色の筒を差し出した。中には驚くほど冷たく美味しい水が入っていて、わたしはそれを一滴残らず飲み干してしまった。

「立てるか?」

 後から知った話になるけれど、カーキ色のジープを駆って、砂漠の中心に投げ出されていたわたしを助けたこの男こそが、「ケビンの兄」のクリフだった。でもこの時わたしは、逆光を背負っているその男を見上げることすらかなわなかった。

「抱えていこう。大丈夫だ。

 彼はやすやすとわたしを抱き上げて、それからようやく、足をつたっている血に気づいた。

「君、どこか怪我をしてる?」

「怪我はしてない」わたしは砂にやられた目を瞑って、彼の逞しい肩に体を預けた。曖昧な視界の中で、わたしは彼に訴えた。

「ケビンがしんじゃった、ケビンが」

「……そうか」

 彼は変に曲がってしまっているケビンを見下ろして、その腕を掴み上げた。きしきしと何かが軋む音がした。

「作ったり廃棄したり、好き勝手やりやがって。《電気羊》の奴ら」

「《電気羊》って、なに?」

 彼は口をつぐみ、わたしの質問に答えるつもりがないことを示した。

「……まず、君を手当しなきゃならない」

 わたしは「怪我はしていない」と再び念をおした。現に、何処も痛くなかった。

 車の助手席(これもあとで覚えた)に載せられたわたしは、後ろのスペースに乗せられるケビンをじいっと見ていた。そんなわたしの様子に気づいた男は、首元から鼻までを覆っていた大きなマスクを外して、顔を晒した。

「君の名前は?」

「わたしはマイ」

「そうか。俺はクリフだ。よろしく」


 わたしはその名を聞いて素早く彼の首元へと視線を滑らせた。そこには、ケビンと同じように──何かで焼かれたような火傷の痕が残っているのだった。


 



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