第1話 愚かな妄執

 学校の窓から雪の降る外を見つめる。冬は寒い。外に出るとすぐに手がかじかむ。家に居ても手がかじかむ。もちろん学校の中でだって。でも、暖房とか布団とかの温かみを感じられるのは冬だけだ。そして二年前の冬はそれとはまるで違う熱をもらった。

 俺は広町幸希。どこにでもいる普通の高校生だ。俺には特に好きな物が二つある。ラノベとゲームだ。

 ラノベってのは作者の好みが反映されるものだ。作品を読めば、どんな人物が作者の好みなのかがよくわかる。内容も十人十色。浅はかな俺じゃあ思いつくことのないアイデアを出してくる。だからこそ面白い。


 ゲームは毎年面白いものが新作として現れる。ジャンルは様々。ソシャゲだってそうだ。面白いものが現れ、元からあったゲームは更に進化し、ユーザーを喜ばせる。

 ゲームは最高の娯楽だ。ストレスが溜まり続ける今の世の中ゲームがないと生きていけない人間なんていくらでもいるだろう。俺もその一人だ。


 俺はこの先も、ただ提供される娯楽を楽しむ一般人として過ごして行くんだと思ってた。

 だが去年の冬、ゲーム業界に激震が起きた。ゲームというコンテンツの革命、新次元と言ってもいい。


 CG。そう呼ばれるゲーム制作用AIデバイス。ゲームは遊ぶというコンテンツから自分で作りだす物へと変わった。

 CGはとてつもなく完成度の高いAIでゲーム作るものだ。まず、どういうゲームかを設定する。RPGやパズル、音楽ゲーム、オープンワールド、レースゲーム、連続ゲーム、シミュレーションゲームまで、ゲームというものなら何でも作ることができる。次は登場人物達の設定だ。名前や性格、年齢などを入力するとAIがそれに沿ったキャラクターの候補絵を出してくれる。髪色と目の色、髪型や装飾品もまで事細かに入力できる。次はストーリーの構成だ。どのように物語が展開するのかも自由に選ぶことができる。どのキャラクターがどのタイミングで出てくるのかも選べる。こうしてゲームの大枠を作ったら、次はゲームシステムを決める。RPGならターン制のコマンドバトルとか、ギミックとかを自由に選んで作れる。まあ、それからもありとあらゆる色々な要素を継ぎ足していってゲームを構築する。後はAIが細かな会話とかを自動で生成してゲームが完成する。


 CGは今までに存在しているゲーム、更にこれから生まれるゲー厶やCGで生まれたゲームの記録がされ、無限に進化する。

 CGの話題性は凄まじく、公開されて数分で全世界で話題になった。これを開発したのは日本の無名の会社だった。AIという技術においてCGは一つの到達点とも言える程、優れていた。

 

 これを欲した人間が一体何人いただろうか。ただの一般人でさえ、これ一つで高クオリティなゲームがいくつでも作り出せる。これさえあればわがままな自分の願望だけを詰め込んだ、理想のゲームを生み出すことだってできる。ゲームにおける万能の神のような代物だ。


 だが、こんなものを簡単に手に入れることはできない。これを作った会社は一つ五十万円で世に売り出した。ただの高校生なだけの俺には簡単に手に入れられる代物ではなかった。これを手に入れるためにはひたすら金を稼ぐしか方法がなかった。周りの友達だってこれだけ高いものは渋ってなかなか買おうとは思わないだろう。綺麗だと思ってもダイヤを買わないのと同じだ。


 でも欲しい。喉から手が出る程、ひたすらに欲しいと思った。俺にはゲームを作る技術なんてない。頭の中でこういうストーリー面白いなとか、こういうキャラクターいいなとか考えることができてもそれを実際にものにする力なんてない。でもこれさえあれば、それを実際のものにできるわけだ。細かいプログラムとかを一切学んでいない俺でも、アイデアを出すだけでゲームを作れるんだ。

 まあ、それを実行するには兎にも角にもCGを手に入れるしかない。ならばどうするかは明白だ。お金を稼げばいい。自分の手で五十万稼げば誰にも文句は言わせず、CGを手に入れられる。ひたすらにバイトをするしかない。俺は週7でバイトを入れた。

