2Q

 第二クォーター、金立は一部主力選手をおろし二年生を起用したこともあり、序盤は抑え気味だ。

 もちろん、寛星はここぞとばかりに攻めのギアを上げる。

 精一杯の声でチームを鼓舞する中、リュウの指示で晴人が速攻、ター坊はゴール下で勝負、タケの仕掛けから洋介のスリーポイント。得点ペースは寛星うちにやや分があった。


「翔吾、晴人と変われ」

 時間が半分を越そうというとき、コーチの助言を受けた先生が、翔吾の名前を呼んだ。

 ついにこのとき。Tシャツを脱ぎ、腰の紐を締め直す。

 青の生地に白で書かれたKANSEIの文字、両脇の二重ライン、ユニフォームを着るとまるで視界が晴れたかのように輝きを帯びる。

 背に書かれた6の番号──すべてはこの日のために。

「四五度でもらったら仕掛けていい、外には洋介がいるぞ」

 コーチからの指示を受け、コートに足を踏み入れた。


 ああ、この景色。天井から降りそそぐ光がゴールリングを輝かせている。

 スローインは相手ボール《金立》から。

 ディフェンスの位置取りを確認しながら─


 ─ボールマンの動きを目の端で追う。武之タケは逆サイドを張る洋介の背中を見て、サポートにいけるよう重心を傾けた。少し息が上がってるように見えたからだ。

 ─その洋介は、得意のスリーポイントシュートを相手のディフェンスに封じられ、あがこうにも苦戦していた。


 武之と洋介は、中学時代からのチームメイトだ。いつも二人でバスケの話をしていたし、一番仲が良かった。

 それに、洋介以外で他に話せる人が、いなかったからだ。


 普通に喋るだけでも、武之は相手を怒らせる。

─言い方がきつい。すぐ怒るなよ。偉そうにして何様のつもりだ。むかつく。ここには来るな…

 俺には俺の、正しさがあった。

 こうしてバスケ部に居ることができているのも奇跡のようだが、それは有沢監督のおかげでもある。


「部活をやめます」

 先輩と揉めてしまい、監督にそう伝えた日のこと。

──────

「逃げるのか」

「あ?」

「三年生に違うって言われたからめそめそ逃げるのかって聞いてんだ」

「んだよ」

「なぁ、お前はお前の中に直さなきゃいけないものがあるんじゃないか?」

 抑えろ、抑えろ─

「う、るせえよ…」

「それだ。お前は何故、他人の言うことを一言で突き放す」

「っ…」

 何も言えなかった。

「何があったかは聞いた、お前の考えを先輩に否定されたんだろ。でもそんなことはチームスポーツじゃ当たり前だ。その後をお前は、間違えたんじゃないのか」

 俯いたまま、震えた拳を握りしめた。

「いいか、否定的な言葉は毒だ。口にすればするほど、自分自身をむしばんでいく。特に集団の中ではな。できない、何を言ってる、無理だ、断る。そういう台詞せりふを使わなくても、自分の意志は伝えられるだろう?」

「それ、は…」

「後輩に対してもそうだ。直接的に人を動かそうとするんじゃない。態度や背中で示すことができなければ、その器用さが無ければ立派な先輩とは言わない。チーム内の人間関係は協調、時間をかけることが何よりも重要だ」

「…」

「他に理由があるなら別だが、な。ほかに言いたいことはあるか?」

 悔しくて、でも何も間違ってない。自分だって、そんなことはわかってる。わかってる─

「…」

「退部届はやる、だが一週間は受け取らない。お前が変えるべきなのは本当に環境なのか、七日間しっかり考えてこい」

──────


 俺は、バスケが好きだった。

 洋介と一緒に、部活の無い日まで一緒に公園で練習をしていた。

 その中で洋介はスリーポイントシュート、武之は一対一の技術で才能を開花させていった。

 お互いのプレースタイルは、誰よりもよく理解している。


 やめるなんて、本当はできなかった。


 途中から入った翔吾が相手のパスをカットし、攻守が入れ替わる。

 ──これは、監督への恩返しの場でもある。そして、そんな俺を─俺を唯一受け入れてくれた洋介、仲間たち─バスケがくれた最高の友達を俺はきっと、いつまでも大切にする──

