3Q

 第三クォーターはター坊とともに翔吾がまた下がった。代わりに晴人とヒデチャンの二年生コンビがコートに立った。

 開始早々、両チームの総力が激突した。寛星はリュウを中心とした連携プレー、金立は高い身体能力を活かし速攻を武器に、試合は拮抗していた。

「しんどいか、ター坊」

 ベンチで隣の彼は、汗でユニフォームが濡れているばかりでなく、顔や足に痣ができていた。相手センター、熊澤の激しいラフプレーを受けながら、一度しかファールをもらえていない。

「うん、相変わらず。でもわかってたことだから。それにもう、チームの力になることしか考えてない」

「なら、よかった」

「試合が始まる前に、リュウに言われたの。お前は寛星のセンター、俺たちの仲間だからな。って」

 なんてかっこいい。


 ベンチにいる間は、応援して、とにかく祈るしかない。

 ハーフタイムをはさんでから、タケと洋介の調子がいい。

 タケに対しディフェンスが詰めたと思えば、敢えて下がり、相手の気が緩んだところを一気に加速して抜き去る。ジャンプをしてからシュートの手を変えることもできるし、打てなければ外にいる洋介にパス。まるでそうなることをわかっていたかのように、準備をしていた洋介がシュートを決める。お互いを知り尽くしているからこその連携だ。

 四二対四二、ついに同点。

 ここからが正念場だ─金立の監督がタイムアウトをとった。

 

 リュウは、そっと自分の胸に手をあてた。

 ─はーい、そのままゆっくりとしていてくださいね。

 練習中、頻繁に胸のつかえを感じるようになり、病院で検査を受けたときのこと。それまではバスケが出来なくなるかもしれないなんて、考えたこともなかった。

 負荷心電図、血液、そしてレントゲンの検査結果が出て、再び診察室に呼ばれる。医者に明確なことを言われても、日常生活には何の問題もないと思った。

 何の問題もないと、思いたかった。

「親御さんと少し話をするから、休憩所で待っててくれるかな」

 そう言われ、先に診察室を出て、紙コップのお茶を片手に休憩していると、持ってきていたはずのかばんを診察室に置き忘れていることに気付いた。

 慌てて戻り、ドアをノックしようとしたとき、かりそめにも聞きたくない言葉が耳に入ってしまった。

「バスケット、ですか」

 関係ない。何を言われたって、俺はバスケをやるし、それは他人が決めることじゃない。関係ない─

 「バスケットボールは、プレーにおいて体格だけでなく指先から足の筋肉、スタミナなどあらゆるステータスが求められます。ゆえに身体の負担も大きい。治療に専念するためにも、やめたほうがいいでしょう」

 途端に、全身のどこにも力が入らなくなった。頭が空白で埋め尽くされ、立っているだけで精一杯だった。

 その後、医者から直接、丁寧な説明を受け、両親には何度も説得された。

 結局、答えを出すまでは練習に出ることにした。そうするしかなかったからだ。

 しかし、バスケへの意欲とは裏腹に、練習中の身体への不安はどんどん大きくなっていった。心臓が脈打つたび、わけもなく苦しくなる。爆弾を抱えていることを、叩きつけられているようだった。

 次第に考えは、消極的は方向へと傾いていった。

 自分をまもるためにも、一度バスケットから離れること─


 しばらくしてその旨を両親にも伝えた。バスケ人生で、あまりにも辛い決断だった。

 ただ、チームメイトだけには、なかなか言い出すことができなかった。


 ある日の定期検診。

 次の検査まで時間があったので休憩所で待っていると、テーブルを挟んで向かいの席に、バスケ雑誌を持った少年がひょこっと現れた。

 雑誌の表紙には

『最強のハンドラー、カイリー・アービングと渡邊雄太の共闘!!』

 と印字されており、カイリーのアシストで渡邊雄太がスリーポイントシュートを決めたときの写真が一面に載せられていた。

 そんなように少年の手元をジロジロ見てしまったがために、その少年は気味を悪がって席を立ってしまった。

「あ、まって…あの君、バスケ…好きなの?」

 このままではリュウはただの不審者だ。

「う、うん」

 少年は怪訝そうに言った。

「そうか、俺もだ。少しバスケの話をしないかい?」


 この出来事こそが、リュウを大きく変えた。

 タイムアウトが終わり、ディフェンスの体制を作る。拍動が聞こえる。心臓は─まだ動いてる。


「今?高校生だよ。ポイントガード、ってわかるか?ボールを運んで指示を出すポジションだ」

「うん知ってる!ステフィン・カリーだね!あ、ねぇねぇ、お兄ちゃんは、連続レッグスルーできる?」

「あぁ、もちろんさ」

 少年は目を輝かせてたくさん質問をするから、会話がこの上なく楽しかった。

 聞けば少年は、血液の病気が発覚したばかりだという。おそらく骨髄を移植しない限り、前に進むことはできない…。幼くして一度、選手生命が絶たれてしまったわけだ。

「ほんと!お兄ちゃん、すごいプレイヤーなんだね!」

「あぁ、でも俺は…」

「うん、何?」


「俺は──今度、インターハイってあるだろ?それの東京都予選、決勝リーグに出るんだ」

 諦めたつもりだった。だけどそんなことを目の前の子供に言えるわけがなかった。

「すごい…お兄ちゃん、本当にすごい人じゃん!」

「そうか?勝てなきゃ意味がないんだけどな」

「応援してるよ、お兄ちゃんMVP取ってきてね!」

 ─応援してるよ─

 それを聞いた瞬間、胸に秘めていたものがまた、燃え上がるようだった。


 寛星のボール。洋介のシュートフェイクから、ター坊へパス。敵を引き付けたところで、ボールがリュウに渡る。いわゆるペネトレイト。

 そこからリュウはシュートを打つも、外れてしまう。

 しかし次のディフェンス、晴人の激しい当たりから、相手の上体が浮く。もちろんパスカットを狙いにいく。読みが当たり、タップしたボールを晴人が拾った。速攻だ。

「晴人、後ろいるぞ!」

 金立の一人が晴人めがけて走っている。それが追いつこうというとき、晴人がうまくパスを出し、リュウがフリーでシュートを決めた。

 続く金立も、四番のミドルシュートですぐに追いつく。決めた本人は頬を緩ませガッツポーズをした。

 流れは拮抗した殴り合いだが、得点ペースはやや寛星うちに分があった。

 終盤、ヒデチャンのゴール下での得点で、逆転に成功。四七対四五で第三クォーターを終えた。


「いいぞっ、この調子だ」

「今のところ、金立あっちは主力がほぼフルで出てる。そろそろ足が止まる頃よ」

 チームを鼓舞こぶするように、マネージャーの早苗が言った。

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