 月に約十万円程稼げた俺は本来五ヶ月でCGを手に入れられるはずだった。けど、高校生三年生の俺、未だCGを手に入れられずにいる。何故かって? それは、俺の学校の治安の問題がある。

 今、帰りホームが終わったところだ。担任の先生はそそくさと出ていく。何かを避けるように。


「よぉーす、陰キャボッチ君、じゃあ今日も行こうか?」


 出たよ。原因はこれ。クラスを牛耳ってるヤンキー共だ。その中でもリーダー格のやつが、矢島篤郎やじま あつろう

 俺が通ってる高校は治安がよろしくない。生徒がめちゃくちゃやってようが、お構い無しだ。ゆえに、一部のやつは一部のやつにいじめられている。一度いじめの現場を見せてもらったことがあるけどまあ酷いもんだった。同じ人間なのか疑う。けど、狙われるのはコミュニティの薄い人間だ。ある程度のコミュニティを確立していた俺はいじめられたことがない。むしろそのいじめっ子に気に入られていたほどだ。もう、お分かりだろう? そいつらのご機嫌取りのためにだいぶ金を使ってきたわけだ。


 矢島は陰キャボッチと言った、クラスでも浮いてる男を何処かへ連れて行った。


 ただまあ、いじめをそのまま見逃すのも俺の本意じゃない。矢島がどこに行ったかはだいたいわかってる。廊下に出ると、矢島はトイレに入って行った。やっぱりな。俺もトイレに向かった。

 他のクラスの声が聞こえてくる。


「矢島のやつ、またかよ」


「本当に一度も同じクラスになることがなくて良かったよ」


 俺がトイレに入ると、矢島がケラケラ笑いながら、ボッチの頭をを水に沈めていた。トイレの水っていったらもう、わかるだろ? 


「やめといたら? 毎日毎日、飽きてこない?」


「おぉ、幸希。まあまあ、そう言うなよ。これはこれでなかなかおもしろいんだぜ?」


「まあ、それは趣味の違いだな。それよりも、焼き肉行かないか? 今日は俺、気分がいいんだ」


「おお! そりゃあいい! そうと決まりゃこんなことしてる場合じゃねぇな。おーい、今日はもういいぞー」


 矢島はボッチの頭から手を離す。俺が申し訳無さそうに見つめるとそいつの顔はひどかった。容姿がじゃなく表情がだ。恐怖と絶望で浸されたような表情の中に、少しだけ反抗心、殺意を感じる。殺意のこもった目を俺に向けてくる。本人に抵抗できないから、その殺意を俺にぶつけるしかない。

 けど、俺からしたら、こいつに殺意を向けられる義理なんてこれぽっちもない。俺は結構ドライな性格だ。無意味な争いをするのはいやだが、身に降りかかる粉は振り払う。本当に大切なもの以外は割とどうでもいい。だから、俺が不利になる可能性は予め潰しておく。


「わり、ちょっと待ってて、すぐ行くから」


「ん? 何だ? 普通にトイレか? じゃあ先行ってるぞ」


 矢島はトイレから出ていく。それを確認したら俺はボッチに話しかける。


「お前さ、何様のつもりなの? いじられた怒りを他人にぶつけるのはやめろよ。そんなんだから友達の一人もいないんだよ」


 ボッチから歯ぎしりをする音が聞こえる。


「そもそも、矢島がいじめてる対象はボッチだけだ。友達の一人でも作ってみろ。ピタリと止まるかもよ? でも、お前はできない。人と関わるのだって嫌われない手段だ。関わらなければ好感度は変わらない。好感度ゼロの人間とプラスの人間、どちらがいじめられるか明白だろ」


 怒りが膨らんでいるのがわかる。


「学校辞めるか、転校するのも手だぞ。それともどうせ後三、四ヶ月、我慢するか」


「ふざけるなっ! 何で僕が我慢しなきゃいけない?! 僕は悪くない!」


「そんな事俺だってわかってる。けど、コミュニティで主導権か支配権を取れない以上、お前は逆らえる立場にはないんだ。いじめだって一つのコミュニティだ。そこから逃げるかはお前の自由だけど」


