第4話 『英霊たちへ告ぐ』



「私はアドルフ・ヒトラー。 ドイツの政治家であり、ナチス党の指導者だ。 ここにいる全員、第三帝国のことは当然知っているだろう? 知らない? なんと嘆かわしい! 私は『我が闘争』や『大いなる移動』などの著書を残している。 太宰や芥川ほど文学とはあまり縁がないが、私の思想はきっと、未来の同胞たちにも継承されているはずだ! そうだろう、諸君!」




 シン、と静まった教室に、椅子を引く音が響く。

 窓際に座っていた第二の軍服男、スターリンだった。




「ああ、アドルフくん、こんなところにいたんですね。 皆さん、私はスターリンといいます。 彼とは違い、ロシアの政治家です。 ソビエト連邦の指導者でした。 私は。 アドルフくんとは、ちょっと前まで喧嘩していましてね、まさか第二次世界大戦で敵対することになるとは。 はっはっは、死後こっちでは仲良くやっていこうじゃないですか!」




 その口ぶりに憤怒したヒトラーが発火した。




「この間のパーティで、何をしていたんだ!?」


「お前には関係ないだろう、負け犬め」


「それが関係あるんだよ! ソビエト連邦のリーダーが、他国の首脳と協力することは許されないんだ!」


「どこが許されないのか教えてくれよ、アドルフくん」


「それは当たり前だろう! 赤化統一戦線に対する裏切り行為だ!」


「お前、本当にまともに話せないな。赤化統一戦線の話を出すくらいなら、お前の方が黙った方が良いんじゃないのか?」


「何を言ってるんだ! 赤化統一戦線こそが、我々の理想だったはずだろう!」


「アドルフくん、それはお前だけの理想だよ。私たちには関係ないさ」




 ヒトラーは顔を真っ赤にして叫びました。




「関係ない!? 関係ないだと!? 貴様死後なのを良いことに抜け抜けと何を言ってるんだ! スターリン! ソビエト連邦のリーダーが、国際主義者ではないと言うのか!?」




 スターリンは眉をひそめて、冷たく答える。




「お前は勘違いしている。国際主義者であることと、他国の首脳と協力することは別物だ」


「ああ、そうか! それでお前がやってることは、裏切りじゃないって言うんだな! あぁっ!?」


「お前は……、本当にばかだな」とスターリンはため息をつきました。




 教室の生徒たちは、ヒトラーとスターリンの言い争いを黙って見守っていた。

 本来、彼らが同じ教室で授業を受けていること自体が奇妙なことだというのに、よりカオスが極まっていく。


 二人は10分ほど経っても、まだ教卓で口喧嘩を続けていた。

 レーニンは二人が喧嘩しているのを見て、顔をしかめた。




「あの二人、本当にうるさいですね」




 隣の席の芥川龍之介がレーニンに話しかける。




「ねえ、あの二人を止めた方がいいと思わないかい?」


「ああ、確かに。でも、どうやって止めたらいいかな?」




 二人のもとへ後ろから男が加わってきて、




「もしよければ、僕がやってみますよ」




 レーニンと芥川は驚いた表情を浮かべた。




「そんなことができるのか?」


「うん、大丈夫ですよきっと。二人とも私の小説のファンですから」




 と、男は自信たっぷりに答えて、すぐに教卓へ向かって、二人の間に入り、静かに話し始めた。

 最初はヒトラーとスターリンは反発していたが、徐々に男の言葉に耳を傾け始めた。すると、彼らの声は徐々に小さくなっていき、口喧嘩は収まった。


 レーニンと芥川は感心した表情を浮かべた。

 芥川は帰ってきた男に向けて、




「すごいね、君。 あの大鬼たちを黙らせるなんて」




 すると、男は微笑んで言った。




「小説家の力って、意外と大きいんですよ」




 と。

 男は、三島由紀夫であった。


 教室の中は再び静かになり、みんなが机に座り、次の自己紹介を待ち始めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る