一章 異世界転生

第2話 転生

 意識が戻っていく。あれ? 意識がある? なんで? 俺は助かったのか?

 普通に考えればそんなことはありえない。体が焼けていた。全身が燃えていく感覚が思い出されていく。恐ろしい感覚だった。熱くて苦しい。体が焼けてしまった俺が何で生きているんだ?


 目を開けると、知らない天井だった。電気がついているわけじゃない。というか、天井に照明がついていない。何だここ? 病院では絶対にない。俺はどうなってしまったんだ?


 起き上がろうとしても、起き上がれない。体に踏ん張りが効かない。いや、腕にも脚にも力が入らない。手足が燃え落ちて、命だけ助かったのか? そんな馬鹿な。


「うう……ううー」


 声も上手く出せない。喋れない。

 ……なんか変だ。歯がない? それに俺はこんな声じゃない。高すぎる。まるで赤ん坊みたいな……。


「うん? どうしたの?」


 女の声が聞こえた。聞いたことない女の声だ。俺の顔を覗いてくる。彼女は金色の髪と、赤い瞳を持っている。どう見たって日本人じゃない。誰だ? この人。


「ううー」


 やっぱり上手く声が出せない。


「うふふっ。かわいい」


 彼女は目を輝かせて俺を見てくる。女のデレデレした顔を間近で見たのはこれが始めてだ。うん? 顔が目の前にある? なんでだ? 俺はこの人に持ち上げられているのか?


「あなたの名前、お母さんとお父さんで考えたんだよ。あなたの名前はマギア。家名はエンペラーだから、マギア・エンペラーね」


 は? どういうことだ。彼女は俺に一体何を言っているんだ? マギア・エンペラーって、俺が考えた名前じゃんか。どうなってる? 本当に俺はどうなってしまったんだ。


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、混乱する。狂いそうになる。いや。落ち着いて考えろ。赤ん坊みたいじゃなくて、俺は本当に赤ん坊になってしまったんじゃないか。そうだ、俺はこの女性の子供として、転生したんだ。


 明らかにラノベに脳を侵食されているとしか思えない答えだが、どう考えても結論はこれだ。意識ははっきりしているし、肌の感触もある。夢じゃない。現実だ。異世界転生が現実に起こったんだ。


 異世界転生といえば、まさに冒険だ。モンスターや魔物を倒すのが王道だ。よくあるお話だけど、実際にそれをするってなったら、読んだり、アニメで見るのとは比べ物にならない感動があるはずだ。最も、異世界転生したからといって必ずしもそうなるわけじゃあないと思うけど。


 だってまあ、俺が転生できたわけだから、他の一般人だって普通に転生できる可能性があるわけだ。別に俺が特別だって思い上がったりはしない。それに、俺は転生したけど、もしかしたらそのまま召喚された人だっているかもしれない。


 ただ一つ気になったことは新たな俺の名前だ。マギア・エンペラー。仮に前世だと仮定した俺が燃えて死ぬ間際に考えついた、俺の作ったゲームの主人公の名前。まあ、偶然? 奇跡的に? そんな名前になっただけだと思うけど。


 けど、そんなこと今は考えていても仕方ない。この新しい世界でどうやって生きていくか。というか、赤ん坊になった俺ってどうすればいいんだ? 自由に動くことすらできないし。乳児に物心なんてあるわけないから、仮に喋れるようになっても人前で饒舌に話すわけにもいかないし。


 いっそのこと、いくらか成長してから前世の記憶が蘇ったみたいな感じの方が良かったな。自我があっても、何もできないってのはつらいな。


 色々考えていたら、赤ん坊の泣き声が聞こえた。俺じゃない。いや、むしろ泣かないと不思議か? いやでも泣くっていったって赤ん坊の真似なんてどうすればいいんだ?


「はいはい、ごめんね。ほら、あなた達は兄妹。お兄ちゃんと妹だよ」


「ううー」


 妹? 俺もしかして双子? まじかよ。もしかしてこいつも転生者か? 俺が転生者ならありえない話じゃない。……と思ったが、こんなに泣いているんだ。普通の人ならそんな恥を晒すような真似はしないだろう。多分、転生者じゃない。うん、きっと。


 でも妹か。前世の俺は一人っ子だから、妹がいるって変な感覚だな。血の繋がった妹。少なくとも、嫌われないようにはしたいな。仲良くできるなら仲良くしたいけど、別に無理に仲良くやろうとは思わない。兄妹って仲悪くなりがちなんだよな。他の人の話聞いたり、見てたりしてたら。ラノベだとツンデレなのがテンプレだけど。


「あなたはルキナ。ルキナ・エンペラー。かわいい名前でしょ? マギアとルキナ、仲良くしてね」


 ルキナ、か。仲良くできれば御の字、仲悪くならなきゃいいぐらいの感覚でいないとな。


 あーそれにしても、何を楽しみに生きていけばいいやら。こういう異世界に一般的な娯楽が流通してるとは思わないし。例えそれがあっても、今の俺の体じゃゲームすることも、ラノベを読むこともできないしな。


 冒険できるになるのだってある程度成長してからだろう。冒険って俺は楽観的に言うけど、実際は楽しいことだらけなんてありえないよな。ゲーム好きやラノベ好きはこう思う。実際に冒険できたらどれだけ楽しいだろうと。でも、ゲームだから楽しいっていうのが現実だろうな。ゲームやラノベの中の冒険者は苦しいことの連続だったりする。攻撃を喰らえば痛い。実際にあんなことができるやつなんてほとんどいないだろう。


 でも、俺はそうは思わない。痛い感触なんてちびっこが鬼ごっこなんかは転んで擦りむいたりするのの延長だろう。さっき……さっきじゃないのか? まあいいか。さっき俺は燃えて死んだんだ。あれ以上につらいものなんてそうそう無いだろう。一度つらい痛みを感じると、それから感覚が麻痺する。何度も味わえば味わうほど、感覚の麻痺が加速する。冒険するなら、痛い思いをいっぱいしたほうが後々楽そうだ。


 とりあえず、俺は転生した。せっかくの異世界転生。存分に楽しみたいけど、まずは、この世界がどういう世界なのか、調べなきゃならないな。

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