「僕は悪くない! 僕は悪くない!」


「あっそ。じゃあ、そうやって現実逃避してろ。自分から変わろうとしないと、何も変わらないぞ」



◆◇◆



「うん、うめぇ!」


 矢島は焼き肉を口いっぱいに頬張る。俺の金のだけど。


「あはは、まったく俺より食いやがって。俺の金なんだがな」


「まあまあ、硬いこと言うなって。ほら、お前の食えよ」


 矢島はそう言って自分が頼んで焼いた肉を俺の皿に乗せてくれる。

 こいつは友達に対してはかなりフレンドリーで友好的だ。こういう人間は扱いやすい。俺に敵対するやつはこいつに潰してもらえばいい。

 暴力は可視化しやすい上下関係の表れだ。暴力で上位の人間と友好関係を結ぶことは自分に対する防衛手段になる。


 俺は矢島とは友好関係を結んでいるが、別に代わりはいくらでもいる。誰かが使い物にならなくなれば、他の人間に乗り換える必要がある。これは学校生活を安定させるための行為だ。最も、治安の良いところに行けばこんなに悩まずに済んだわけだが。まあ、そんなこんなでいろんなところに媚び売ってると金を結構消費することになる。

 けど、自分が一番だと思ってるやつを俺の手の上で転がすのは支配者になった気分になれて面白い。


「ふぅ~。美味かった。じゃあまたな」


 矢島は先に退席する。奢るのはもちろん俺。全く、とんだ貧乏くじだ。めちゃくちゃ食いやがって。


 とはいっても、ここからが俺の本番だ。今からは誰かに取り繕わなくていい。俺だけの時間だ。この日のために俺は二年もバイト漬けの日々を送ってきたんだ。



◆◇◆



 家に帰ると、俺の名義で届け物があった。遂に来た。五十万の買い物だ。そりゃ予定通りに来てもらわないと困る。


 箱を開けて、中身を手に取る。CG。ようやくだ。よ・う・や・くCGをこの手にすることができた。二年間、ここまで遠回りだった。だが、これで今までみたいにバイト漬けにまでする必要はないし、学校の奴らも適当にあしらっていればいい。


 だが、そんなことは今はどうでもいい。とにかくCGでゲームを作る。俺の理想のゲームだ。


 まずはどんなゲームかだが、RPGのオープンワールドゲームだ。コマンドバトルにはコマンドバトルの面白みがあるが、俺はとにかく、俺の作り出した世界観で俺の作り出したキャラクターを動かしてみたい。


 じゃあキャラクターを作って行こう。ストーリーはそれからだ。とにかくキャラクターだ。ひたすらにキャラクターを考える必要がある。そうだな、主人公は男と女を選べるようにしよう。話の展開も大まかには変わらないけど、ちょっと変わるぐらいの塩梅で。次にヒロイン達を作ろう。俺の好みだけを詰め込んだキャラから、ラブコメだとよくあるツンデレ幼馴染だっていい。さあて、次は……。



◆◇◆


 はあ……もう、午前三時だ。途中シャワーに入ったが、それ以外はずっと作業してた。ここまで設定を詰め込まなくてもCGなら高クオリティでゲームが作れると思うが、俺が思ったより設定厨だったせいで本編でほぼ使われないような設定まで考えてしまった。


 まあ、本筋的には勇者が仲間と共に魔王を倒すっていう極めてシンプルかつ、よくあるお話だ。その後、国の陰謀とかと戦ったりと色々するわけだけど。

 主人公はある村の中で産まれた普通の一般人。男の方が優しくて勇気ある王道キャラ、女は冷静沈着だけど心の中には熱いものがこもってるクールキャラ。どちらも金色の髪で名前は自分で決めれる。


 幼馴染ヒロインは二人。吸血鬼とエルフのハーフで白髪の美少女シロナ、赤髪ツインテールの美少女アカシア。

 他にもヒロインはいっぱいいるし、強キャラとかもいっぱい考えた。容姿と性格を入力すれば、それに沿ったキャラデザをAIが勝手にしてくれる。それも、どれも可愛かったり、かっこよかったりして恐れ入る。


