第4話

「……ずいぶんと、物騒なオムカエだったね」

いち早く呆気に取られた空気から立ち直ったダダがそう呟く。

「でも目は優しかった。店内を見てるときも、マスターを見てるときも」

あずき達と修羅場を展開していたオムカエを見て、正直少しオムカエという存在に引き気味になっていたが、先程の黒い男の表情には親しさと愛おしさが溢れていた。

自分のときはどうなんだろうか。

願わくばあんな目で迎えて、相棒と共に手をとらせてくれればいい。


「なぁ、マスターにオムカエが来たってことはさ。……この店無くなるんじゃないか?」

遠く自分のオムカエに思いを馳せかけた思考を、コゲの一言が呼び戻す。

「そうだ、ここは街の中でもかなり古い店だとさっき言っていたが、ここが消えたら街並み自体に大きな影響が出る可能性もあるな」

「……それはかなりまずい。知らずに道に迷う者が続出するかもしれない。せめてある程度周知できるまで保ってほしいところだが」

突然降って湧いた問題に思わず頭を抱えた。

今日たまたまこの場に居合わせたが、もしマスターのオムカエが訪れるのが別の日だったら、社交性が無く情報交換の相手もいない自分は、確実に店を探して迷子になる側だったのだ。


「――――――――――!」

三角耳の言葉でコゲが声を張った。

店内にいる他の三角耳に呼びかけているらしい。

数名いた三角耳がコゲに注目し、角丸耳の二人連れと一人で来ていた丸耳の女性が居心地悪げに顔を伏せた。

こちらに共通言語を話せる者がいないとはいえ、その肩身の狭さは安易に想像がつき、なんだか申し訳ない気分になる。

しかし、とにかく一人でもこの懸念を共有できていた方が良いのは確かだ。


コゲが三角耳達に状況を説明し始めたとき、カウンターの奥の勝手口が開いた。

「――――――!!――?――――??」

片手にダンボールを抱え、やたらに元気良く入って来た男は、どう見ても角丸耳なのだが話している言語の響きは三角耳のもののようで、見ていて混乱する。

同じ特技を持つコゲも一瞬目を丸くしたが、すぐに渡りに船とその男を捕まえて、角丸耳の二人連れへの伝達を頼んだようだった。

自分にはわからない言語で、しかし迅速に事態が共有されていく。

こうなるととうとう一人だけ何もわからないであろう丸耳の女性が気になった。


「あの、お嬢さん。ここ、この店、消えるかもしれなくて」

伝わりっこないとわかっていても、なんとかならないかと、大袈裟に身振り手振りを交えて話しかけてみる。

「街や、道、変わるかもしれなくて。迷子、ならないよう、気をつけて」

突然話しかけられ身をすくませた丸耳の女性は、最初の一言に驚いた顔をし、なんとか話を汲み取ろうと真剣な顔で身振り手振りをしっかりと見つめていた。

「――、―――。――、―――?」

使う言語は違う。でも、彼女が返した身振り手振りの補助で、何を言ったかがわりとはっきりわかった。ここ、終わる。道、変わる?そんな意味の言葉だろう。

自分の使う言語と彼女の使う言語の響きは微妙に似ているように思えた。

「そう。合ってる。だから、気をつけてね」

ゆっくり何度も頷いて、伝わったことを伝え返す。

彼女もにこりと笑い、それから自身を指差し言った。

「―――、―――――。オジョウ、―――――――」

身振りはシンプルなその指差し一つだったが、親しみが微かに滲んだ表情と音の響きで、彼女の名前がオジョウであること、だからお嬢さんと話しかけられて驚いたことを言っているとわかった。

「オジョウ、話せてよかった。聞いてくれてありがとう」

握手の手は、晴れやかな笑顔と共にすぐに握り返された。


「ウータン、やるねぇ」

一通り状況説明をし終えたコゲが、ニヤニヤと肘で突っついてくる。

「コゲのようにはいかないさ、笑うなよ」

「いや、僕は最初から話せる相手に話してるだけだし、話せなくても伝えようとしてたのすごいじゃんってさ。で、ものは相談なんだけど」

コゲが目配せし、隣に先程の角丸耳の男が立った。

「しばらく僕らと彼とウータンで、この近辺の変化を気にしつつ迷った人を誘導しないか?」


店がどれくらいの期間で消えるのかはこの場にいる誰にもわからなかった。

街の変化も予測がつかない。

先ほど話した三角耳と角丸耳の客たちには知人への周知を頼んだらしいが、それでも変化次第で迷う者は出るだろう。

正直そこまで他者に協力的に動く自分が想像つかなくはあるのだが、オジョウとの意思疎通成功の高揚が気持ちを前向きに押し上げていた。

「うまくできるかはわからないけど」

曖昧に了承の意を伝えれば、両側からがっしりと肩を組まれる。

フードにいた相棒が驚いて頭上に逃げたのが感触でわかった。

ダダの方はと見ると、ちゃっかり少し距離を取ってこの雑なコミュニケーションを避けている。


なんとか硬い腕の柵を抜けると、頸ににすりすりと柔らかい感触が触れた。

相棒は優しい。そして少しおせっかいだ。

自分がダダとコゲに半ば強引に引き込まれ、他者との関わりが増えていくのを、彼はどうやら喜んで歓迎しているようだった。

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