1Q

 センターサークルにスターティングメンバーが並び、主審の笛で両チームがお互いに一礼する。それと同時に会場も一気に盛り上がりを見せる。

 試合を始めるジャンプボールで、それは最高潮に達する。チームで一番背の高いター坊の役目だ。

 審判がボールを高く浮かせ、それに合わせてタイミングばっちりに、跳んだター坊がボールを上手く弾いた。

 リュウがそれを取ろうとした瞬間─

 二年生の晴人が既に、ゴール下へと走っていた。

 リュウからの正確無比なパスを受け取った晴人が、試合の先制点を決めた。

「よしっ!」

 寛星高校の観客席からは割れんばかりの歓声が響いた。

「きりかえろ、ピックアップだ!」

 リュウの指示が飛ぶ。

 しかし金立も負けていない。五番のフォワードが試合開始の軽やかな身体を活かす。鋭いスピードでディフェンスを切り裂き、すぐさま二点を返した。


 ター坊は、相手八番の熊澤─自分をいじめに追いやった張本人と目が合い、すぐに逸らした。

 ぞくりと背中がすくみ上がるような感覚に、ター坊は息を飲んだ。

 彼は違う人となり、今はただ、純粋にバスケットに打ち込んでいるのだろうか。

 そうであってほしい、と、心から願っていた。


 しかしそれは、一瞬にして打ち砕かれた。

 熊澤の仕掛けに反応し、シュートをブロックしようとしたとき、ボールと反対の腕で肘を顔面に当てられた。シュートは決まり、彼は不敵な笑みをこちらへ見せつけて、自陣へと戻っていった。

 審判は──笛は吹かれていない。大人の目に留まらぬよう、ダメージを負わせてくるのは熊澤の得意技だった。痛い…口の中に微かに血の味が駆け巡った。

 血を出すのは初めてだけど、これならまだかわいい方だ。


 ──中学時代、先輩が引退し本格的にポジション争いが激化する中、練習試合で真っ先にセンターとして起用されたのがター坊だった。そのことを誰よりも気に入らなかったのが、同学年で同じセンターの熊澤だったのだ。

 ある日の朝、学校で靴を履き替えると、足先に冷たいものを感じた。上履きを脱いで見てみると、中に栄養ゼリーらしきものが敷き詰められていた。

 視線を感じ、下駄箱袖のほうを見ると、熊澤と仲のいいバスケ部の連中が、こちらを横目に笑いながら逃げていくところだった。その日は体調不良と言って授業には出席をしなかった。いじめはさらに熱を帯びていった。

 部活に出ようとするとシューズの紐が切られていたり、遠征途中のバスで頭を殴られたこともあった。

 それでも、自分はバスケが好きだからと、バスケが出来れさえあればと、学校に通い続けた。

 しかし誰にも打ち明けられず、誰も味方がいないのでは、生きてゆけるはずがなかった。

 ある夏合宿の夜、眠りに落ちていた時。同じ部屋の数人に身体を押さえつけられ、服を脱がされた。そして裸の写真を撮られ、それを仲間内で拡散された。静かな夜が、一瞬で地獄へと変わった。

 帰りのバスで、写真を材料に全員から辱≪はずかし≫めを受けた。

 もう、限界だった。彼らと一緒にプレーすることはできなかった。チームで一番重要なものは、信頼関係だと教えられてきていたし、ター坊自身もチームワークが一番だと信じていた。

 バスケットは、ボール一つをパスする簡単な動作の中にも、投げる側と受ける側の信頼関係がなければ成り立たないスポーツである。五人が五人、勝手なプレーをしていたら、それはバスケットという名を借りた、ただの遊びでしかない。

 誰かをいじめて成り立つようなクラブは、チームとはいわない。もとより、自分を削ってまでチームの一員である必要はなかった。

 それからは、朝、動こうにも身体が動かなくなり、食べたものも戻してしまう日が続いた。大好きなバスケが嫌いになっていくのが、本当に怖かった。



 それでも高校に入って、声をかけてくれたリュウはじめバスケ部は本当に綺麗だった。心の底から力になりたいと感じた。

 相手が金立と聞いて不安に駆られていた時、支えてくれたのは部長の翔吾だった。それは昨日のこと。


──────

「そんなことがあったのか、だから練習中、とりわけ不安そうな顔してたんだな」

「俺、ちゃんとプレーできるかな…」

「わかった、この後ミーティングで時間とってやるから、不安なことは言える範囲でチームに話したほうがいい」

「でも…迷惑じゃないかな」

「迷惑だなんてとんでもない、ター坊、俺たち皆、仲間じゃないか。人は悩みを抱えて当たり前だ。お前が悩んでたらチームでそれを分け合えば、ずっと楽になるだろう」

 今まで、一人で抱え込んでいたのが噓のようだった。胸につかえていたものがとれて、すっきりとした気分になった。

 ─ありがとう、翔吾。おかげでずっと楽になれたよ。仲間のために、戦うよ。


「ひるむなあ、やり返せ!」

 我に返ると、ベンチから翔吾が腕を使って声をあげていた。

 そんなの、できるわけない。翔吾もそれをわかって、言ってるんだろ。

 なんだか背中を押された気がした。

 寛星の攻め。司令塔ガードのリュウの指示でター坊はコーナーを張る。洋介がドライブをさせるためにリュウのディフェンスをブロックする。それを見逃さず、リュウがドリブルで相手をかわし、シュートを打った。ボールはバックボードに当たり、それからリングの中心をすり抜けて行った。

 試合は一進一退の攻防が続き、第一クォーターを終えた。

 しかし一三対一七、寛星は四点のビハインド。


 翔吾がベンチの袖で監督の指示を聞いてると、スタメンの熱気がこちらまで伝わってくる。

 リュウやタケはもとより、晴人もまだスタミナに余裕がありそうだ。

「翔吾、次のクォーターでいくぞ」

 監督に呼ばれ、肩の力が入る。

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