第5話 人間の上位互換
俺は臆病だ。臆病になったの方が正しいのかな。夜だけとはいえ、強力なスキルを持ってる。村から出てすぐのところのモンスターぐらいなら多分倒せる。けど、俺はそんなことはしない。ダサいと言われても構わない。誰になんと言われようと構わない。こんなところでくだらないことに命を賭けるつもりは全く無い。
一度死んだからといって、命の重みが軽くなることはない。死ぬのは怖い。死んだ瞬間を思い出そうとすると、頭の中に恐怖と絶望が溢れていく。全身が炎で焼かれていく。熱さと痛みだけが感じられる。心の底から震え立つあの感覚は、ふとした瞬間蘇る。あれを二度と味わいたくはない。一度でも頭が狂ってしまいそうだ。二度味わえば今の俺はいなくなってしまうかもしれない。それだけの恐怖だ。
死なないように慎重になるのは当然のことだ。というか、ラノベとかゲームの主人公達は慎重性に欠ける。まあ、もちろんチート持ちなら分かるんだけどさ、ファンタジーゲームの主人公なんて最初の方は流石にそんな強いことはあんまりない。あーゆうのは努力するし、戦いでピンチになったりするけど、ギリギリで勝利したり、なぜか見逃されたりする。ラノベ、漫画はそういうご都合展開が許されるかもしれないけど、ゲーム世界だと、そうはいかない。
ゲームなら、ゲームオーバーになったら時間が巻き戻ったり、いつの間にか撤退している。けど、それは事実上の死亡を意味する。ここはゲームが元になった世界……多分。だから、上手く逃がしたりはしてくれない。死んでやり直せるとも思えない。また、転生出来るとも思えない。
じゃあここで問題。戦いで死なないためにはどうすればいいか? 答えは簡単。相手よりも強ければいい。相手に負けなければいい。
そのためにはとにかくトレーニングを続けるしかない。ただ、それだけではいつまでも、何もできない。実戦を行わなければ、どれだけ強くなっても意味をなさない。強さは何かに影響を与えなければ何の意味もない。
自然発生のモンスターは村のすぐ近くに現れることはない。ゲームだと、チュートリアルで戦うはずだったモンスターはスライムだ。うん、よくあるやつ。モンスターの定番だよな。素材も特に良いものを落とすことはないけど、スライム液は割と楽しみでもある。前世でスライムは結構さわり心地のいいものだった。
設定的にはすごくさわり心地がいいって記入したから、俺の知ってるスライムよりも気持ちいいかもしれない。
この世界に存在している物は、俺が作った設定通りの物になっている。例えば、村の周りの木の多くに実っている、『黒いリンゴ』は、名前の通りに、黒いリンゴの見た目をしていて、リンゴの食感とぶどうの味がするって設定したけど、その通りだった。リンゴみたいにシャキシャキな食感と芳醇なぶどうの味がした。両方の良いところを一緒に味わえると思ってたけど、正直、ぶどうを食べたかったらぶどうを食べた方がいいし、リンゴを食べたかったら、リンゴを食べた方がいいと思った。
だからスライムはめちゃくちゃ気持ちのいいさわり心地の可能性が高い。だが、手に入れるためには結局、スライム狩りをしなければならない。
「このままじゃ、駄目だよなー」
俺がこのまま腐っていても、どうせ魔王軍によって、この村は火の海にされる。まあ、村の奴らがどうなろうと、別にどうでもいいけど。最低限家族と友人だけ守れればそれでいい。どのみち戦わずに生きていく選択肢は存在していない。
「行くか」
突然の判断だ。直前まで行くつもりは全く無かったけど、唐突にスライム狩りに行こうと、思った。
◆◇◆
村から少し離れたところにある小屋。その小屋からもうちょっと離れたところに開けた道がある。結構大きな道だ。その両端にスライムが自然発生していた。
「殺るか」
おそらく俺が一方的にスライムを殺すことができるはずだ。結構音を立てて、走って近づくけど、斬りかかる寸前まで、スライムは俺の存在に気づかなかった。
石の剣を一振り。誰かに習ったわけでもない適当な一振り。それでおしまい。あまりにもあっけなく終わってしまった。
スライムはスライム液を落として消えた。まあなんというか、ゲームっぽい消え方というか、スライムだしこんなもんでしょ。
「あー気持ちいいー」
スライム液は極上のさわり心地だった。ストレスが溜まったときとか、イライラした時にぜひ触りたい。こういう気持ちが安らかになるものはそういう時の特効薬だ。
