ティップオフ
「ター坊もいる…っと、タケがまだ来てないか」
試合当日。寛星高校バスケ部は、特に三年生は引退をかけ、それぞれ思いを胸に会場へと集まっていた。
「リュウ、どうする?タケに連絡いれた方がいいかな」
「うーん、
「うん!ばっちり起きてたよ〜」
洋介が能天気に答える。彼も三年生で、寛星≪うち≫には欠かせないシューターだ。
「うん、あいつのことだし時間まで待ってみよう」
「そうだね」
するとまるで呼ばれるのを待っていたかのようにタケ─
「おはようみんな、あー俺最後?」
「そうだけど時間には間に合ってるから許すよ」
「お前ら意識高ぇな、これもう金立に勝てんじゃねえの?」
そう言ってタケは後ろ髪を掻いた。
「入ろうか、そしたら」
リュウの一言で各々が準備をする。
「じゃあ、いこう」
リュウと翔吾を先頭に、チームは建物の敷地ヘ足を踏み出した。
既に行われている試合の影響で、会場は地鳴りのような歓声が響いていた。各所にテレビカメラも設置されている。
「わぁ、すげえや」
洋介が思わず感嘆の声をあげた。
翔吾にとっては、ここからが忙しい。運営委員と会場のお偉いさんへの挨拶回り、メンバー表の提出をしなければならないからだ。
しかしそんな仕事が今日はなぜか、どこか遠く感じられた。
「君、寛星のフォワードだよね?楽しみにしてるよ、試合がんばって」
どこかのチームの監督に言われた。翔吾は返す言葉が浮かばなくて、はい…、と苦笑を残してその場を後にした。
試合前のウォーミングアップを終えると、リュウが部員を集めた。
「いいか、俺たちが金立に負けてから積み重ねた努力を思い出せ。不安なら言い聞かせるんだ、俺たちはあいつらより多く練習してきた。勝つためにここにいるんだ、って」
「応援してくれてる人だって、たくさんいるんだよ」
翔吾が続く。
「第ニ試合終了まで残り三分。そろそろ移動して」
マネージャーの沙苗が控え室に顔を出し言った。
リュウの顔が引き締まった。
「よし、勝つぞ」
「おうっ!」
いくつもの声が折り重なる。チームが一つになる瞬間だ。
一つ前の試合では、全国ベスト四の
寛星のメンバーは入場口の片隅から試合の様子を伺っていた。
「こら洋介っ、押すな」
先頭でリュウが少しイラついた口調で押し返した。
「俺にも見させてよ〜」
「リュウ、スコアは?」
ター坊が息を呑む。
「圧倒だ、一ニ五対一八」
「東体大付属のワンサイド、か」
これだけ点差が離れても、手を緩めない。いや、コートに立っている選手は既に二軍三軍のメンバーだ。しかし相手チームからすれば、フレッシュな選手が代わる代わる出てくるのだから地獄でしかない。体力的な差は一目瞭然だ。
翔吾は中学時代を思い出した。
強豪と呼ばれたチームのBメンバーとして毎日息を切らしていた。試合に出れるのは圧倒的点差がついてから。それでもなんとかして監督にアピールをしようと、ゴール下で弱った相手選手に体当たりしたり、相手の嫌がるプレスを何度も仕掛けたり…中には審判の死角で肘打ちをくらわすチームメイトもいた。
全ては監督に認めてもらうため、少ないチャンスで自分の序列を上げるためだった。まるで洗脳されているかのように。
東体大付属のBチームがまた点差を広げる。彼らもまた、バスケットの楽しさからかけ離れ、苦しんでいるのだろうか。
そして試合が終了した。通り
次はいよいよ─寛星対金立─
全員がコートの端に並び、リュウのかけ声で頭を下げる。
集大成が今、幕を開ける。
会場に流れる『東京VICTORY』の音楽にのせて、ボールが宙を舞う。
予選といえど、試合前のアップでさえまるで違う空気感。
レイアップシュートが気持ちいい。興奮と緊張に刺激され、澄んだ血液が手足の隅々まで巡りゆく。体が軽く感じられると共に、会場全体に帯び始めた熱気をしっかりと感じ取っていた。
インターハイでしか味わえないこの感覚が、翔吾は好きだった。
「いよいよだね、リュウ」
「ああ、お前もちゃんと準備しとけよ」
「わかってる、それまで頼むよ」
オフィシャルブザーが集合の合図。
監督席から腰をあげた有沢監督とコーチの周りに部員が集まる。
「スタメンはリュウ、洋介、タケ、ター坊、晴人だ」
誰とも目を合わせることなく、手に持ったバインダーを読み上げた。
名前を呼ばれた面々はそれぞれTシャツを脱ぎ、ユニフォーム姿になる。その間、コーチが戦術の説明をしていた。
ずっと一緒にバスケをしてきた仲間たちなのに、翔吾はすごく遠い存在のように感じられた。
だけど、もう悔しくはない。5人の背中が今は何よりも大きく、頼もしかった。
─心臓が強く、速く脈打っているのを感じて、晴人は両手を見た。どちらも小刻みに震えていた。
間違いなく今までで一番の大舞台。不安が全身を埋め尽くしていた。
その時、誰かの手が晴人の背中に触れるのを感じた。
振り向くと、翔吾先輩がこちらへ手を伸ばし、晴人を見つめていた。柔らかくも、何かを見据えるような目で。
「気にするな、何てことない」
チームの部長は言った。
「先輩…」
「お前が付く七番は左利きだ。よく見極めるんだぞ」
「わかってます。僕、やれるだけやってきます」
「うん、行ってこい。俺はお前のプレーが大好きなんだ」
その瞬間、晴人の中の何かが動いた。大好きな先輩の顔を見返しながら深呼吸した。昨日から晴人の心にのしかかっていた重しが、すっと消えるのを感じた。
─お前のプレーが好きだ─
それは、過去に何か困る度に、ここぞと翔吾先輩がかけてくれた一言、晴人を勇気づけるその言葉だった。
チームを背負い、コートに立つ後輩に向けて言った言葉、それは紛れもない本心だ。悔しいけど、晴人の魅力溢れるドリブルにはいつだって恍惚とさせられている。
─頼むぞ、五人とも─
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