 このゲームではキャラクターごとにスキルが設定されている。主人公だけはスキルを変更できるようにしてる。また、装備品は衣服、武器、アクセサリーまでにスペックが設定されている。それらを作るための素材ももちろんある。食べ物とか、料理も俺の知ってるものから想像で思いついたものとかも入れた。こうした物資を基本的にランクDからランクSまででランク分けしてある。ただし、武器には設定だけ存在するランクXの武器が存在する。もちろんレシピもあるが、ゲームの進行上と性質上、絶対に作ることができないようにしてる。特にお気に入りは『支配者の剣 オールオーバーザ・ワールド』だ。ゲームシステムに直接作用することが可能な文字通り支配の力を得ることができる。


 話の始まりとしては主人公の暮らす村に魔王軍が攻めてきて村人の過半数が死亡。そして主人公達は皆の仇を討ち、これ以上同じことが起こらないように魔王討伐の旅をしながら各地の国で友好を深め、各地の魔王軍や暗躍する敵達を倒して行くという物語だ。


 ああ~、人生で過去一頭を使った。ひたすらに俺の理想を埋め込んだようなゲーム。後の細かい部分はCGが作ってくれる。


 CGによってゲーム制作を開始する。ドキドキと興奮が収まらない。


 今のうちに主人公の名前を考えておこう。どうせ俺がプレイするんだから、最初から決めておけば良かったが。そうだな……何がいいかな?


 そうこう考えていると、ガタンという音が聞こえた。こんな時間に客なんてありえない。窓から外を見ると暗くてよく見えないが、人影らしきものを見つけた。ただこのままではすまないだろう。最悪のことを想定して包丁を台所から取り、玄関ドアを開ける。


「誰だ?」


 外に出ると何かの液体をばらまく音が聞こえる。匂いで何の液体かがわかる。灯油だ。


「お前……」


 それをしている人の面影に見覚えがある。昼間矢島にいじめられてたボッチだ。手にはライターを持っている。


「おい、やめろ!」


 そう叫んだ時には手遅れだった。ライターを落とした瞬間、燃え広がる。


「もう何もかも終わりだ! こんな地獄には耐えられない。お前もあいつらも! 全員! 道連れしてやる! 地獄を見せてやる!」


 一瞬で家が燃えていく。


「お前だけじゃない地獄を見るのは。あいつらも同じ目に遭う」


「俺の家族は関係ないだろ」


「黙れ! お前みたいなクズの家族、死んで当然なんだよ!」


 そう答えたこいつに俺は包丁を突き刺す。


「うぅ……ごはぁ!」


「クッソ……父さん、母さん!」


 木造建築の俺の家は一瞬で燃え上がってしまう。早く父さん達を起こさなければ!


「起きろ! 早く起きろ!」


「ううん……あ、ああ! 何?!」


「いいから早く! 外へ!」


 二人を起こして外に連れ出す。そして外に連れ出してから思い出した。


「CG!」


「だめ! 幸希!」


「だめだ! 幸希!」


 二人の制止を顧みず炎に包まれた家の中に飛び込む。CGだけは! あれだけは何としても守り抜かねばならない。俺の部屋に入るとCGがゲームの制止を完了していた。後はプレイするだけだ。なんとか持ち出さねば。


「ぐぅ! CGだけは! このゲームだけは!」


 愚かな妄執だ。命に比べれば明らかにくだらない、愚かな妄執が俺を突き動かしている。炎が迫る。逃げ場がなくなる。逃れなければ……逃れなければ!


「ああ! あぁぁぁぁ!」


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。


 体が燃える。体が焼ける。体が動かない。体が辛い。


「あぁ……あぁ……」


 死ぬのか? こんなのあんまりだろ……。次はこんなことにはならない。俺の敗因は全てを手に取れなかったことだ。ボッチを俺の言うことを聞く、傀儡にできていればこんなことにはならなかった。こんなことになるならただのクズも、カスのボッチも、何もかも支配してやる。誰も俺に逆らうことなどできない圧倒的な支配を! 次はもっと上手くやる。俺の邪魔をするやつは全員潰す。


 ああ、意識が消えていく。クッソォ……。CG。この二年間俺の全てだった。俺の二年を費やしたこれで一度も遊べなかった。
















 ………あぁそうだ。思いついた。主人公の名前はマギア。マギア・エンペラー。 

 ははっ。今……さ……ら思……いつい……た……とこ……ろ……で……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る