 パスを受けた武之が得意の一対一を仕掛ける。

─いくぜ─

 フェイクでディフェンスをかわし、ドライブで相手陣内に侵入する。

 しかし、次のディフェンスが素早いカバーリングで立ち塞がった。さすがはインターハイ常連校だ。

 シュートが打てない?そんなことはない。敵を引き付けた分、外にはまるでこの時を待ちわびていた、そう、洋介が。世田谷屈指のシューターがフリーになっている─

 この信頼関係が、お前の言う"心"なんだろ?リュウ───

──心─翔吾の頭に、昨日のリュウの言葉が思い浮かんだ。


「なぁ、ター坊。心技体、って言葉を知ってるか?」

リュウが真剣な眼差しで切り出す。

「あ、それ知ってるよ。心と技と体。スポーツマン共通の心得?みたいな感じだよね」

 ミーティングとはいえ何も関係の無いはずの洋介が答えてしまった。

「あぁ、そうだ。だけどなんで心が一番上にきてるのか、わかるか?」

「えぇっと…それはやっぱ、メンタルも実力と同じくらい大事だから?」

「それもある。だけどな、人間は心があってこその技や体って意味があるんだ。どんなことでも人を想う心、思いやる心がなければ意味はない」

 いじめ、というものへの義憤ぎふんからかリュウの顔はより険しく、そんな様相に部員たちは皆、固唾を呑んだ。

「なぜなら?人は誰もが、助け合わないと生きていけないからだ。スポーツを通じて人を傷つけるなんて言語道断。ター坊、そんなやつに神様が味方するわけないんだ。俺たちは明日、やるべきことをやるだけだ」


 助け合う、なんて綺麗な生き方はしてないから武之おれにはわからねえ。ただ、俺が詰まったとき、何とかするのは洋介おまえの役目だろ─

 それは普通、シュートへのパスとしては悪い。だが洋介のフォームをわかりきった、洋介のためだけの、パスをタケは放った。

 ボールを受け取った洋介は約七メートル先のリングめがけてシュートを打った。ボールは逆回転しながら綺麗な放物線を描き、リングのどこにも触れることなく衣擦れのような音を立てて吸い込まれていった。

 これで一点差。

 洋介のスリーポイントが決まった後、守りでター坊が相手のシュートをブロックした。つまり、連続で寛星の攻撃。

 しかし、翔吾がボールをもらった瞬間、敵の二人が勢いよく詰めてきた。

 一人がプレッシャーをかけ、もう一人が反対でボームを奪い、そのまま相手ゴールにレイアップシュートを決められてしまった。


 今─金立の狙いは翔吾おれだ。ベンチで休んでいた分、途中出場で身体の動きが鈍い選手にプレッシャーをかけるのは、バスケの定石だ。

 続く攻撃も、ボールを繋げはしたが明らかにディフェンスがきつい。翔吾の思い通りにプレーすることが、できなかった─

 最後にタケが速攻で点を決め、第二クォーターを終えた。

 スコアは二九対三一。二点の負けでハーフタイムを迎える。

 それぞれが給水を終え、有沢監督のコーチングが始まる。ター坊にはもっと高い位置でボールをもらうよう、洋介には低くドリブルをつくようにと、監督が実際にドリブルをついて説明した。

「よし、みんな集合だ」

 合図で全員が集まると、先生が息をついて言った。

「この革のボールの中には、何があると思う。空気じゃないぞ。お前たちの、いや、俺たちの夢と希望がはち切れんばかりに詰まっているんだ。夢や希望がいっぱい詰まったこのボールをドリブルやパスをしながら、リングという目標に向かって運んでいるんだ。インターハイ出場はもう目の前だ。夢を夢のままで終わらせるか、実現させるかはお前たち次第だ」

「よし、いこう」

 キャプテンの声が続く。

「おうっ!!」



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