とりあえず、家にあった使ってない瓶にスライム液を入れる。まあ、小屋に置いておけば大丈夫だろう。スライム液で作れるものなんてたかが知れてるし、普通におもちゃ的な使い方したほうが実用的かも。
この日から俺は狩りに出かけることが多くなった。
◆◇◆
スライム狩りを続けていると、段々飽きてきた。だってスライムがあまりにも弱すぎる。めちゃくちゃ適当に戦ってたら、囲まれて攻撃されたけど、ポヨンと音を立てるだけで、痛いとは全く思わなかった。いやまあ、HP的な概念がこの世界にあるなら、痛くなくてもそのまま攻撃を受け続けたらまずいんだろうけど。
けど、一方的に蹂躙するのは気分が良かった。モンスターなら、合法的に殺すことができるから、いいね。
いじめっ子が人をいじめる一つの原因はストレスだと、言われている。おそらく、今俺が感じてるのと近い感覚なんだろう。ふと、前世のある人間を思い出した。今となっては……元からどうでもいいことだけど。
どれだけ抗っても、何をしようと、無意味と化す絶対的な強さの差。弱者の抵抗を踏み躙る、圧倒的な暴力。
ただ、スライム狩りに飽きたのは事実だから、もうちょっと遠くに行ってみることにした。
確か森の奥の方に人型モンスターの集まりがあったはずだ。
◆◇◆
いたいた。モンスターも夜は眠るんだな。見張りぐらいしたほうがいいと思うけど。まあ、こういうやつらは都合がいいから、誰かが気づくと全員起き上がるんだよな。
今日はとりあえず一体殺れればそれでいい。人型モンスターは部族みたいに集まっている。槍や弓を持って戦うから、もしかしたら奪えるかもしれない。ゲームみたいに物質が消えるとは思えないし。
人型モンスター、ヒトモン。それ以外にいい名前が思いつかなかった。我ながら酷い名前を付けたもんだ。背丈は一般の男の人とそう変わらない。褐色肌の狂った目をした化け物だ。
気づかれないように、そっと近づいていく。バレたら一気に十体ぐらいのヒトモンに襲われてしまう。
「ギェア!」
一体、首を斬り落とした。ただ、その時の声が聞こえた他のヒトモン達が起き上がって、襲いかかってきた。
「ギェ!」
「ヤバイヤバイー」
殺したのが弓持ちでよかった。遠距離攻撃持ちに背中を向けるのは危険だからな。全速力で逃げれば、奴らでは追いつけない。
走って逃げる時に結構深い草むらを通ったから、脚から血が出てしまった。切った瞬間は少しだけ痛かった。
ヒトモンはそんなに深追いしてこなかった。真夜中だし、視界も悪いだろうからね。
隠せそうにないし、明日どう言い訳するかな、と考えてたら家に着く頃には傷が塞がっていた。
あー、そういえばエルフは自然から生命力を分けてもらえるみたいな設定があったっけ。エルフが自然を好むように、自然もエルフを好むみたいな。
もうガチで人間の上位互換だな、エルフって。主人公の設定をハーフエルフにしておいて本当によかった。この体を知ってしまったら、人間に産まれてきたい、なんて絶対に思えない。もしも、この世界で人間に転生してきた人がいたらマウントを取りたくて仕方ない。
◆◇◆
何事もなかったかのように、自宅で朝を迎える。
それと、一つ気がついたことがある。ヒトモンには独自のスキルがあった。まあ、覚える必要もない、どうでもいいスキルだけど。
とにかく、そのスキルが選べるようになっていた。つまりだ。ゲーム的には使えないようにしていたスキルを、相手に触れさえすれば、使えるようになるということだ。
それが可能だとするならば、この世界で最強のスキルが習得可能ということになる。
【万物の凌駕】
全属性攻撃を九十パーセント無効化。常時全状態異常効果を無効化。三十秒毎に、自身のHPを全回復する。十秒経過毎に自身のHPを除く全ステータスが上昇する。
魔王と魔王の娘だけが所持している、唯一無二の最強スキル。これがあれば、どんな傷を負ってもすぐに回復するし、属性攻撃はそもそもほとんど効かない。
俺の考えが正しければ、魔王か魔王の娘のどちらかに触れることさえできれば、このスキルを使うことができるようになるはずだ。
そしてその機会は、魔界に行く前にある。魔王に近づくのはあまりにも危険だが、魔王の娘は好戦的じゃない。触れることさえできればそれでいい。
創造主が異世界を統べる 白銀優真 @ultra1225
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