第7話
「……あいつらは、今はまだ群がるだけで何もできない」
小さなものが消えたのを確認するように、ぼろを纏った人が視界を遮る布を肩におろした。
「オサルチャン……?」
短い茶髪と顔の横についた半月形の耳を見た瞬間、何かを思い出すより先に言葉が口をつく。
「なんだ、お前も支払い義務違反者か?」
ぼろを纏った人は一瞬大きく目を見開いたが、すぐに思案するように顎に手を当てる。
「―――、――――?」
次に発せられた言葉は聞き取れない別の種族の言葉で、その挑発的な眼差しから自分が試されているとわかり少し腹が立った。
「意地悪をされる意味がわからない」
最初に聞き取れる言葉を発していたのだから、彼は長耳の言葉が話せるはずなのに。
「ああ、悪い悪い。さっきのは偶然か。お前、俺の種族がわかってたわけじゃないんだな。俺がいま話してる言葉も何の言葉かわかってないんだろ?」
「長耳の言葉でわざわざ嫌味を言って、嫌な奴だな」
「違う。よく聞け、これは本当に長耳の言葉か?」
そう言われ、はたと気付く。
音だけ拾えばそれは、長耳の言葉とはかけ離れていて、しかし正確に意味が拾える。
三角耳のものとも角丸耳のものともニュアンスが違い、一番近いのは……
「オムカエの言葉だ」
正解、と言うように彼が人差し指をこちらに向ける。
「便利だろ。これはお前らが手放したものだ。まるでバベルの塔。愚かしいことだな」
やはり嫌味を言っていると感じたことは間違ってはいなかったようだ。
「ウータン!――――――?」
後方からムサシの声が響いた。
次の瞬間彼は再びぼろを目深に被り、横穴の奥へ小さく屈んで進んでいく。
「呼ばれてるんだろう、早く戻れ」
外から見るより奥行きがあったのかと彼の進んだ先を覗くと、無理矢理通ればなんとかひとり通れそうな岩の裂け目から、遠い水平線と波に洗われ丸くなった石の浜が見えた。
彼はそこを通り抜けて行ってしまったらしい。
新しい疑問だけを悪戯にばら撒いて、自分勝手に去っていく。やっぱり彼はなんだか嫌な奴だった。
「ムサシ、勝手にいなくなってごめん」
振り向いて身振りで車に戻ろうと促す。
ジェスチャーといくつか覚えた互いの言葉だけでは、込み入った話しは全く通じない。
そこは彼も痛感しているのか、先ほどいたぼろを纏った人を気にしている様子はあったが何も言わず、連れ立って駐車場に戻った。
陽が高くなり、少しの間密閉されていた軽トラの車内は、差し込む日差しに熱せられてムワリと蒸し暑い。
扉を数回開け閉めして中の空気を入れ替えると、ムサシの相棒である彼は、不機嫌そうにブルルと唸ってエンジンを回した。
「――――、はい、たつ?―――――」
驚いたことに、ムサシは出発前の説明の中から、配達という単語を拾い上げられていたらしい。
大きく頷き返し、親指を立てて上に上げる。
「配達!」
「――――!」
「――――?」
「はいたつ!」
お互いの言葉を確認し合いながら、ミント色の軽トラはゆっくりと風を切り始めた。
小さな商店街は、三角耳のお年寄りの店が圧倒的に多い。
ムサシはコンテナからダンボールに必要な品を移し、数軒回って配達をし、店主たちと少し雑談に興じてからニコニコと手を振って戻ってきた。
どの店主たちからも温かい眼差しを受けている様子が微笑ましい。
次に向かったのは街にほど近い住宅街で、軒数は多くないが一軒ずつの敷地が広く、塀に囲まれている。
ムサシが呼び鈴を押して話しているのを聞くに、角丸耳の家が多い印象だった。
「はいたつ」
車に戻ってきたムサシがそう言って人差し指を立てる。
あと一軒ということだろう。
頷いて親指を立てると、なぜか少しムサシの目が泳いだ。
疑問に思いつつ問うべきか迷っているうちに、軽トラは少しだけ走り、ずいぶん大きな金網の柵と立派な門に囲まれた、巨大な白い建物に着く。
黄色い土が真っ平らに敷かれた、植物が生えていない丸い庭が異様だ。
「ウータン」
軽トラを降りダンボールを抱えて、ムサシがこちら側のドアを開けた。
ついて来いということだろう。
よくわからないがムサシの横に立ち敷地に踏み入れる。
「おはよう!!」
建物に入った瞬間、ものすごい声量でムサシが叫んだ。
しかもそれは今朝覚えたばかりなはずの長耳の言葉で、彼の意図が見えず混乱が増していく。
「なんだ、君か。驚いたな」
やたら沢山ある下駄箱の隙間から、柔らかく落ち着いた声と共に真っ白な人物が姿を現した。
白い髪。白い服。白詰草の花冠。
目の周りにだけくっきりと、幅の広い化粧が施されている。
「今日は長耳も一緒か。こんにちは、私はジーザスもち丸だ。よろしく」
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