第6話

「じゃあ、ここからは会話がままならない二人で行くことになるから、簡単に必要事項を共有しとくぞ。まずムサシの今日の仕入れに海へ。そのあと数軒配達に行って、ムサシの家の見回り。この間はウータンは横に乗ってるだけでいいから。その後、銀杏屋敷の坂を上がって住宅街に入ったら、ウータンが指差しで道を指示して」

コゲが二人に別々の言語で手際良く要点を共有してくれる。

あまり手間を増やしては悪いと思いつつ、どうしても気になったことがあり質問してしまった。

「この食料品の仕入れって全部海からなのか?」

コゲは嫌な顔をすることもなくさらりとそれをムサシに尋ね、回答を得て幾度か頷きこちらを向く。

「僕は見たこと無いが、船着場に船がたくさん着くらしい。三角耳の海のボスがいて、船から引き上げた品を仕分けて渡してくれるそうだ。良いものが届くたびに『うまいもんはなんでも海から来るって相場は決まってんだ』って誇らしげに言ってるってさ」

その言葉だけでもう、気の良い海の男なのだろうと察せられる。

話せる種族ではないにせよ、遠巻きに仕入れの様子を眺めるのが楽しみになった。


中断していた食事を済ませた後、全員で軽く店内と店の外の見回りをする。

変化はまだどこにも現れていないようだった。

道行く人を見かけるたび、この店の店主にオムカエが来たことと、それに伴い街並みが変わる可能性を、話せる者が伝えて周知を依頼した。

散歩に出る習慣があるのが三角耳と角丸耳に特に多いのか、もしくは街の住人全体の割合か、通りかかるのはほとんどがその2種族のどちらかだった。


「この感じならあまりすぐに変化はなさそうだし、急がずに行ってきなよ」

「ああ。じゃあ、留守の間を頼む」

ミント色の軽トラの助手席に乗り込み、ダダとコゲに手を振る。

ムサシに身振り手振りでシートベルトの装着を促され、少し苦戦しながらなんとか着け終えると、低いエンジンの音がして軽トラが発進した。


空は青く晴れ渡り、車道を走るのはこの軽トラだけ。

街中のいくつも交差する狭い道を抜ければその先は、白いガードレールがどこまでも続く真っ直ぐな海沿いの道が続いていた。

「最高だ……」

思わず声に出てしまった感動に、ハンドルを握ったままムサシが首を傾げる。

物の名前じゃない言葉を一体どうやれば伝えられるのか。

固まってしまった自分のフードから、相棒がのそりと這い出してダッシュボードに飛び移った。

短い両手を上げ、ポップコーンのように飛び跳ねる。

そのジェスチャーで楽しんでいる気持ちは伝わったらしい。

ムサシが笑顔で親指を立てクイッと上げた。



海岸線をしばらく真っ直ぐに走った先、防波堤と岬に丸く囲まれた船着場では、野生味溢れる精悍な三角耳の男たちと、快活で力強い雰囲気の三角耳の女たちが、しきりに海から何かを引き上げていた。

小包み程度の大きさのものからカフェの椅子程度の大きさのものまで、サイズはまちまちだが全て淡い色で微かに発光しており、停車した軽トラの助手席から目を凝らしてよく見れば、それはひとつひとつ違う船の形をしていた。

その小さな船は陸に上がるとゆっくりと融解し、中から様々な食料品や小物がまろび出る。


ムサシが軽トラのエンジンを切り、シートベルトを外したところで、防波堤の外側遠くに本物の船の姿が見えた。

「―――、――――」

先ほどコゲと三人で話していたときに聞いた音なので、ムサシの言いたいことはすぐにわかった。

あの船に乗っているのが海のボスなのだろう。

ムサシが車を降り船着場を歩いている間に、船は悠然と船着場に身を寄せた。

近くにいた三角耳の若い男が手際良く停泊を手伝い、海のボスと思わしき強面の三角耳が、流れるような仕草で使い込まれたクーラーボックスをその若い男に手渡す。

海のボスの頭には白いタオルが細く捻った状態で巻かれており、青い空と青い海に映えるその白は、なんだか妙に誇らしげに見えた。


船上での作業を終えたらしく、海のボスはヒョイッと軽く船着場に降り立ち、丁度そこに着いたムサシを交えて少しの雑談をして快活に笑う。

上機嫌でクーラーボックスを開けて見せているところを見ると、よほど満足のいく釣果だったのだろう。

彼はその後、船着場に用意されていたプラスチックのコンテナに、融解した小舟の品をひょいひょいと選び入れた。

クーラーボックスから氷と魚を取り出し、それをビニール袋に入れ口をきつく縛ったものも同様にコンテナの中に放り込み、ずしりと重そうなそれを持ち上げてムサシに手渡す。


ムサシが船着場の先からコンテナを運んでくるのを待つ間、何の気なしに船着場の反対側の岩肌に目をやると、風雨に削られたらしき横穴に、何かが蠢くのが見えた。


ぼろを纏った人、のようだが、何か複数の小さなものに襲われている……?



尋常ならざる雰囲気に気付いたとき、自分の手は驚くほど早くシートベルトを外し車のドアを開け、足は勝手に駆け出していた。

それでいて頭には、今は関係ないあずきときなことオムカエの修羅場が浮かぶ。

あの時は他者の事情に首を突っ込む気なんてなかったのに。

これは余計なお世話かもしれないと、今だって思うのに。

駐車場の砂利を蹴散らし、歩道のアスファルトを踏みしめてなお、足は止まらない。


横穴にたどり着いてすぐ、蹲るぼろの端からのぞく細い腕を掴んだ。

「大丈夫か?!」

群がる小さなものは、民芸品の布人形に似た手足に、目の空洞だけがある水色の面をつけた奇妙な姿のものたちだった。

強引に押し退けるとパチンと泡が弾けるような微かな音を立てて消える。

『シハライギムイハン』

『シハライギムイハン』

極小さな声でそんな風に言っているように聞こえるが、これは気のせいかもしれない。

数体を押し退けたところで、波が引くように全ての小さなものたちが消えた。

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